今日は秋分。天文学上の秋分日でM昼と夜の長さがほぼ同じ日。実際には昼が少し長い。これからしだいに日が短くなり秋へと季節は動き出す。この時期になくてはならないのが彼岸花。近隣の田のあぜ道にも知らぬ間に咲いている。緑と赤のコントラスが美しい。先の丹波篠山へのドライブでもあちらこちらで目にした。
万葉の頃から人々は目にしていたのだろうか?とふと思った。こういう時、「万葉集事典」(中西進編・講談社文庫)はありがたい。
『いちし』にこうある。「ひがんばな(まんじゅしゃげ)か。多年草。人里近くの道端などに群生。秋の彼岸ごろ、まだ葉のない時に鱗茎から三十センチ程の花軸を一本出し、その先に妖しく燃えるような赤い花を輪状につける。有毒。鱗茎は薬用。ぎしぎし、だいおう、えごのき、くさいちごとする説も」
「いちし」がヒガンバナであるという説は牧野富太郎博士(植物分類学者)が唱えたもので、現在では有力視されている。
歌は、一首だけである。
道の辺の いちしの花の
いちしろく
人皆知りぬ 我が恋妻は(巻十一 二四八〇)
(道の辺に咲いている いちしの花は はっきりと人の目につく。私の恋しい妻のことも、その花のようにもう人々に知れ渡ってしまったよ。)
万葉の頃から人々は目にしていたのだろうか?とふと思った。こういう時、「万葉集事典」(中西進編・講談社文庫)はありがたい。
『いちし』にこうある。「ひがんばな(まんじゅしゃげ)か。多年草。人里近くの道端などに群生。秋の彼岸ごろ、まだ葉のない時に鱗茎から三十センチ程の花軸を一本出し、その先に妖しく燃えるような赤い花を輪状につける。有毒。鱗茎は薬用。ぎしぎし、だいおう、えごのき、くさいちごとする説も」

歌は、一首だけである。
道の辺の いちしの花の
いちしろく
人皆知りぬ 我が恋妻は(巻十一 二四八〇)
(道の辺に咲いている いちしの花は はっきりと人の目につく。私の恋しい妻のことも、その花のようにもう人々に知れ渡ってしまったよ。)