こちらは例年通り
狭庭のコラボ
もう15年くらい前になるのかなあ~
義父が亡くなった時に、
義母がお世話がもうできないからと
この盆栽用にされた慶良間ツツジを宅急便で送ってきた。
大工さんに木枠を作ってもらったらしいが
抱えるにはとても重くて、もう動かせない。
義父のツツジ
慶良間ツツジの特徴を調べました。
葉・・・互生、長楕円、質やや厚い、褐色の毛あり
花・・・2~4月に朱紅色の花、花冠は漏斗状、
5中裂、雌しべ10本
萼(がく)片・・・卵形、
褐色(白っぽかったけれど?)の細毛と線毛
まだ蕾はいくつかあるが
どうも一斉には咲きたくないようだな。
写真のは二枝目。
枝ごとに咲くの?
今朝写真とっているときに
食痕があったけれど
どこに虫が入っているかはよくよく見ないとわからない
枯れさせるわけにはいかないのだが
どうしたもんだか・・・
うちの者は当てにならない。
管理はずっと私がしている。
なにか薬剤を買ってこないと~。
初めまして。
時々寄り道、立ち寄り俳句の勉強をさせてもらっています。
俳句を暇潰しに作句するものですから・・・・。
≪続・知青の丘≫
の個性あふれる句をこのブログから勉強させてもらっています。
『金子兜太先生逝かれた』、の記事を読ませてもらい時々お邪魔していました。
先生は、やはり秩父・皆野・山国育ち(我・縄文人も秩父出)、ガンとして、ビクとも、どっかと惜しみなく山は動かず…そんな人でした。
また、黒田先生とは決別の中で…と言っておられたその辺の俳人同士の中の話、面白くおかしく読ませていただきました。
そんな中にあって、
日経俳壇にては、金子先生逝きし頃、満載で兜太師逝くに纏わる歌を見させてもらいました。
曼珠沙華どれも腹出し秩父の子 兜太 -
時々お邪魔して見させてもらっています。
よろしくお願いします。
、
コメントありがとうございます!
秩父のご出身だから、
困民党の記事をUPされていたんですね。
興味深く拝読いたしました。
義民の歴史は、不謹慎かもしれないですが
面白いです。
全国にあるでしょう。
兜太氏は、確かに山のように大きく
デンと構えていらっしゃいました。
一時代が終わったように感じます。
俳句の楽しみ方は、
いろいろあっていいと思っています。
こちらこそよろしくお願いします。