フランス語読解教室 II

 多様なフランス語の文章を通して、フランス語を読む楽しさを味わってみて下さい。

Paul Gadenne <<A propos du roman>> (3)

2014年02月19日 | Weblog

[注釈]
 *aucun objet sur qui nous puissions... : なるほど、shokoさんのご指摘の通りここは sur lequel でもいけそうですね。
 *Aucune figure n'est arre^te', : figure は訳に困る言葉のひとつですが、ここは比喩的な意味でも取れるよう「表情」としました。
 * Tel est, par exemple, le sens poe'tique d'un Rilke. : masayoさんの「詩的感覚」という訳を見て、考えさせられました。ただここは、受容ではなく、parler のくり返しに見られるように、もっぱら表現の側面が問題となっているので「意味」としました。

 [試訳]
 詩的な生活を生きること、それそのものとして詩的な状態を実現すること、それはどんな人にでも与えられていることである。それには世界を見つめれば十分である。どんなひと、どんなものに目を凝らしてみても、必ずそこには別のものが見て取れるはずだ。どんな表情も静止していないし、どんな状況も明確ではない。確定したものなどなにもなく、私たちは二重の意味を担った世界に生きている…。
 おそらくそこにこそ詩的な生活の秘密がある。それは、ひとつのもの、ひとつの言葉が私たちの中で多様な響きを打ち鳴らし、そして魂を混沌とした不可思議な世界へ、恍惚(ex外-stase停止)の境地へと追いやることを可能にするものである。なぜなら恍惚とは、私たちがそこに留まっている自らの外へ連れ出すもののことだからである...。
 たとえば、リルケのような文学者の詩的な意味とは、こうしたものであろう。この詩的な意味によって、リルケがどんなありふれたもののことを語ろうと、その筆に平板なものの影が差すことはない。またどんなに些細な現実との接点を失わずに、リルケはそのままごく自然に崇高さへと達するのだ。
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 先週末、先々週末と、ここ岡崎にも、歩行での往来が困難になるような雪が降りました。両日とも外出する必要があり、一歩一歩を、文字通り踏みしめるように雪道を歩きました。何十分の一にしか過ぎませんが、雪国の冬の厳しさに思い至ことが出来ました。
 さて、次回はp.17 の最後までを読むことにしましょう。3月5日にいつものように試訳をお目にかけて、そのあと春休みとします。
 桜の盛りの頃でしようか、新学期はここで言及されているリルケの書簡の仏訳を読もうかなと、今のところは考えています。 Shuhei