「注釈」
* tout d’une pie`ce, tout d’une couleur : tout は強調の副詞です。ex. Elle est tout d’intelligence. ; cravate tout soie。ここでは、これから語られる至福の夢は、一般的な物語性のある夢ではなく、純粋なヴィジョンのようなものだ、と言いたいのでしょう。
* conventions nocturnes : 夢の「定石」(これはMoze さんの見事な訳語です)のこと、つまり、affabulation, changements a` vue...ect.を意味しています。
* ...dont le moindre mouvement, le simple poids de mon corps... me font sentir la douce pression... : dont 以下のS+V+O は以上のようになっています。misayo さんの訳を見るかぎり、その構造はちゃんと把握されているようです。
> shoko さん 文章の種類にかかわらず、まずその文脈を、いわばその主旋律を丁寧に聴き取ることです。その主旋律が聴き取れれば、あとは個々の言葉の用法を 辞書などで確認してゆくことです。その「聴き取り」には、やはり、基本語の用法、使用頻度の高い構文などに慣れておくことは必要です。
「試訳」
「青い海」
ほとんど夢ともいえない。ひとつの作品の、色の純粋なヴィジョンのようなもので、夢の約束事にも縛られていない。筋立ても、視点の変換も登場人物も急展開も、舞台裏で用意されるような仕掛けもない。ぐったりとして眠っている私は、青い海原の深みに身を沈ませているようだ。海原は、春の朝の風のようにたゆたい、この上なく明るいクリスタルのように透きとおっている。アクアマリンやサファィアという言葉も、この信じられないような海の深みにくらべると、重く、曇って感じられる。その海がわずかでも揺らめく、あるいはその深みで上下から穏やかに抱えられている私のわずかな体重さえ、やさしい、ひんやりとした圧力となる。私はその透明な海で、そこがまるでがらんどうか空であるかのように、咽ぶことなく呼吸している。言葉では言い表せないこの幸福が、ここでは青のアルペジオとして表現されているように思える。
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「ひんやり」という訳語はmanon さんから拝借しました。みなさんの訳文を拝見していて、それぞれに日本語の見事な使い手でいらっしゃることに感心させられることしばしばです。
今年は、年末、年始にかけて思いがけなく何人もの方から「寒中見舞い」を頂戴しました。いずれも、昨年お身内にご不幸があった方からのお便りでした。ぼくも含め、同年代の方々もそういう年回りになったということなのですね。
昨年の秋に、ここ金剛山を望む富田林(とんだばやし)市に越して来たのですが、実は2003年から5年ほど、かつてこの地に住んでいたことがありました。
そのあいだの数ヶ月間近所の歯科医院に通っていたのですが、そこで診療の順番を待つ間、待合室に置かれていた「サンデー毎日」に連載中の池田晶子の文章を読むのが、なんとなく習いとなっていました。ぼくは、実は彼女の文章を特別愛読していたわけではなかったのですが、たまたま目にした「あなたの親は親ではない」と題された回のエセーは心に残りました。こんなふうに書き出されている文章です。「先般、父親が亡くなったのですが、闘病も長かったこともあり、唐突感はありませんでした。」
その回の連載を読んだあと、歯の治療を中断して、その年の2月末から2週間ほど渡仏していました。帰国後治療を再開したのですが、ふたたび待合室で手にした「サンデー毎日」には池田氏の文章は見あたりませんでした。
その後、彼女が40台後半に入ったばかりの若さで急逝したことを知りました。
そして今回思いがけなくここ富田林にふたたび寓居することになったのがきっかけとなったのか、彼女が父親を看取った直後に書かれたあの文章をどうしても読みたくなり、暮れも押し迫った頃、週刊誌に連載れていたエセーをまとめた本を手に入れました。その『暮らしの中の哲学』(毎日新聞社2007年)収録の「あなたの親は…」を再読しましたが、やはり忘れ難い一文でした。「冷たくなった父の手を握り、出て来る言葉は素直に『ありがとう』でした。」そこから、池田の思考は、私たちが存在することの、さらには「出会いの奇跡」をあらためて確認するに至るのでした。
ついでながら、前回この場でご紹介した佐々木中氏が今日(1/26)朝日新聞の朝刊の政治欄に一文を寄せています。よろしければまた一読してみて下さい。
それでは、次回は L’eau bleue を最後まで読みましょう。2/9(水)にまた試訳をお目にかけます。
* tout d’une pie`ce, tout d’une couleur : tout は強調の副詞です。ex. Elle est tout d’intelligence. ; cravate tout soie。ここでは、これから語られる至福の夢は、一般的な物語性のある夢ではなく、純粋なヴィジョンのようなものだ、と言いたいのでしょう。
* conventions nocturnes : 夢の「定石」(これはMoze さんの見事な訳語です)のこと、つまり、affabulation, changements a` vue...ect.を意味しています。
* ...dont le moindre mouvement, le simple poids de mon corps... me font sentir la douce pression... : dont 以下のS+V+O は以上のようになっています。misayo さんの訳を見るかぎり、その構造はちゃんと把握されているようです。
> shoko さん 文章の種類にかかわらず、まずその文脈を、いわばその主旋律を丁寧に聴き取ることです。その主旋律が聴き取れれば、あとは個々の言葉の用法を 辞書などで確認してゆくことです。その「聴き取り」には、やはり、基本語の用法、使用頻度の高い構文などに慣れておくことは必要です。
「試訳」
「青い海」
ほとんど夢ともいえない。ひとつの作品の、色の純粋なヴィジョンのようなもので、夢の約束事にも縛られていない。筋立ても、視点の変換も登場人物も急展開も、舞台裏で用意されるような仕掛けもない。ぐったりとして眠っている私は、青い海原の深みに身を沈ませているようだ。海原は、春の朝の風のようにたゆたい、この上なく明るいクリスタルのように透きとおっている。アクアマリンやサファィアという言葉も、この信じられないような海の深みにくらべると、重く、曇って感じられる。その海がわずかでも揺らめく、あるいはその深みで上下から穏やかに抱えられている私のわずかな体重さえ、やさしい、ひんやりとした圧力となる。私はその透明な海で、そこがまるでがらんどうか空であるかのように、咽ぶことなく呼吸している。言葉では言い表せないこの幸福が、ここでは青のアルペジオとして表現されているように思える。
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「ひんやり」という訳語はmanon さんから拝借しました。みなさんの訳文を拝見していて、それぞれに日本語の見事な使い手でいらっしゃることに感心させられることしばしばです。
今年は、年末、年始にかけて思いがけなく何人もの方から「寒中見舞い」を頂戴しました。いずれも、昨年お身内にご不幸があった方からのお便りでした。ぼくも含め、同年代の方々もそういう年回りになったということなのですね。
昨年の秋に、ここ金剛山を望む富田林(とんだばやし)市に越して来たのですが、実は2003年から5年ほど、かつてこの地に住んでいたことがありました。
そのあいだの数ヶ月間近所の歯科医院に通っていたのですが、そこで診療の順番を待つ間、待合室に置かれていた「サンデー毎日」に連載中の池田晶子の文章を読むのが、なんとなく習いとなっていました。ぼくは、実は彼女の文章を特別愛読していたわけではなかったのですが、たまたま目にした「あなたの親は親ではない」と題された回のエセーは心に残りました。こんなふうに書き出されている文章です。「先般、父親が亡くなったのですが、闘病も長かったこともあり、唐突感はありませんでした。」
その回の連載を読んだあと、歯の治療を中断して、その年の2月末から2週間ほど渡仏していました。帰国後治療を再開したのですが、ふたたび待合室で手にした「サンデー毎日」には池田氏の文章は見あたりませんでした。
その後、彼女が40台後半に入ったばかりの若さで急逝したことを知りました。
そして今回思いがけなくここ富田林にふたたび寓居することになったのがきっかけとなったのか、彼女が父親を看取った直後に書かれたあの文章をどうしても読みたくなり、暮れも押し迫った頃、週刊誌に連載れていたエセーをまとめた本を手に入れました。その『暮らしの中の哲学』(毎日新聞社2007年)収録の「あなたの親は…」を再読しましたが、やはり忘れ難い一文でした。「冷たくなった父の手を握り、出て来る言葉は素直に『ありがとう』でした。」そこから、池田の思考は、私たちが存在することの、さらには「出会いの奇跡」をあらためて確認するに至るのでした。
ついでながら、前回この場でご紹介した佐々木中氏が今日(1/26)朝日新聞の朝刊の政治欄に一文を寄せています。よろしければまた一読してみて下さい。
それでは、次回は L’eau bleue を最後まで読みましょう。2/9(水)にまた試訳をお目にかけます。