フランス語読解教室 II

 多様なフランス語の文章を通して、フランス語を読む楽しさを味わってみて下さい。

ル・クレジオ「グレタ・トゥーベリ 地球の重さ」

2019年09月27日 | 外国語学習

J.M.G.ル・クレジオ「グレタ・トゥーンベリ  地球の重さ」

 (2019.3.19. リベラション紙)

  彼女の顔はおなじみになった。17歳にもならない若者らしく、生真面目なあの子はじっとカメラを見つめ、落ち着いた声と完璧な英語で原稿を読み上げる。女の子らしい三つ編みが丸い頬を縁取り、その眼差しはひるむことなく私たちをじっと見ている。背筋を伸ばして、長い腕の彼女は、どこか体操選手のようでも、中学校の生徒会の代表のようでもある。私たちの地球は今、自然資源の浪費と数々の動物種の消滅によって脅かされているのだが、彼女はその地球を守るための運動のもっとも信頼できる闘士となった。彼女は大物の大人たち、各国の代表や企業の指導者、銀行の頭取たちによって招かれ、COP24で発言も求められた。COP24とは、ポーランドのカトヴィツェで開催され、政治家や環境問題の専門家たちを招いた、とても閉鎖的なあのクラブのことだ。大人たちは大いに議論を交わしたが、これといったことは実行に移していない。彼女の演説はわかりやすい。ことさら誇張した言い回しをしたり、役にも立たない統計や、できもしない約束の後ろに身を隠すこともない。民衆をおだてて、支持者を集めることもない。彼女が訴えるのは、ただこういうことだ。私たち、大人たち、責任ある地位にある人々、エゴイストで貪欲な、私たちの世界の指導者たちは、何もしてこなかった。未来の子供たちは、間違いなく私たちをクビにするだろう、と。もっと恐ろしいことを彼女は言う。20年、30年後には、私たちはもうそこにいない。でも彼女はまだそこにいて、今度は彼女が、未来の子供たちから愛想を尽かされるだろう、と。この地球は、ひととき貸し与えられたもので、私たちのものでない、ということを忘れていた私たちを、穏やかな、落ち着き払った声で彼女は糾弾する。私たちには彼女の声が聞こえているだろうか。彼女の現れる前にも、呼びかけていた声に、私たちはほとんど耳を貸して来なかった。シアトルのインディアンの酋長ルミが、州知事から彼らの土地を買おうと提案されたときに答えた言葉を、私たちは聞かなかった。「そもそも私たちのものでないものを、どうやって売るというのでしょうか ?」私たちは、アルド・レオポルドやベルトランド・ラッセルら、科学者たちの警告にも耳を傾けなかった。ミツバチが姿を消すようになったら、私たちももう数ヶ月の命でしょう、といったアインシュタインの警告も私たちは聞くことはなかった。

 彼女の行動はいたってシンプル。その行動が当たり前のものであるとき、いつもそんな風に簡素でなければならないかのように。金曜ごとに子供たちにストライキを呼びかけた。子供たちのストライキは懐疑的な人々の冷笑を誘った。ほほ笑んで人々はご丁寧にこう言い添えた。珍しいし、楽しそうだね、と。大人たちの冷笑に立ち向かうために、だから、彼女、グレタには勇気が必要だった。それでも、彼女はテレビに、様々な新聞や雑誌に、真剣な表情や優しい顔立ちで現れて、怒りを秘めた声で私たちに訴えた。私たちは、慌てふためいて行動し、憤り、闘いをはじめ、私たちの暮らし方、世界と、私たちと共生している動物たちとの関係を変えなければならない、と。季節や昆虫や鳥がなくなりつつあること、いくつもの海が干上がり、サンゴ礁が白化し、地球の自然に少しずつ広がる、こうした聞き逃しようもない「沈黙」に私たちは怯えなければならない、と。こうしたすべては、都市の、人間たちの馬鹿騒ぎの、大地と森の豊かさの行き過ぎた搾取の、犠牲になったのだ、と。

 心に与えられた一撃を、震えを、どうして私たちは感じずにいられるでしょうか。私たちがやって来なかったこと、壊されるままにしてきたもの、あえて目をそらしてきたもの、私たちのエゴイズムによる冷笑的な態度を思うなら、未来に対する郷愁で胸がいっぱいにならないでしょうか。あの子の声が聞こえないということがあるでしょうか。いったいどうして私たちは、これほどまでに未来の世代に対する責任を忘れおおせることができたのでしょうか。気候変動のもっとも大きな影響を被る人たちが、その破壊に加わったこともなければ、生産の利益を受け取ることもなく、私たちが食糧貯蔵庫を必要以上にいっぱいにしたために、その同じ人々が腹を空かせて死んでゆく。いったい、どうしてそんなことを許すことができたのでしょうか。

 そんなことはひとときの危機であり、私たちの失敗に終わった闘いや、いい加減さ、打ち砕かれた夢の数々で一杯になった屋根裏にやがて消えてゆく、と考えることはできなないのです。

  彼女、グレタ・トゥーンベリは諦めなかったのです。若さゆえの切迫さと、子供特有の本能に根ざした科学に裏打ちされて、彼女は演壇に登り、私たちが聞きたくもないことを語る。議会、政治家たち、世界の有力者たちの前でお手製のパネルを掲げる。彼女は、自分のために、自分の世代の、また、これから生まれてくる子供たちのために、さらに人間を越えて、私たちの地球全体のために語る。その姿は、はかなくも高貴で美しい。彼女の声に耳を傾け、理解しょう。恐らくは今なら間に合う。



3 コメント

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Unknown (Mozu)
2019-10-20 19:21:55
ご無沙汰しています。クレジオにつながれた久しぶりの投稿をうれしく読みました。この度の甚大な被害をもたらした台風19号も温暖化が要因であるとされています。異常や想定外、経験をしたことがないことが常態化しています。かつて、フランス人の方に日本人は環境問題に関心が薄いと指摘されたことがあります。もはやまったなしの時にきているようです。
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こちらこそお無沙汰しています (Shuhei)
2019-10-22 15:18:37
 Mozuさん、コメントありがとうございます。お変わりありませんか。この、Libération に掲載されたル・クレジオの文章は、作家の平野啓一郎さんにツィッターを通じて教えられて、初めて目にしたものです。今年3月書かれたものですが、ぼくも長い間まったく知りませんでした。うっかりしていた自分への反省もあって、勝手に義務感のようなものを抱いて訳しました。平野さんの「いいね」のおかげで、ぼくの綴ったものとしては多くの人に読まれているようです。
 かつては、隣国ドイツに比べれば、フランスは環境意識の低い国だったのですが、2015年のパリ協定、そしてパリ、イダルゴ市長の積極的な取り組みもあって、フランスに暮らす人々の意識もかなり変わってきました。京都議定書の日本も、うかうかしていられないと思います。
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2021-01-23 05:13:44
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