フランス語読解教室 II

 多様なフランス語の文章を通して、フランス語を読む楽しさを味わってみて下さい。

「私たちもあの子を見殺しにした」(3)

2015年10月28日 | 外国語学習

[試訳]
 怒りの声を上げる前に、今一度、砂浜に横たわり、深い眠りについたあの子の目をまっすぐ見つめてみよう。あんなに華奢な体つきでも、両手はまだ赤ん坊のようにぽっちゃりとしている。浜辺でぐったりとした顔はおだやかでも、肺は海水で膨れ上がっている。最後にもう一度だけあの子の恐怖を想像してみよう。あの子は闇の中、冷たい、まっ暗い海に落ちた。流されまいともがいたけれど、ついには海の底に飲み込まれてしまった。海水が彼の肺を最後にはいっぱいにしてしまうまで、喘いでいたはずだ。そして、罪深い無関心から私たちを目覚めさせ、多くの人々を人間的に揺り動かしたのだった。今問われているのはもう怒りではなく、人々が同胞に抱くべき、人間愛の、連帯の覚醒である。男たちの、女たちの、子供たちの命が賭けられているのだから。
 目下集団的な無関心と他人事のような憤りが冷たく渦巻く21世紀が、諦めと冷酷の世紀となってしまわないよう、立ち上がろう。もう何人のアイラン・クルディが海に沈んでしまったのだろう。ヨーロッパが立ち上がるまで、いったいあと何人の犠牲者が必要なのだろうか。虐げられたこの人々を私たちが助けることができなければ、難民問題を解決できなければ、21世紀の私たちの文明は、取り返しのつかない形で、人の道を失ってしまいかねない。
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 misayoさん、Mozeさん、訳文ありがとうございました。今回も、ぼくから付け加えることは何もありません。試訳を読んでまた不明な点があれば、お尋ねください。
 西アジア・中東から欧州を目指す人々の難民問題は、解決の糸口すら見つからないまま、フランスを含めヨーロッパは冬を迎えました。ひとりでも多くの人々に温かい食事が提供されることを願うばかりです。
 そんな中、残念な報道がありました。
http://www.directmatin.fr/monde/2015-10-08/japon-un-manga-sur-une-jeune-refugiee-syrienne-fait-polemique-713017
 先日朝日新聞でも遅れて報じられた内容ですが、苦難に耐えている人々の本当の痛みにまったく想像が及ばず、そんな人々がわすかばかりの援助に縋ろうとすることすら許せない人々が、この日本にもいるのです。残念なことです。
 ところで、先日、ある医学研究者が、度あるごとに再読する書物として茨木のり子『詩のこころを読む』(岩波ジュニア新書)をあげていたのが目に留まり、ぼくもこの年になって同書を読んでみました。扱われている詩の豊かさと多様さは言うの及ばず、茨木さんの語り口がなんとも魅力的でした。奇遇ですが、伊藤比呂美さん編であらたに、石垣りん詩集が岩波文庫から出ました。これも是非読んでみようと思っています。
 年内に読むことをお約束したロラン・バルトの文章ですが、週末までには皆さんのもとにお届けします。Shuhei


「私たちもあの子を見殺しにした」(2)

2015年10月07日 | Weblog

[注釈]
 *conjuguer avec les obstacles… : いろいろ調べてみたのですが、本来ならここで書き手はconjuguer以外の動詞を使うはずではなかったのか、と勘ぐっています。命からがら海を渡ってきても、今度は陸地で、東欧を中心とした国々が設けた障害を「かいくぐらなければ」ならないのだ、というふうに読めました。ここについて、何かご意見があればまた聞かせてください。
 *nous avons tout à gagner : 文字通りは「手にすべきすべてがある」ということですから、試訳にあるように訳しました。

[試訳]
 難民たちは救命ボートで海に漂うあらゆる危険とすでに向き合ってきたのに、今度はその到着を阻止しようとする国々が設ける障害をかいくぐらなければならない。彼らを殺すのは、嵐や飢えや渇きだけではなく、うち建てられる壁や有刺鉄線や日常化している人狩り、そして私たちすべての無関心である。私たちは、彼らに提供される生活物資(食料、水、仮設テント)が私たちの元から持ち去られるものであるかのように、すべての避難民を迎え入れることを恐れている。しかしながらすべてのヨーロッパ諸国のなかで協働して組織されるべき人道支援は、通連管のようにはまったく組織されていない。彼らを同胞として相応しく迎え入れれば、私たちには何一つ失うものはないにもかかわらず。一刻も早く彼らを受け容れるよりは、同胞が死んでゆくのを座視することを選ぶほどに、私たちはお互いを怖れているのだろうか?
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 misayoさん、Mozeさん、shokoさん、訳文ありがとうございました。いかがだったでしょうか。そしてshokoさん、パリ便りありがとうございました。ちょうど先週末から今週にかけて教室でla Nuit blancheについて学生たちに話したところでした。長くて寒い夜長を楽しむための様々な工夫をフランスの人々は持っていますね。東海地方の夜も随分と過ごしやすくなってきました。ぼくも先週末は映画『岸辺の旅』を見、ピーター・ゼルキン(あのルドルフ・ゼルキンのご子息です)のピアノの音色を楽しんできました。
 それから、今年生誕百年を迎える作家・批評家のロラン・バルトの今最良の入門書と思える『ロラン・バルト』(中公新書)を読みました。第一人者による良質のガイドブックです。この年内には再度バルトの文章を読むことにしましょう。
 それでは、次回はこの文章を読みきります。28日(水)に試訳をお目にかけます。Shuhei