[注釈]
* ...pour de'naturer ou naturaliser - c'est selon-…: 一種の言葉遊びですが、naturaliser に注意が必要です。naturalisation と名詞になれば、動物の剥製化や植物の標本化を意味します。Mozeさんの「形骸化」というぴったりの訳語を拝借しました。
* aussi fonde'es soient-elles : aussi +形容詞・副詞+que+接続法で譲歩構文となります。ここではqueが省略されています。ex. Aussi riche qu'il soit, elle ne l'e'pousera pas.
* Comme il s'agit de sciences, : このsciences は文脈からすると「お勉強、学問」のことでしょうね。
[試訳]
生物学的な性などないという馬鹿げた議論だけでジェンダー・スタディーを回避する理論や、人間や霊長類の社会の多様性においてなされた観察を曲げて私たちの性愛を歪曲、あるいは場合によっては形骸化するようなあらゆる理論に私は反対する。そうした理論の求めるところは私にも理解できる。けれども、それらは科学の領域でなされるものではない。特殊創造説を支持するものや宗教的保守主義者がそうであるように、それがいかに強固であろうとも、そうした理論の組織化や動機は科学の領域では正当性を持たない。それは政治の場でなされるべきであって、そうした論者たちには「畑」を間違えないよう申し上げたい。
忘れないようにしたいのは、フランスは性教育に関してもっとも良質の教育が行われている国のひとつでありながら、様々な保守的な立場のために、対立しあっているのは、三十年以上にわたって同じ主張であることだ。そうした立場は、宗教的に中立の共和国の学校における科学教育とはなんの関係もない。対照的に、アメリカでの、少女のままで母になる子供の比率の異常な高さや、中絶反対のファッショ的な運動を思い出せば十分だろう。ピューリタニスムは性的、社会的な抑圧と悲惨を生み出しただけである。
こうした教育もまた進化しなければならない。理由は二つある。ひとつは、性や人間についての知識と変化は著しく進んだこと。ふたつめは、私たちの社会は、性愛と家族の形態の大きな変化を経験していることである。
議員たちが教育内容に関心を持つのは当然のことだろう。ことが学問にかかわる以上、その内容を確定し、認証するのは政治に携わるものの役目だろう。しかしながら、政治的、哲学的、宗教的な信条に基づき科学的な知識に対して介入することは不当である。そうした知識が、たとえ政治家たちの信条にそぐわないものであったとしても。政治家たちの信条は私にもわからないではない。けれども、現代社会において最も重要な価値は尊重されなくてはならない。宗教的中立性である。お分かりのように、私が擁護しているのは、科学ではなく、宗教的中立性である。ただ私はこうした論争を好ましくも思っている。それによって学校が市民の議論の中心に据えられるからだ。
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いかがだったでしょうか。Mozeさんが仰るように、少し長かったですね。でもmidoriさんも触れていたlaicite' をめぐるこうした議論は、フランス社会においてとても大きな意味を持っています。その歴史的経緯を詳しく辿りたい方は、以前一度この場でも紹介した、工藤庸子『宗教vs国家』(講談社新書)を是非一読ください。
議論の枠組みは違いますが、ここで問われたジェンダーという言葉、いまでも日本の保守系の政治家は毛嫌いしますね。阿倍政権時に山谷と言う女性議員がこの概念に噛み付いたことを覚えていらっしゃるでしょうか。もう少しさかのぼれば、森前首相は「寝た子を起こすな」と学校での性教育を抑圧していました。こうした政治家にとっては、人々が御しやすい「日本国民」であることが一番望ましいのでしょうね。ムズカしいことなど考えてくれるな、というわけです。
さて、早いもので、次回から扱う文章が今年最後のテキストとなります。NHK E-tv にあやかってAlain <<Propos sur le boheur>>を読むことにしましょう。たしか今晩の番組「100分de名著」が、アランの『幸福論』を扱った最終回になります。
実は、まだ大学院で修士論文の準備をしていた頃に、今回シリーズの講師役合田正人先生からお電話を頂戴したことがあります。ある先生づてにぼくがレヴィナスのプルースト論のテキストを探していることが伝わって、当時お務めだった東京都立大学からわざわざ大阪まで電話を下さったのでした。もう朝の9時は回っていたと思うのですが、ぼくはその呼び出し音で布団から這い出て、受話器からの低いお声の「合田ですが...」という一声で、冷水を浴びせられたように目が覚めたことを今でもよく覚えています。
週末にはテキストをお届けします。Shuhei
p.s. Danielle Mitterrand, Francois Mitterrand 元フランス大統領夫人が亡くなりました。以下で生前の彼女のインタヴューを見ることができます。ミッテラン大統領との一生を振り返って<< Je ne suis jamais ennyue'e.>>と語る夫人の言葉に、彼女のというより、むしろ元大統領の充実した一生を思わずにはいられませんでした。また自身のことをmilitante と考える夫人はPremie're Dame ファーストレディーと呼ばれるのを快く思っていませんでした。ご冥福をお祈ります。
http://www.francetv.fr/info/danielle-mitterrand-j-ai-eu-une-belle-vie_29827.html