昨夜、ブログ記事を書いた後と今朝、『摩訶般若波羅蜜経』の第83~90品まですべて読み終えました。
拙著『よくわかる般若心経』(PHP文庫)では、「筆者がいまのところわかった範囲では、『空』も『仏』も『全体』もほぼおなじことをいい表わそうとしている言葉だといっていいと思うんですが……」と書きました。
しかし正直なところ、研究書などを読んでわかった範囲だったので、「そんなこと、お経のどこに書いてあるんだ」と聞かれるとちょっと困る状態でした。
その証拠・典拠探しという意味もあって、『摩訶般若波羅蜜経』全部を読んでおきたいと思ったわけです。
読んでみると、ちゃんとどこに書いてあるか把握できました。
まさにそのとおりのことが書いてある個所が、なんと、最後の1つ前の「法尚品(ほうしょうぼん)第八十九」というところにあったのです。
諸法如は即ち是れ仏なればなり。……空は即ち是れ仏なればなり。……諸仏如と諸法如は一如にして分別なし。……是の如は常一にして無二無三なり。(法尚品第八十九)
もろもろすべての存在のあるがまま(の姿)は仏なのである。……空はすなわち仏なのである。……もろもろの仏のあるがままともろもろの存在のあるがままは一つのあるがままであって分離していない。……このあるがままは永遠に一であって二や三はない。
文献はちゃんと最後まで読むものです。
これで、読者にいいかげんなことを言っていなかったことがはっきりして、内心ほっとしました。
しかも「ほぼおなじこと」ではなく、「まったくおなじこと」だと捉えてまちがいないことがはっきりしました。
これですっきりして、後は床のワックスかけやパンフレットの発送や部屋の片付けなどを、雑務ではなく作務(さむ)――日常の細々としたことも大切な務めをすることとして行なうという禅の考え方――の気持ちで行なうことができました。
夜は、とても美味しい濁り酒をお猪口に2杯ですっかりいい気分になりました。
いい暮を過ごすことができて、本当に感謝です。
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迷わずに先生の著書を再読することと、西谷先生の空についての研究成果を読み解くことによって、これから、空について学んで行こうと思います。
もう十五年も前のことになります。
私は先生の著書『唯識の心理学』を通勤電車の中(帰り、約1.5時間)で読み、出勤前にメモしながら読み進めました。感銘をうけました。私の選択は間違っていなかったと今、自負しています。
ありがとうございました。
今後ともよろしくお願いします。
どうぞ良いお年をお迎えください。
先日、ある方のブログから、こちらへよせていただいてから、前の記事も含めて、少しずつ勉強させていただいています。
私は、先生と、基本的に同じように物事を考えていたので、うれしく思っています。
ただ、先生は、そのことをきちんと文献に基づいて教えてくださるので、とても説得力があります。
来年もどうぞよろしくお願いいたします。
どうぞよいお年をお迎えくださいませ。
拙著お読みいただき、そしてこのブログも継続的にお読みいただき、有難うございます。
学びのお役に立てていただいて、とてもうれしいです。
空においては私たちは嫌でも好きでも一体です。
ですから、空を学ぶということは一体性を学ぶということになり、したがって共に学ぶことにもなります。
というわけで、私の授業は受講条件無しの「老若男女共学制」です。
ぜひ、これからも楽しんでお続けください。
どうぞ良いお年を!