新刊案内:ストイックという思想

2012年12月16日 | 生きる意味

 昨年11月に出した『コスモモロジーの心理学』(青土社)以来1年ぶりに新しい本を出します。

 『ストイックという思想――マルクス・アウレーリウス『自省録』を読む』(青土社)という本です。

 内容紹介として「あとがき」の一部を転載します。


  古代ローマの賢人皇帝マルクス・アウレーリウスの残した言葉が、今さまざまな困難をかかえた時代を生きる私たちにとって、くじけることなく強く生きる、生き抜く、生き切ることのできる心を持つための大きなヒントになるのではないか、と思ったのが本書の元になった講義を始めた動機でした。

 二〇一一年三月十一日の東日本大震災そしてそれに続く福島原発の事故は、日本人の誰にとっても大きな衝撃だったのではないでしょうか。そして復旧―復興も十分にははかどっておらず、原発事故は本当には収束などしておらず、その社会的・経済的・心理的衝撃は、直接被災していなくても、心の傷、痛み、不安、無力感、絶望といったかたちでいまだに強い余震のように私たちの心を揺さぶっています。

 あまりにも過酷な出来事に遭遇してしまった時、人間の心は自分を防衛するために無意識的にいろいろなメカニズムを使うことは精神分析が明らかにしたとおりで、例えば意識の底に押し込めてしまう「抑圧」、なかったことにする「否認」、他人事のように思いなす「隔離」、あるいは大人としての対応ができなくなる「退行」などなどがあります。

 そうした防衛メカニズムは一時的で度を越さなければ心の健康を守るためのやむを得ない正常な反応ですが、度を越し長引いてしまうと、自分を守るどころかかえって心の病を発症すると言われています。過酷な出来事が過ぎて、防衛メカニズムでやりすごす時期が過ぎたら、つらくても出来事の記憶に意識的に直面し自分の人生体験の一部としてしっかり受容・統合する必要があるとされています。

 しかし、大変な出来事(およびその記憶)にただ意識的に直面しようとするのはまさにあまりにも過酷であって、直面してそれに耐え切り、それを受け止め受容するためのベースになる考え方・思想・世界観(コスモロジー)が必要なのではないか、と私は考えています。

 まして、出来事が一時的なことでなく長引く過酷な状況にまでなっている場合はますますそうだと思われます。そして、問題山積の現代の日本では、全体としての状況はすでにかなり厳しく、次第にさらに過酷になり長引きつつあるのではないでしょうか。
 そうした状況の中で生き抜き、生き切るために、マルクス・アウレーリウスが拠り所としてストア派哲学=ストイシズムが私たちの心の拠り所になりうるのではないか、と私は考えています。

 生きる理由は楽しみ・快楽にあるという思想を快楽主義といい、それに対して生きる理由は自分のなすべきこと・使命(ミッション)を果たすことにあるという思想をストイシズム・ストア主義といい、それは一般的に理解されている「禁欲主義」というよりもっと大きく深い意味を持っています。

 今の日本では「ストイシズム」「ストイック(ストイシズム的)」という言葉は、例えばスポーツ選手や芸術家などが夢・高い目標を実現するために目先の楽しみや楽さを犠牲にして禁欲的に努力するという意味に取られています。もちろん、そういうストイックな生き方もすばらしいと思いますが、本来のストイシズムは個々人の夢や目標ではなく、社会が必要とする仕事・公務(ミッション)を自分の損得、好き嫌い、快不快を超えて果たし抜くことに人生の意味、真の自己充足、満足感――それをストア派的=ストイックな幸福と言います――を見出すという思想です。

 今、厳しい時代の中で、大人であれば誰でも果たすべき社会的責任を持っており、そういう意味では大人はみな公務(ミッション)を担う公人であると言えるのではないでしょうか。そして、自分の置かれた場所で、退行せず、隔離せず、否認せず、抑圧せず、事態に凛として直面し、自分の責任を果たし切るところに公人としての誇り・大人の幸福を見出すことは、やさしいことではなくても不可能ではないと思われます。

 楽や快楽を求めるよりも、凛として勇気を持って自分の責務・公務を果たし、生きられるだけ生きたら爽やかにこの世を去っていく、それが人間の生き死にする意味であり、しかもそれは無になることではなく大自然・宇宙に帰っていくことだ、とストア哲学は語っています。

 繰り返すと、私が宇宙の中に生まれて来た理由は、宇宙から与えられた使命・公務を果たすことにあり、死はその宇宙への帰郷である、というストア派の世界観(コスモロジー)は、困難な時代のローマ皇帝ほどではないにしてもそれなりの公人である私たちの心の支えにもなるのではないか、というのが、震災そして原発事故の直後、本書の原形となった講義(「サングラハ教育・心理研究所」第三五期オープンカレッジにて二〇一一年四月から七月まで計七回行)をし、そしてそれを元にした雑誌連載(機関誌『サングラハ』の第一一六号・二〇一一年三月から第一二三号・二〇一二年六月まで)を行ない、さらにそれを徹底的に推敲して本書の原稿を書いた動機です。

 筆者が、ストア派哲学、それを自ら生きたマルクス・アウレーリウスのまさにストイックな言葉と生き方に、読む度に受けてきた爽やかな感動を、読者にもお伝えできたら大きな喜びです。




ストイックという思想
クリエーター情報なし
青土社

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4 コメント

コメント日が  古い順  |   新しい順
人生に立ち向かいます! (神岡)
2013-04-12 14:55:41
※申し訳ございません。名前を入力するのを忘れておりましたので、再度コメントさせていただきました。

岡野先生励ましのお言葉ありがとうございます。とても元気が出てきました。

はい。自分ならできると信じて、勇気を持って人生に立ち向かっていこうと思います!
返信する
人生に立ち向かいます! (Unknown)
2013-04-12 14:22:47
岡野先生励ましのお言葉ありがとうございます。
とても元気が出てきました。

はい。自分ならできると信じて、勇気を持って人生に立ち向かっていこうと思います!
返信する
すばらしい! (おかの)
2013-03-05 17:40:28
>神岡くん

 厳しい状況の中での就職活動、ご苦労様です。

 『ストイック…』が役に立っているようで、うれしいです。

 勇気をもって人生に立ち向かおう! 君ならできる!
返信する
まさに今読むべき本! (神岡)
2013-03-04 11:49:12
先生こんにちは。

『自省録』についてはサングラハ連載時からすごく励まされ、元気を貰っておりました。
それなのでこの記事で書籍化された事知り、
すぐにアマゾンで購入し、毎日読んでいます。

先生の仰る通り、私も快楽主義が蔓延し、問題が山積した現代社会では、ストア主義は非常に参考になり、心の支えになると思います。

私も現在就職活動という厳しい状況の中で、快楽主義的に考えてしまいつい愚痴や不満を抱いてしまいそうになるのですが、しかしストア主義的に考え、現状を受け入れ、就職活動を自分に与えられた使命(ミッション)と捉え行動していこう(善くやろう)と思いました。

それと私は普段朝この本を読んでいるのですが、非常に励みになり元気が貰え一日善く過ごせます。

快楽主義が蔓延した現代社会で、山積した問題に対応するための思想としてストア主義はまさしくうってつけだと思いました。
まさにこの本は現代社会に生きる人達にとって、今第一に読むべき本ではないかと思われます。

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