「唯識(ゆいしき)」は、『解深密経(げじんみっきょう)』や『大乗阿毘達磨経(だいじょうあびだつまきょう)』などを元に、さらに体系化された大乗仏教の理論です。
「識=心」へのくわしい洞察があり、しかも心の無意識の領域・深層心理のみごとな解明がなされているので、私は「大乗仏教の深層心理学」だと評しています。
ここで、「あ、ムズカシソウ」と引かないでください。
大丈夫です。これまでの学生の感想にもあったとおり、がんばれば、ポイントは必ずわかります。
学問としての唯識は、理論としては確かに難解であり、膨大な文献もあるのですが、私たち自身の心がどうなっているのかを知るためのヒントとしてのポイントは、そんなにむずかしくはありませんし、膨大な知識は必要ありません。
私の授業では、詳細・緻密・難解な唯識学全体ではなく、元気に生きるためのヒントになるポイントにしぼって紹介することにしています。
とはいっても、最小限の歴史的知識などはお伝えしておいたほうがいいでしょう。
唯識の理論を体系化したのは、マイトレーヤ(弥勒、みろく、350-430)、アサンガ(無着・無著、むちゃく・むじゃく、395~430)、ヴァスバンドゥ(世親、せしん・せじん、400~480)という3人の仏教哲学者――「論師(ろんじ)」と呼ばれます――です。
マイトレーヤは、伝統的には弥勒菩薩と同一視されてきましたが、現代では同名の論師がいたのであろう、ともいわれています。
歴史的実在が確実なのは、次のアサンガ・無着からです。
代表的な著作として『摂大乗論(しょうだいじょうろん、マハヤーナ・サングラハ)』があります。
私は、これを漢訳から現代語訳(コスモス・ライブラリー刊、星雲社発売)しており、そのタイトルにちなんで私の研究所を「サングラハ心理学研究所」としています。
また、その内容の概説として『大乗仏教の深層心理学――摂大乗論を読む』(青土社)を書いています。
この入門授業を受けた後で、もっと学びたくなったら、取り組んでみてください。
次のヴァスバンドゥ・世親は、アサンガ・無着の肉親の弟で、インド唯識学の大成者といわれます。
たくさんの著書があるのですが、もっとも代表的なものが『唯識三十頌(ゆいしきさんじゅうじゅ)』です。
私は、これについても、『唯識の心理学』(青土社)という入門的な解説書を書いています。
後に、唐代の有名な訳経家・玄奘三蔵(?-664)とその弟子基(窺基、きき、632-682)が、インドで出来た『唯識三十頌』に対する10の注釈書を編集して1冊にまとめた『成唯識論(じょうゆいしきろん)』が、中国と日本の唯識を学ぶ学派である「法相宗(ほっそうしゅう)』の基本的な聖典になっています。
このあたり、もう少しくわしく歴史的なことを知りたい方は、拙著『唯識のすすめ――仏教の深層心理学入門』(NHKライブラリー)の第1章「唯識の来た道」、さらにくわしく知りたい方は、横山紘一『唯識思想入門』(第三文明社レグルス文庫)の第1章「唯識思想の展開」などをお読みください。
ただまとめて考えておきたいのは、2、3世紀インドに始まり、4、5世紀大成された唯識は、6、7世紀中国に伝わり、7世紀中国・唐に派遣された遣唐使の学僧たちが玄奘三蔵から学んで日本に伝え、多くの人々の努力によって現代にまで伝えられたものだということです。
この1800年のつながりは、さらにゴータマ・ブッダまで2500年つながり、さらにホモ・サピエンスの数十万年につながり……生命40億年、地球46億年、宇宙137億年の歴史に、どこにも切れ目なくつながっています。
これは、とても不思議なことですね。
私にとって唯識は、137億年かけて私に届いた「コスモスからのメッセージ」のように思えることがあります。
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今「道元のコスモロジー」を読んでいますが、摂大乗論もいつか読んでみようと思っています。