マスメディアにとって「視聴率稼ぎ」のためにのみオリンピックはある。
浅田真央さんをよってたかって「金メダル」「金メダル」と追いつめた。
浅田さんはマジメな人だから一生懸命マスコミの取材に答えていたが、そんなことがこの4年間ずうっと続いたのだ。調子が狂わないわけがない。
そして浅田さんが失敗したら、それはそれで「かわいそう」とまた大騒ぎ。
フリーで立ち直ると、「浅田さん、感動をありがとう」と感動の押し売り。
テレビ局にとっては何でもいいのだ。大騒ぎしてそれで視聴者の注目を集められれば。
こんなテレビメディアに乗せられるのはもうやめようと言いたいが、視聴者も感動や物語を無理矢理にでも求めているという風潮だ。
先週から大雪が日本列島を覆ったが、大雪と交通の情報が行き届かなくて混乱を大きくした感がある。
そんな中、私は地元の駅に忘れ物をした。そこ以外に考えられないので、駅に電話して聞いてみようと思ったのだが、駅の電話番号というものが電話帳などに意外に見当たらないことに気づかされた。
そこで104で聞いてみたら、駅の電話番号ではなく、忘れ物管理センターの番号を教えられた。そこで一元管理しているらしい。
聞くと「届いてない」という返事。これは直接駅へ行って聞いたほうが早いと思い駅へ行くと、駅では落し物はすぐその管理センターに廻してしまうとのこと。
そこで三日ほど保管して、その後は宅配業者が警察の落し物係へ持って行ってしまうというのだ。
馬鹿げてる。大きな駅なら不特定多数の人間が出入りするからその方法もありかと思うが、地元の駅である。そこを利用するのはほぼ地元の人間だ。
わざわざよそへ持って行かなくたってしばらく保管してくれてもよさそうなのに。
そこで推測できるのは今、現場でやられているのはマニュアルに基づく「一元管理」というものなのだろう。
コンピューターシステムで集中管理すれば合理的と考えたのだろうが、合理的は過ぎると不合理に転落する。
大雪や地震、台風などで交通が混乱した時、当局からなかなか情報が出て来ない、そのために多くの人が無駄に足止めを食うのはこういうシステム管理のせいではと考える。
JR北海道で保守点検の数値が操作された事件もコンピューター上の数値を変えれば簡単にできることなのだ。
JR北海道の場合は無理な民営化のツケという側面がこのような形で現れたわけだが。
今安倍政権はどんどん「戦争への道」を突き進んでいて、それによって日本は再びどん底に突き落とされる危機が迫っているが、こうした管理システムの行き過ぎでも亡びの道をたどっていると思う。
落し物は警察署に廻されていた。私は車が運転できるから取りにいけるが、そうでない場合、ここの警察署に行くのは容易じゃない。
連日テレビでの(特にNHK)オリンピックの大騒ぎというか空騒ぎ。
私はニュースで流される報道以外見ていないが、ほかの国はこんなに大騒ぎするんだろうか。
そしてオリンピック直前の佐村河内守とかいう人物の作曲代作騒動。
今のマスメディア、これまた特にNHKはほんとおかしい。
この人物についても少し前からさかんに取り上げられるようになったが、私は特に興味もなかったのでそのドキュメンタリー番組も見ていないが、現代と言う時代は安易に物語を求めすぎる。
その結果が何か怪しいと思いつつ「ばれなきゃいいだろ」と突き進んでしまう。
この場合は本当の作曲者が真実を明かしてしまったのでばれてしまったわけだけど。
作曲者新垣氏が真実を明かした一番の動機は佐村河内氏によって、お金を要求された女の子の存在があったというのだから、佐村河内氏のあきれた人物像が浮かび上がってくる。
私にはこれが今の日本全体の風潮と大いにリンクしたものに思える。
安倍晋三とそれがになう政権のどうしようもない軽薄さ、浅はかさ、愚かさに気づこうとしない(ほんとは気づいているのかもしれないが、直視しようとしない)日本の人々がこんな存在を許してしまっている。
都知事選の怪。
安倍晋三を退陣させる一大チャンスの一つであった東京都知事選。
しかし自公推薦候補に対抗する候補が一本化されず、みすみすその機会を失ってしまった。
宇都宮氏はどうしてそんなに都知事に立候補したかったのか。前回と違って、周囲から推されてというより、むしろフライングぎみに立候補を表明したのはなぜなのか、部外者にはまさに「怪」である。
宇都宮氏周辺では今回は宇都宮氏ではなく落合恵子さんでどうだろうという話があったという。
落合さんは立候補を拒否たのではなく、少し考える時間をくれと言ったという。しかしその少しのスキを突いて宇都宮氏は立候補表明してしまったという。
この宇都宮氏を社共が推した。社民党に現実的機動力は期待できないから宇都宮氏の選挙活動を支えた実働部隊は共産党である。
「脱原発・即廃炉」を訴えた細川元首相の立候補表明は遅れた。もし「脱原発」の候補が落合さんだったら、おそらく細川氏は立候補せず、応援にまわっただろう。
落合さんも無党派、無関心派から見れば「清新な候補」というわけではないかもしれないが、少なくとも宇都宮氏よりは関心と共感を得られたはずだ。政策や実行力のことを言っているのではなく、イメージという意味で。
「選挙」というものは「民意」を問うという仕掛けであって、そのまま「民意」が結果として表れるわけではない。
「民意」が「民意」として表れるためには選ぶ側に充分な政治情報と、それを比較検討する能力がなくてはならない。
しかし日々の生活に追われる、あるいは政治に関心がない、そういう人々にとって選挙で候補者を選別するのは正しい情報に沿ってそうするわけではない。雰囲気で投票することになる。
都知事になった舛添氏は好感を持たれたわけでもないし、信頼感があったわけでもない。彼には自公の組織票があった。大雪で低投票率は彼に有利に働いた。
細川元総理は「脱原発」のために立候補した。福祉もオリンピックも全てはこの問題に道筋をつけなくては何も始らない、始っているように見えるのはまやかしで、砂の上に建物を建てる愚を犯しているのであって、それは崩れ去る運命を免れない。そういう大義のために立候補したと私は理解した。
ただ76歳という年令、政界から遠ざかっていた月日の長さが思った以上にボディーブローとして効いた感がある。
そして平時なら宇都宮氏もまた立派な候補だ。しかし今、極右の安倍晋三の暴走を止めるには真ん中に位置する一番多数を惹きつけなくてはならない時に、やはり迫力に欠ける。
原発推進という極端な政治主張の田母神氏が61万票もの票を集めたことが注目された。その集票の理由は「わかりやすさ」だという。
これは大多数の国民の幸福を願う主張をする政治勢力にとって「課題」だ。政治は言葉だ。まず言葉から始まる。
景気回復のウソ
朝のワイドショーといえば高齢者と主婦がおもな視聴者だと考えられる。
だからというわけではないが、政治や経済を話題にする場合、身近な生活に即して報道し、問題点をそれほど突っ込まないのが常道だが、唯一?テレビ朝日の玉川さんと言う方が担当している「玉テリヤ」というコーナーだけはちょっと違う。
昨日は「景気回復は本当か」というのがテーマだった。
NHKを先頭に「企業の業績が回復している。過去最高益をあげている」とマスコミは報道するが、一般庶民の感覚はほぼ100パーセント「そんな実感ない」というもの。
この乖離はなぜなのか。
それを専門家に聞いていた。「まず業績がいいというのはこの間の円安誘導と株高の恩恵を受けている輸出大企業、銀行、証券会社とその関連企業。しかしそれが国内の景気回復につながっていないのは、輸出大企業自体、生産をコストの安い海外にシフトしているばかりでなく、今まで日本国内から調達していた各部品までも海外生産・調達しているからである。日本国内には何らの波及効果もおよぼしていない。その一方で円安のため石油などの燃料調達のコストがあがり、灯油やガソリンの値上がりが国民生活を直撃している。原発再稼働を企む政府や電力会社は、海外からの化石燃料調達が発電コストを押し上げているというが、燃料の輸入量がそれほど増えているわけではない。この間のエネルギー資源の高騰はひとえに円安による為替差損のせいである」という答えだった。
安倍政権の高支持率というのはひとえに「景気をよくしてくれそう」ということであって、「中国との戦争も辞さないぼくちゃんの強い日本」を期待してではあるまい。
「アベノミクス」とは輸出大企業や銀行・証券会社などにさらなる富を積み上げさせ、中小企業や一般国民から奪い取る経済政策でしかないのだ。消費税増税はその仕上げのとどめになるだろう。
そんなことははじめからわかっているのに、経済の専門家とやらも自分に火の粉がかからないどころか、おこぼれに預かれるのでこの経済政策を持ち上げていた。
しかしそのウソも限界に来ている。朝のワイドショーが「アベノミクス」効果に疑問を表明したのである。
浜矩子の言うとおり「ドアホノミクスに終止符を打ち、少子・高齢化に対応した社会・経済政策を打ち出さなくてはならない」。
無知・無教養が背広を着ている、NHK籾井会長の国会答弁の映像を見てそう感じた。
安倍晋三のお友達などろくな者はいないと思っているからNHK新会長に注意を払っていなかった。
改めてその雰囲気と答弁を見て「これはうひどい。ひどすぎる」と思った。
無知なるがゆえに偏見にみちた事を言って平気な右翼親父が酒席でよたっているとしか見えなかった。
三井物産だかの副社長を務めた人物らしいが、だいたい私たちは銀行だの百貨店だの高級ホテルだの大手企業だののトップを買いかぶりすぎている。
彼らは市井の一般人よりはるかに強欲で、人を踏みつけにすることにためらいがなく、なのに自分は賢いと勘違いしているとんでもない連中が殆どだと思ったほうがいい。そうした人間が出世するところが「一流企業」というところらしい。
さてこんな右翼親父をトップに置かれた哀れなNHKだが、報道番組は「景気が回復している、企業の業績がうわむきつつある」など大本営発表をくりかえしているが、そんな報道のすぐ後の「クローズアップ現代」は若い女性達にも貧困の波が押し寄せている現実を知らせて衝撃的だった。
HNKの番組には「これぞNHK」という検証番組はまだ残っている。しかしそれはETVの午後11時台とか、よほど関心のある人以外はまず見ないだろうという枠で生きている。
しかし「クローズアップ現代」は視聴率が最も高い午後七時のニュースのすぐ後であるからその影響力は大きい。
若い女性は従来だったら、結婚して夫の給料に頼りながら子育てをするという道があると思われてきた。
しかし今その夫になるべき若い男性にも非正規雇用が増えて、とても結婚できる経済状態にない人達が増えて、非正規同士の男女が結びついても子育てで経済的に行き詰まってしまう。
かくて非正規雇用の男性も苦しいが、女性は男性よりさらに低賃金で働かされるため男性以上に貧困状態に置かれる女性が増加しているという構図だ。
シングルマザーはさらに深刻だ。そもそもシングルマザーは自身の選択というより経済的に行き詰まって夫婦仲が悪くなり、暴力などの果てに一人で子育てを引き受けざるを得なくなった結果という場合が殆ど。
幼い子供をかかえての仕事の選択は単身でいるよりさらにせばまる。
行き着く果てが「風俗の仕事」だ。
女性の立場が戦前に戻ってしまったような風景だ。底辺に生きる女性達には「風俗産業」しかないのか。
風俗経営側は女性達が働きやすい?ように保育所を確保し、寮を提供し、行政や企業ががやらないことを埋めて、それでも自分達の利益は確保し、女性達も他の仕事よりはるかに高収入を得ている。
しかし彼女たちはいつまでもできる仕事ではないし、できたらやめたいと、貯蓄に励むのである。これこそ「政治の貧困」である。
政府は戦争するためにあるわけではないし、企業を助けるためにあるわけでもない。
弱いところに手を差し伸べるのが政治だ。そのことをみんなが忘れている。