不可逆的」などという言葉は加害者が言う言葉ではない。
「日韓合意」に関して、安倍政権だけでなくマスコミも一斉に不快感を示すとは日本
はいつからこんなに傲慢になったのか。
「金、出したんだからいいだろ、文句言うなよ」というのが日本の態度だ。心からの謝罪ではない。
韓国の現政権はそれを言っている。文大統領は「国と国との公的な合意だからそれを破棄せよとは要求しない。ただ犠牲になった元慰安婦のおばあさんたちに日本の責任ある立場の人間が過去の誤りを認めて真摯に謝罪することを望む」という立場だ。実に大人の態度だと思う。安倍政権をあてにしていない。安倍政権以外の過去の「河野談話」や「村山談話」を出した日本の良心を日本国民に求めているのだ。
それなのに大新聞は「国と国の約束だ」と不快感を示す論調だ。新聞が時の政権と同じでどうする。
平昌オリンピックが迫っている。選手は大会に向けて懸命に調整に励んでいるはずなのに、テレビのワイドショーは朝鮮が大会に参加することになったのが不快らしく、
ネガティブなことばかりあげつらっている。なんという狭い了見。
日本は歴史的に朝鮮に迷惑をかけてばかり来たのに、今にも朝鮮が攻撃してくるようなことばかり煽っている。喧嘩を売ればそういうことになるだろう。
拉致被害の家族たちも政府をというか安倍右翼勢力を頼って「朝鮮に圧力」路線に従って来たが、それが間違いだったということをはっきり悟っただろう。
「隣国とは敵対してはいけない」これが真実だ。
2017年後半、体調を崩し、初めて入院生活を送った。とてもブログを書くどころではない。身体の老化が進んでいたことを改めて自覚した。総選挙も棄権せざるを得なかった。
病院にいたせいか、「安倍一強」とか「圧勝」とか言われてもピンと来なかった。
「一強」は選挙制度とマスコミによって作られたものであり、安倍の政策や実力が支持された結果ではないから。
しかし中身のない権力によって「戦争をする国」になることを防ぐのは私達一人一人の自覚ある行動や意志だということは強く感じる。
病院にいるとそこにあるものを読むしかすることがない。元々農協系の病院から始まっているので農家向けの雑誌『家の光』と『週刊文春』と『週刊新潮』しかない。外にいたら絶対手に取らない雑誌だ。
しかし今度「家の光」を読んで感心した。農家の主婦の読者を想定した編集だが、料理のレシピでも従来の作り方を紹介している。忙しい時や疲れている時などは「口へ入れば一緒よ」という平野レミさん風もいいが、それも本来の作り方を知っての上だということを感じた。
地方で地道に農業にいそしんでいる人の紹介や、TPPの解説などとても参考になった。
「文春」、「新潮」は反中、反朝鮮・韓国を編集方針の柱の一つにしている週刊誌でそんなものをわざわざ買って読むなど「時間の無駄」だから書店でも手に取ることはないが、今回初めてじっくり読んでみた。
反中に目立った記事はなかったが、反韓記事では「慰安婦像設置」に対しては日本がそもそも100年以上前に朝鮮を植民地にして、朝鮮の人々の主権を奪い、その財産を収奪してきたことには一切触れない。だからそういう歴史に無知な人は韓国の嫌がらせのように勘違いする仕掛けになっている。
ヘイトスピーチなどすることは自分の無知を広告しているようなもので、恥ずかしい限りだが、「歴史再学習」が日本人全体に必要だ。でないと「おバカな国民」として世界の人に認識されてしまう。ちょうどアメリカ人が世界のことに無知であると馬鹿にされているように。