アメリカ出張から帰って来ました。時差ボケであっちでもぐだぐだ、慣れた頃に帰国して、いまだにぐだぐだ。年々つらい長距離移動…(以下省略)。
1月12~14日
学会が本格的に開始。エスノメソドロジー・インタビューのワークショップに参加したり(今朝、このワークショップの請求書が来てびっくりした。有料だったのね)、プレゼンを聞いてまわったりして過ごしました。学会会場と宿泊したホテルが同じだったので、ちょっとした空き時間に部屋に帰って勉強できたりしてものすごく助かった。
印象的だったのは、「International Child Welfare」のセクション。4名の発表者が2名になっているなど、謎の展開だったけど、発表者も参加者もネイティブじゃないことが分かってるので英語でも質問しやすかったし、最後にはみんなと仲良くなれてよかった。
もうひとつは、「エディターはここを見ている!ー質的研究のツボー」みたいなセッション。お世話になっている先生がどんなコメントをするのかも楽しみで(基本的に統計バリバリの人)出てみたんだけど、もういろんな本音やら大学院生の必死な質問やらが飛び出して、前半でドアが閉じられたうえに、コーディネーターの先生が「ちょ、ちょっと待って。これ、オフレコにしてくださいよね」とか言い出して、その場にいるだけでも面白かった。質的研究で博士論文を書くわたしとしては、有益な情報ばかりで、セッションが終わってから偉い先生にアタックして具体的なアドバイス(「わたしの書いた〇〇っていう本を読みなさい」とか「いつになるか分かんないけど、コメントしてあげるから、僕宛に研究計画書を送りなさい」とか)を頂いて、本当に感謝。とともに、文化の違いを感じたのでした(みんなが好意的とは言わないけど、わたしの学会の雰囲気よりはずっとフランクで、なんというか希望がもてる感じ。ま、勉強不足で目の前が真っ暗になりそうになったりもするのですががががが)。
最終日のポスターセッションはゆっくり見て回れて、しかも知らなかった研究方法を知ることができて、有益でした。わりとゆっくり話せたので、津波被災地の方々が作ったミサンガを渡すこともできました。ミサンガについては、「美しいわ」とか「素敵な取り組みね」とか「何ができますか」ていう反応とともに、「寄付はどうしたらいい?」って聞かれて、アメリカの寄付文化に触れた気がしました。寄付の部分は、「これはわたしからのプレゼントで、タダだから」というかなり直接的な表現をしても、「で、寄付は?」って最後の最後まで聞かれて、ほんとそういうことが常に頭にあんのねーって思いました。
1月15日(日)
ワシントンDCからノースカロライナへ飛行機で移動。1時間の距離なんだけど、飛行機のしょぼさとボロさにかなり引いたのでした。ノースカロライナの空港から宿泊先まではリムジンで移動。この運転手さんのテンションが高くて、たくさん話せて楽しかったけど、疲れたのは疲れた。夕食は謎のタイ・ソバ・サラダをいただきました。「ソバって何?わたしの知らないタイ語だな、きっと」と多少不信感をおぼえつつ頼んだら、、、
がっつりソバ(蕎麦)が入ってる。。。
タイと日本がミックスされてしまうくらい、ここは日本から遠いらしい、2日後に控えたプレゼンの資料に日本の位置を示したスライドを挟むべきかどうか真剣に悩みながら、2年ぶりのノースカロライナの夜は更けていくのでした(つづく。たぶん。。。)。
1月12~14日
学会が本格的に開始。エスノメソドロジー・インタビューのワークショップに参加したり(今朝、このワークショップの請求書が来てびっくりした。有料だったのね)、プレゼンを聞いてまわったりして過ごしました。学会会場と宿泊したホテルが同じだったので、ちょっとした空き時間に部屋に帰って勉強できたりしてものすごく助かった。
印象的だったのは、「International Child Welfare」のセクション。4名の発表者が2名になっているなど、謎の展開だったけど、発表者も参加者もネイティブじゃないことが分かってるので英語でも質問しやすかったし、最後にはみんなと仲良くなれてよかった。
もうひとつは、「エディターはここを見ている!ー質的研究のツボー」みたいなセッション。お世話になっている先生がどんなコメントをするのかも楽しみで(基本的に統計バリバリの人)出てみたんだけど、もういろんな本音やら大学院生の必死な質問やらが飛び出して、前半でドアが閉じられたうえに、コーディネーターの先生が「ちょ、ちょっと待って。これ、オフレコにしてくださいよね」とか言い出して、その場にいるだけでも面白かった。質的研究で博士論文を書くわたしとしては、有益な情報ばかりで、セッションが終わってから偉い先生にアタックして具体的なアドバイス(「わたしの書いた〇〇っていう本を読みなさい」とか「いつになるか分かんないけど、コメントしてあげるから、僕宛に研究計画書を送りなさい」とか)を頂いて、本当に感謝。とともに、文化の違いを感じたのでした(みんなが好意的とは言わないけど、わたしの学会の雰囲気よりはずっとフランクで、なんというか希望がもてる感じ。ま、勉強不足で目の前が真っ暗になりそうになったりもするのですががががが)。
最終日のポスターセッションはゆっくり見て回れて、しかも知らなかった研究方法を知ることができて、有益でした。わりとゆっくり話せたので、津波被災地の方々が作ったミサンガを渡すこともできました。ミサンガについては、「美しいわ」とか「素敵な取り組みね」とか「何ができますか」ていう反応とともに、「寄付はどうしたらいい?」って聞かれて、アメリカの寄付文化に触れた気がしました。寄付の部分は、「これはわたしからのプレゼントで、タダだから」というかなり直接的な表現をしても、「で、寄付は?」って最後の最後まで聞かれて、ほんとそういうことが常に頭にあんのねーって思いました。
1月15日(日)
ワシントンDCからノースカロライナへ飛行機で移動。1時間の距離なんだけど、飛行機のしょぼさとボロさにかなり引いたのでした。ノースカロライナの空港から宿泊先まではリムジンで移動。この運転手さんのテンションが高くて、たくさん話せて楽しかったけど、疲れたのは疲れた。夕食は謎のタイ・ソバ・サラダをいただきました。「ソバって何?わたしの知らないタイ語だな、きっと」と多少不信感をおぼえつつ頼んだら、、、
がっつりソバ(蕎麦)が入ってる。。。
タイと日本がミックスされてしまうくらい、ここは日本から遠いらしい、2日後に控えたプレゼンの資料に日本の位置を示したスライドを挟むべきかどうか真剣に悩みながら、2年ぶりのノースカロライナの夜は更けていくのでした(つづく。たぶん。。。)。