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脱炭素政策が作り出す安全保障の脆弱性 シーレーンの安全確保が急務

2023年03月02日 21時16分36秒 | 全般

以下は昨日発売された月刊誌「正論」の巻頭を飾る、兼原信克・元国家安全保障局次長と杉山大志キャノングローバル戦略研究所研究主幹の対談特集からである。
日本国民のみならず世界中の人たちが必読。
日本のみならず世界中の先進諸国は、これまでの自分達の愚劣さについて、暗澹たる思いを抱くはずである。

脱炭素政策が作り出す 安全保障の脆弱性
兼原 
このたびのウクライナ戦争を見ていて思うことは、戦争というのは正規軍同士が正面からぶっかるところだけを見ていてはいけない、ということです。
私たちも最近、国家安全保障戦略で「総合的国力」とかDIME(外交・情報・軍事・経済)とか言い始めましたが、振り返れば第二次世界大戦のときも補給がうまくいかなかったのが日本軍敗北の大きな要因だったわけです。
軍事に意識が集中しがちですが、経済で負けたら戦争は負けなのです。
今回のウクライナの教訓は、ロシア軍はウクライナ側の電力設備を破壊して、国としての継戦能力を痛めつけ、あの地域の冬は厳寒なので暖房を切って国民の厭戦気分をあおる、そういう攻撃をロシアのような国は当然やるのだということです。
民間を狙わないというのは大問違いです。
杉山 
おっしゃる通りで、エネルギーインフラ施設がロシア軍による攻撃対象になっていますが、その割には結構すぐ復旧して、何とか電力が供給されているようです。
先日、ウクライナの電力会社の技術者のインタビュー記事が産経新聞に載っていました。
会社の中だけで百人以上が亡くなっているけれども、それでも電力インフラが破壊されるたびに現場に行って数日かかっても危険を顧みずに復旧作業をしているという話でした。 
日本でも将来、同様のことがないとは限りません。
その場合には攻撃されてもすぐ直して、電力網を維持していかねばなりません。
聞いた話ではウクライナはもともと米ソの戦争に備えてあちこち要塞化されているようですし…
兼原 
核シェルターもつくっている国ですから。
杉山 
電力インフラもある程度、戦争を想定してつくっていたのではないでしょうか。
我々も教訓として学ぶべきことがあろうかと思います。
兼原 
ウクライナ周辺の国々も、この戦争の影響を大きく受けています。
特にドイツは極端なところがあって、対露関係の安定ということもあり、エネルギー供給でロシアへの依存を深めていましたが結局、プーチン露大統領のような人が戦争に訴えてくると、相互依存関係が武器として利用されてしまいました。
ショルツ独首相は気の毒ですが、ロシアからすると「天然ガスなんていつでも止めてやる」という話です。
ドイツはガスのおよそ半分をロシアに依存していました。
EU全体でも4割ほどをロシアに依存しており、東欧のチェコ、ハンガリー、スロバキアあたりは特に依存度が高かった。
そういうところがガス供給を断たれたら大変なことになる。
そういうことが実際に起こるということを考えねばなりません。 
日本政府が、「安全保障に国家全体で取り組みましょう」と言い始めたのは安倍晋三政権からです。
NSC(国家安全保障会議)ができて外務省、防衛省に加え警察庁などが一体化した取り組みを始めたのは最近10年のことです。
経済官庁についていえば、GHQによる傷跡のひとつなのですが、軍事が全くわからない組織でした。
最近はずいぶん状況は改善されましたが、以前は経済戦争しか頭になくて「敵はアメリカ」だったわけです。
エネルギー安全保障については資源エネルギー庁に丸投げ状態でした。
杉山 
そもそも平和ボケが日本の国中に蔓延していて、産業界も「安全保障」という言葉すら使っておらず、エネルギー安全保障というよりエネルギー安定供給という言い方をする人が多く、有事の発想などありません。
エネルギーのベストミックスとか産油国との関係強化とか自主資源開発とか、そういうことには熱心でも、軍事忌避で有事の発想はこれまでまるでなかったのです。

シーレーンの安全確保が急務
兼原 
そうですね。
日本有事となったときにどうするかは、資源エネルギー庁の人は一生懸命考えているわけですが、石油ショック以降も石油やガスを備蓄するだけで、有事の際に石油タンクが爆破されたらどうするかまでは考えていない。
国家全体のエネルギー安全保障には手が回っていません。
原子力は普通の国では安全保障直結の話ですが、いわゆるNPT(核拡散防止条約)体制遵守とか、核物質防護の話とかはある程度、条約に従って動いているのですが、軍事面・防衛面との関係はゼロ。
世界的には異常なことだと思います。
杉山 
石油は二百日分か備蓄されているとはいえむき出しのタンクで、テロなどやろうと思えば簡単にできてしまいます。一方で原子力発電所については厳重にテロ対策が行われ、そのために発電を止めることまで行われています。それはバランス的にいかがなものか。テロリストが来たとして原発を壊すのは結構、大変でしょう。敷地に侵入して、建物を壊して、さらにその中の格納容器や、補助電源設備まで壊さなければいけない。そんなことをするよりは石油タンクを狙ったり、LNGタンカーを東京湾の入口あたりで狙うほうがよほど容易です。
兼原 
エネルギーも含め経済全体が軍事とは別の世界を私たちはつくってしまっているわけです。
いま、そこをつなげる動きが始まっていますが、最優先で進めるべきことがエネルギー安全保障です。
エネルギー安保の世界では政府の横串がささっておらず、エネ庁が一人でやっている。
これでは戦争になったら負けます。
太陽光発電にしても安全保障系の省庁との連携はゼロですから。 
最近やっと、土地利用のあり方がおかしい、なんでここに太陽光発電がいっぱいあるんだという話になってきています。
沖縄県の宮古島では自衛隊の駐屯地ができる前に中国企業関連の太陽光発電のパネルがずらっと並んでしまい、そのために駐屯地の場所が10キロほど離れたところに変更になったほどです。
経産省は今、技術流出阻止の話などで安全保障の話に乗ってきているので、エネルギー安全保障についても話を進めていかねばなりません。
私たちが現役時代にやり残した仕事で申し訳ないと思っています。
シーレーン(海上輸送路)の安全確保もそうです。
まったく動いていない。 
台湾有事の際、中国が日本にも手を出すと決めた場合、中国が米軍基地と自衛隊基地だけを攻撃するという保証はありません。
戦争は相手の一番弱いところを突くわけだから、当然ながら石油の備蓄タンクを狙うわけです。
全部、むき出しになった青空タンクですから。
そうすると半年分の油が吹っ飛ぶ。
しかも東・南シナ海は戦場になっているからタンカーは通れません。
タンカーはフィリピンの南方から太平洋へと大回りせざるを得ません。
自衛隊はとても護衛には手が回らない。
中国のドローンや潜水艦によって2、3隻でもタンカーが沈められたら大騒ぎになりますよ。
20万トンのタンカーが1日15隻は入ってこないと日本経済は回りませんから、2、3隻が沈むことで日本が倒れるかもしれない。
そこで倒れるとわかったら習近平は実際やるかもしれない。
戦争となれば卑怯も何もありません。
先の大戦で、米軍が真珠湾攻撃を受けた後で何をまずやったかといえば、日本の商船隊の壊滅です。
中国がそれをやらない保証はない。
こういう話は、日本政府はまったく手当てができていません。
杉山 
たしかにシーレーンを止められたら大変です。
ウクライナを見ていて思うことは、何だかんだいってもポーランドとは地続きで補給を受けられるということです。
日本の場合は周りが海ですから、どうなることか。 
石油は二百日分の備蓄ができるとはいえ、脆弱性がある。
一方、天然ガスは二~二週間分しか備蓄ができません。
石炭も現状では最小限の在庫があるにすぎず、これは1ヵ月分程度しかない。
原発の場合、いったん燃料を装荷すると普通は1年くらいで交換しますが、頑張れば3年くらい発電は可能です。
装荷する前の燃料を長期保管もできる。
いざ有事で海上輸送が滞っても電気を供給し続けられるのは原子力のメリットでしょう。 
ウクライナとも地続きの欧州ですが、ドイツが中心になって進めていた欧州のエネルギー政策の転換は大失敗だったといえます。
この戦争の勃発前、欧州はC02を減らすために石炭などの資源がたくさんあるけれども使わない、さらにドイツは原発も使わないことにしていました。
それで風力発電か、ロシアの天然ガスしか頼るものがなくなった。
風力は結局、あまり頼りになりません。
それでロシアと相互依存のつもりで天然ガスをどんどん輸入していたら、それを武器化されてしまった。
プーチンがウクライナへの侵攻に踏み切ったのは、ドイツを筆頭に経済制裁なんて本気でやらないだろう、という計算があったからでしょう。
結果としていま、G7(先進7ヵ国)はロシアからの資源を輸入しないよう結束して経済制裁を科していますが、そもそもロシアに対して「制裁なんてタカがしれている」と思わせてはいけなかった。
その点で完全に失敗でした。
実は欧州の脱炭素政策が安全保障上の脆弱性をつくり出した、これは非常に重い教訓だと思っています。
この稿続く。



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