ツバメも来る家

わが家にここ数年ツバメが巣をかけます。ツバメのことだけでなく身の回りのことを綴っていきたいと思います。

谷中ぎんざーsuwaro-oyadoまた都へ行く 4

2014-09-13 | 
バスを降りるとすぐに「谷中ぎんざ」がありました。わが市の祭りの日みたいです。人、人、人です。



この写真を撮るためにしばらく待っていました。最近肖像権とかむずかしいでしょう。顔がはっきり見えたらダメと時間待ちです。

この商店街は全長175メートル、幅員5~6メートル、両側に70店舗があるそうです。日本全国はもちろん世界各地から観光に来ているそうです。

人が多いはずです。人の波に押されるように歩いて行きました。



これは反対側から商店街を見たものです。これもできるだけ人が入らないように撮ったものです。
こちらからは夕景が美しいそうです。それには旅行者のわたしたちには時間が早すぎました。

「谷中・根津・千駄木」は古き良き東京を感じられる下町情緒あふれたエリア」のうたい文句を実感しようと来たのですが、それには人が多すぎました。

やっぱり都だ、それともマスメディアの影響で人、人、人になったのかなあ。



これは商店街の1軒のお店です。版画みたいな絵はあちこちで見ました。谷中に関係がある絵かもしれません。わかりません。それとネコの置物もあちこちで見ました。

古き良き東京を感じられるところを探してみましょう。

谷中へはかわいいバスでーsuwaro-oyadoまた都へ行く 3

2014-09-10 | 
もう30年くらい以前のことです。お友だちから「谷・根・千」と略して呼ばれる「谷中・根津・千駄木」のことを教えてもらいました。この地域を紹介する雑誌が発行されていて、コンクリートの味気ないビルの街ではない、戦前の街並みが残っているそうだと。路地や裏通りの町が東京にもあるんだと思い、いつかは訪ねてみたいと思っていました。

谷・根・千は上野から近いそうです。行くのは今でしょう。念願かなって訪ねることにしました。

うれしいですね。乗るバスが小型のちょっとレトロ風でした。


「東西めぐりん」と言って台東区が運行しているコミュニティバスです。10数人乗りかと思ったら定員23人でした。
東京都美術館から少し歩いて、東京国立博物館バス停で乗車して東京芸術大学、寛永寺、谷中霊園入口などを通って10番目の停留所、谷中銀座・よみせ通りで下車しました。

乗車料は100円でした。1回の乗車が100円で統一されています。安い!
狭い道路にもはいりました。こんなバスはうれしいですね。

いよいよ、谷中です。

すごい!職人の技 suwaro-oyadoまた都へ行く 2

2014-09-09 | 
上野の東京都美術館で「メトロポリタン美術館 古代エジプト展」が開かれているので行くことにしました。

実を言うと画とか書とかには暗いのです。でも、アメリカのニューヨークまで行かないと展示の美術品は見られないそうです。メトロポリタン美術館はそこにしかないからです。

珍しかもんの見たがりで、上野まで出かけました。



すばらしい!見てよかったです。なかでも、わたしがすごい、現代にも通じると感心したのは職人たちの技です。
それが紀元前1400年代に作られたものなのです。

イヤリング、二つのガゼルの頭がついた冠、ヤグルマギク形の線条細工ネックレス(これは紀元前1200年~1186年ごろ)、魚型ピーズの腰帯、髪結いの道具などなど。材料は金だけとか金とガラスなどとか。機械はなかったでしょうによく同じに作れたなあ、これぞ職人技と思いました。

9月23日まで開かれています。ぜひ時間がある方は見てほしいです。
上野は遠い、時間がないという方は30分だけでも時間がありませんか。

東京都美術館http://www.tobikan.jp/
を検索して、古代エジプト展を開いてください。門外漢のわたしでなく写真を専門家の説明があるのでよくわかります。

えぇ!から始まったーsuwaro-oyadoまた都へ行く

2014-09-03 | 
また都へ行きました。

ホテルに行くために羽田空港→モノレール→浜松町→JR山手線に乗り換えて秋葉原→ここでまたJR総武線・中央本線に乗り換えて飯田橋まで乗りました。

事件?は浜松町の乗り換えのときに起きました。
山手線に乗り換えるために自動改札機を通ろうとしますが、切符がありません。「ええ、なんで!」

もしわが市から新幹線で関西に行くとします。まず西鉄電車に乗って福岡まで行き、地下鉄に乗り換えて博多駅に行き、それから新幹線に乗ります。
乗り換えのつど切符を求めます。
言い訳をすればこれが当たり前で、身についていたのでしょう。

羽田空港から飯田橋まで1枚の切符でいいというのです。だから浜松町でモノレールを降りて乗り換えるときに自動改札機から切符がまた出てきたそうで。それを見ずに改札機を通り抜けたと言います。

どうすればいい、困っているとガイドさんが手慣れたもので前の改札機を管理するモノレールのほうへ急いで行き、飯田橋までの切符を取り返してくれました。



これがその切符です。

ガイドさんは東京には住んでいませんが、よく調べて案内してくれました。切符も買ってくれたのですが、そのときに領収書をもらっていたそうです(自販機からも発行するそうです)。それが証拠になりました。頼りになるガイドさんです。




中津市でのビックリ Ⅱ

2014-06-17 | 
福沢諭吉旧居と中津城は静と動でした。お城に近づくと人、ひと、ヒトです。バスツアーの人やグループ、個人の観光客で賑わっていました。
大河ドラマの効果でしょう。

黒田官兵衛さんが九州に入ったにはここ中津が最初でしょう。ドラマはそこまで進んでいませんのでよくわかりませんが。
中津市としてはこの好機を逃すなと大いにPRしているようです。黒田官兵衛資料館を今年1月19日に城内に開館し、4か月で10万人の来館者があったそうです。
官兵衛さんは隠居して如水になりますがその画像を見ることがあります。その画像を彫刻にして城の堀近くに展示してあります。これもドラマが始まってからとボランティアガイドさんが説明してくれました。

官兵衛さんを大PRですが、ガイドさんの説明では城で残っているのは石垣だけのようです。



石垣のほぼ中心から右と左は石と積み方が違っています。右が黒田の築城時のもの、左は細川忠興の石積みだそうです。段差があり、石の色が違います。

城内へ回って、ここでもビックリしました。



天守閣の手前に池が見えます。三斎池というそうです。三斎は細川忠興の隠居後の名前です。左のほうに噴水が見えます。いまは水道水が吹き上げていますが、山国川(城の横を流れている)の上流の大井出堰(ガイドさんの話では3キロくらいの遠さ)から城内まで水を引いたそうです。

単発のNHKドラマでは全国区にはなりません。ぜひ1年続く大河ドラマに取り上げられるような人が出てほしいです。
そんなことを思いながら城を後にしました。

中津駅に着き、キオスクで缶コーヒーを買い、ホームで一息ついたのは博多行きソニック36号14時32分の5分前でした。

突然 わたしは あっ!と 叫びました。そして血が引いていくようでした。

官兵衛さんに関係のない話は次回に。