ツバメも来る家

わが家にここ数年ツバメが巣をかけます。ツバメのことだけでなく身の回りのことを綴っていきたいと思います。

またもシュウカツへ(2015)

2015-12-22 | 
近くに家族葬の斎場が新設され、見学できるということなので見に行きました。

そのときの祭壇は80万円のものでした。



この部屋には椅子で30人くらい座れる広さでした。
お寺さんの控えの間などいくつもの部屋がついていて、すごくゆっくりしていました。

お棺も展示されていました。



正面のお棺が18万円とのことです。(奥の二つのお棺はこれより高いそうです。)
このお棺を見たご婦人方が話していました。

「わたしはこげん高かお棺にはいらんちゃよか。どうせ焼いてしまうとじゃけん」
「わたしもそう思うタイ」

わたしも同感です。どんなに高価なお棺に入っても死んだらわかりません。

もうひとつ新しいことを知りました。これはまたいつか書くことがあるでしょう。

*今回の写真が量的にオーバーして、アップできなくなりました。そのため、以前の写真を消去しました。ブログから
消えた写真がありますが、こんな理由からです。ごめんなさい。(-_-;)













贈る言葉、贈られる言葉

2015-12-13 | ことば
贈る言葉

前回投稿の終活のときにかあちゃんの横にわたしたち世代の女性が座っていました。
聞かないのにこんな話をしはじめました。
病床の主人に「愛してる」と言ったんですよ。
それを聞いた主人は「馬鹿か」と言いました、と笑われました。
わたしたちは黙って聞いていました。

「それで初めて川柳を作りました。愛してる 言ったわたしが 馬鹿でした」
「主人は亡くなりました。今は公民館のサークルで川柳を作っています。楽しいですよ。おいでませんか」

亡くなる前に病床のご主人に愛してると言われたのでしょう。

今もご主人を愛してあるのでしょう。これからも川柳をたくさん作ってくださいと言って別れました。

贈られる言葉

この話を聞いてから十数年前に聞いたことを思い出しました。

多分50歳代の奥さんだったと思います。娘さんが3人と言われました。当時一人は結婚されたということでした。
ご主人は何年も前に亡くなられたそうです。

その病床のことです。言葉もしゃべれない状態になった時のことです。

奥さんをベッドの側に呼んで、目を見ながらゆっくり親指、人差し指、中指、薬指、小指、の順に折っていかれたそうです。
ご主人は子ども3人を残し、両親もいられたと聞いたようです。まだ彼岸には行きたくない、行かれない、思いだったでしょう。

親指から小指までゆっくり折られたのを奥さんは「あ・り・が・と・う」と読まれて、しっかりその手を握り返されたそうです。

15年のシュウカツ

2015-12-10 | 行事・イベント
2015年初めてのシュウカツに行きました。

ホールに次の写真の祭壇がありました。



これは60万円の祭壇だそうです。

小部屋には家族葬の祭壇がありました。下の写真です。



これは40万円だそうです。

60万円にすべきか、40万円にすべきか、悩むところです。が……。

60万円の祭壇には嫌いなところがあります。
中央に遺影を飾るところがあります。ここで写真を何枚もスライドしながら故人の歩み、業績などを見せるそうです。
平々凡々の身には写真を何枚も見せるような人生は送って来ていません。送って下さる人を退屈させるだけです。
かあちゃんにはこれと司会者の作ったような声での進行は止めてほしいと早くから頼んでいます。

高校時代の親友は送ってしまいました。仕事関係の人とも退職後は数人しか交際していません。
子どもも少なく、親戚もすくなく、家族葬になるでしょう。

それを考えると40万円の祭壇で十分でしょう。

お棺に入る体験がありました。寝心地を試したい気持ちもありましたが、かあちゃんから止められました。
遺影の撮影もありましたが、これは自撮りに挑戦するつもりですので、止めました。

このシュウカツでブログに書きたい人に会いました。次回書きます。

*しゅうかつはまだ終活に転換できません。遅いぞ! いつになったら一発で転換できるようになるのでしょうね。