劇場で観たかったドキュメンタリー映画。
森達也監督「FAKE」を日本映画専門チャンネルで観れた。
夜中までやってたので朝寝坊してしまった(+_+)
が、観て良かったと思った。
今さら、佐村河内守なのか。
いやいや事件そのものというよりも
この森達也監督に興味ありなのだ。
この人は超能力者とかカルト教団の教祖とか取り上げる題材がエグイ。
映画そのものよりもこの人を見ている方が面白いのはやっぱり…という感じだ。
実際、軽部さんとのインタビューは面白かったし。
まあ、まあ、
折角観たんだから映画本編の感想と引きずっているシーンについて。
やっぱりというかそうだよな、と決定的な人物はあの奥さんだ。
あの強烈な個性というか「あく」のようなものを持ち合わせて
佐村河内氏をあそこまで押し上げたキーマン。
そしてある夫婦の一つの形を見せているのだろうか。
あの奥さんの存在感をもってすれば佐村河内氏は「子供」に見えてしまうのだ。
なんだろう彼に対する距離感とか手話も含めてのそのたたずまい。
2人で晩ご飯を食べ始めるときにグビグビと豆乳を飲み続ける彼に対して何ごともなく対峙する彼女の姿。
面喰って、思わず質問してしまう森監督に対してただ好きだから飲んでますと答える
子供っぽさが丸出しに見える彼の姿。
遮光カーテン閉めっぱなしの薄暗い部屋や
豆乳以上に大好きみたいなタバコやケーキ…。
自分の見せ方をよく知っているのか。これも無意識の演出なのか。
とにかく、
あの奥さんあっての彼というのがよく出ている。
監督自身もそう言っていた。
世紀のペテン師なのか本物なのかはこのさいどうでもいいやで見入ってしまう。
あのキャラクターの立ち方はテレビ業界が寄ってくるのもまあなんとなく分かる気がする。
アメリカのジャーナリストたちが氏のインタビューをしているシーンも印象的だった。
とにかく国民性なのかなんなのか、彼に対するあやふやな部分に白黒ハッキリさせようとする
切り込み方が上手すぎる。観ていて思わず感心した。
日本人はいやこんなの書いてる自分もそうだが、「あやふやな」「はっきりとしない」「グレーな」ものが
好きなんじゃないのか。という問いかけもこの作品からハッキリと感じた。
森達也監督「FAKE」を日本映画専門チャンネルで観れた。
夜中までやってたので朝寝坊してしまった(+_+)
が、観て良かったと思った。
今さら、佐村河内守なのか。
いやいや事件そのものというよりも
この森達也監督に興味ありなのだ。
この人は超能力者とかカルト教団の教祖とか取り上げる題材がエグイ。
映画そのものよりもこの人を見ている方が面白いのはやっぱり…という感じだ。
実際、軽部さんとのインタビューは面白かったし。
まあ、まあ、
折角観たんだから映画本編の感想と引きずっているシーンについて。
やっぱりというかそうだよな、と決定的な人物はあの奥さんだ。
あの強烈な個性というか「あく」のようなものを持ち合わせて
佐村河内氏をあそこまで押し上げたキーマン。
そしてある夫婦の一つの形を見せているのだろうか。
あの奥さんの存在感をもってすれば佐村河内氏は「子供」に見えてしまうのだ。
なんだろう彼に対する距離感とか手話も含めてのそのたたずまい。
2人で晩ご飯を食べ始めるときにグビグビと豆乳を飲み続ける彼に対して何ごともなく対峙する彼女の姿。
面喰って、思わず質問してしまう森監督に対してただ好きだから飲んでますと答える
子供っぽさが丸出しに見える彼の姿。
遮光カーテン閉めっぱなしの薄暗い部屋や
豆乳以上に大好きみたいなタバコやケーキ…。
自分の見せ方をよく知っているのか。これも無意識の演出なのか。
とにかく、
あの奥さんあっての彼というのがよく出ている。
監督自身もそう言っていた。
世紀のペテン師なのか本物なのかはこのさいどうでもいいやで見入ってしまう。
あのキャラクターの立ち方はテレビ業界が寄ってくるのもまあなんとなく分かる気がする。
アメリカのジャーナリストたちが氏のインタビューをしているシーンも印象的だった。
とにかく国民性なのかなんなのか、彼に対するあやふやな部分に白黒ハッキリさせようとする
切り込み方が上手すぎる。観ていて思わず感心した。
日本人はいやこんなの書いてる自分もそうだが、「あやふやな」「はっきりとしない」「グレーな」ものが
好きなんじゃないのか。という問いかけもこの作品からハッキリと感じた。