特定失踪者問題調査会副幹事長 杉野正治
神奈川県横須賀市でカフェバーを開いていた八尾恵は、平成13(2001)年、同じよど号犯の妻・赤木恵美子(平成13年に旅券法違反で逮捕)の裁判で、自らがよど号犯の妻であり、軍事情報収集のためにカフェバーに客として訪れていた同市内の海上自衛隊隊員や防衛大学校の学生らから話を聞き出そうとしていたと証言しました。横須賀には米軍基地があり、陸海の自衛隊基地・駐屯地も存在するからです。証言では北朝鮮から潜入した昭和59(1984)年から逮捕される昭和63(1988)年の間、市内のパチンコ店や喫茶店に勤め、さらに昭和62(1987)年に自ら開店したカフェバーなどに客として訪れた自衛隊員や防大学生らと親しくなり、日米の軍事情報を得ようとしていました。
証言や自著などの中で注目したいのは、八尾恵が防衛大学校の学生ばかりではなく、防大を目指す高校生も標的にしていたということです。つまり高校生のうちに仲間に引き入れ、防大に入学して洗脳をしていこうというものです。
◆防大に行く高校生の獲得
これまでも述べてきたとおり拉致の対象の選定は非常に難しかったものと考えられます。できれば拉致して北朝鮮に送り込む前に抵抗されるというリスクは避けたい。となると、最初から親北朝鮮の人物を対象に選ぶというのは一つの手です。納得ずくだからです。
ただ、こうした人は理屈っぽいというかなんというか…中には自分の理想とずれたことには「それは私の考えとは違う!」とヘソを曲げることも想定されます。よど号グループは過去にも、自分の思想と少々ずれていることから袂を分かち、新たなグループを形成していった光景を幾度となく見てきました。
そうなると、思想的にニュートラルな人物を若い時分から仲間に引き入れ、あとから金日成主義を叩き込んだ方が、日本国内や世界中で工作活動を行う際には遥かに使い勝手がいい。つまり日本崩壊など微塵も考えていなかった人物を拉致しておいて、その人物を北朝鮮の色に染めていこうというものです。
八尾恵が横須賀で知り合った自衛官から聞き取ったのは以下のようなものでした。
「氏名、住所、本籍地、趣味、生年月日、電話番号、出身地、学歴、女性の好み、所属、家族状況、血液型…」
これを見ると、軍事情報の獲得というよりは、拉致が目的だったのではないのだろうか? そんな印象です。
よど号の妻の一人である福留貴美子さんはそのケースの一つだと思われます。福留さんは父親が警察官で自身も警察官を目指すなど、どちらかといえば保守的な考えを持っていました。一方で、モンゴルに渡りたいという夢を持って四国から上京しました。そして昭和51(1976)年、友人に「モンゴルへ行く」と言って出国したまま行方がわからなくなっていました。北朝鮮に拉致され、よど号犯岡本武と結婚させられたのです。彼女の「大好きなモンゴルに行きたい」と思い描く夢にまんまとつけ込んで、拉致したと言っていいのかもしれません。
また昭和58(1963)年、英国留学中に八尾恵らに拉致された有本恵子さんも、思想的な「色」を持っていた人ではありません。二人に共通する点があるとすれば「日本以外の文化に触れてみたい…」という思いです。八尾恵は冒頭に記した裁判での証言や自著などで、欧州での日本人獲得についてこのように述べています。
―私は自衛隊工作のために防衛大学校に入学させるための高校生を発掘し、獲得するという任務を与えられました―
―思想的に獲得する場合もありましたが、嘘の「口実」を作ることもありました。仕事を探している人には「いいアルバイトがある」、旅行が好きな人には「世界を見せてあげる」などと話しました―
つまり自分の世界を広げたいと思っている若者たちを対象にしているのです。ここで明らかになったのはよど号グループによる拉致ではありますが、拉致を疑われる他の失踪についても十分にあてはめられるものだと言えます。
◆人生の転機につけ込んだ拉致
20歳前後になると、誰しもが進学、就職など様々な岐路に立たされます。そのたびに彼らはどの道を進んでいくか決断をしていかなければならなりません。確固とした将来を思い描いている人はいいけれども、さて自分の夢とは何なのだろうか? このままサラリーマンになって普通の人たちと同じように年をとっていく運命か。たとえ将来の夢があったとしたても、そこへの道が正しいのかどうか…。
ほとんどの若者はそんな不安や悩みを抱え、右往左往している。そこにそれまで考えてもみなかった世界を提示されたらどうでしょう。「いままで見たことのない世界を覗いてみないか?」とか「誰も経験のない世界を感じてみないか?」などと誘われたら、ちょっと乗ってみようと思うのではないでしょうか。
拉致をする側から見ても、そこは大きな目の付けどころです。有本さんや福留さんも、そうしたところに目をつけられたと言えます。さらにはこうした不安を抱える多くの若者に近づき、巧みな言い回しで誘い、拉致をしていった可能性は十分に考えられます。
あるいは「外国に行こう」と言って旅立った若者たちを狙っていたのかもしれません。有本恵子さんは神戸外国語大学を卒業し、英国に留学していて拉致されました。また同じく昭和55(1980)よど号犯の妻たちとスペインで出会い、拉致された石岡亨さんと松木薫さんも欧州留学の最中でした。特定失踪者にも、語学留学やバックパック一つで旅をする人が姿を消してしまったという例が何件かあります。もしかすると、こうした世界を旅しようという思いを持つ若者たちを、日本にいた頃から狙っていたとしてもおかしくありません。
このことは、こうした年齢層の国内での失踪にも当てはまる話です。暗闇の中になんとも魅力的な光を提示されたら、飛びついてみようかと思っても不思議ではありません。あるいは小さな子どもたちも、「とりあえず拉致。あとで洗脳」ということを考えて拉致に及んだ可能性もあります(実際に北朝鮮で子供を工作員にするための施設があったとの情報もあります)。
特定失踪者の中には進学、就職、転居、転職など、いわば「人生の転機」といったタイミングで失踪するケースが数多く見られます。他人に公に言えないような密かな悩みにつけ込んで、拉致を行ってきたことも大いに考えられるのです。