図工の作品展への我が校の出品作品を搬入するために、前任校へと行った。自宅から近いこともあり、担当ではないが、持っていった。何しろ10年勤めた学校だ。懐かしい。
ところが、もう当時一緒に勤めた職員もほとんど転勤している。だれかに会えるかなと楽しみにして行ったけれど、職員室に行くと知らない先生ばかり。後ろのドアからものぞいてみたけれど、結局だれにも会えなかった。せめて、長年勤めておられるスクールキーパーさんに会えるかなと思って、技術職員室ものぞいてみたけれど、巡回中でいらっしゃらない。結局作品を届けただけだった。残念だった。
この学校では、子育ての時期を過ごしたけれど、結構好き放題させてもらい、いろんなことを経験した意義深い10年であった。職員がどんどんかわっていくと、何だか知らない学校になっていくようで、寂しい限りである。
ところが、もう当時一緒に勤めた職員もほとんど転勤している。だれかに会えるかなと楽しみにして行ったけれど、職員室に行くと知らない先生ばかり。後ろのドアからものぞいてみたけれど、結局だれにも会えなかった。せめて、長年勤めておられるスクールキーパーさんに会えるかなと思って、技術職員室ものぞいてみたけれど、巡回中でいらっしゃらない。結局作品を届けただけだった。残念だった。
この学校では、子育ての時期を過ごしたけれど、結構好き放題させてもらい、いろんなことを経験した意義深い10年であった。職員がどんどんかわっていくと、何だか知らない学校になっていくようで、寂しい限りである。