『付き合ってください。』
『えっ。』
クリスマスが目前に迫った日、僕はありったけの勇気を振り絞り、平川綾乃が楽しそうに話しているタイミングを見計らって告白をした。話が盛り上がっているときに告白すると、成功率が高くなるという噂を信じてみたけれど、平川綾乃の笑顔は、今日の、どんよりした灰色の空のように曇ってしまった。
校舎を出て校門までの道をたわいもない話をしながら歩く。何がきっかけで、いつから始まったのかはもう忘れてしまったけど、僕らの日課といえるようになっていた。
もちろん、楽しい事ばかりではなく、ケンカ寸前の言い合いをした事もあった。でも、そうやって、二人で、この道を歩いてきたから、この時間に終わりが来る事なんて考えたこともしなかった。
でも、当然のことながら時間を留めておくことなんて出来はしない。
僕たちは来年の春に卒業してしまうのだ。
「ダメかな。」
「あっ、なんか・・・意外な展開に、驚いちゃった。」
いつも快活で、裏表のなく、そそっかしくて、バスケが上手くて、勉強が苦手と公言する、ちょっとだけ、本田翼に似てる平川綾乃は、そう言って、ぎごちなく笑った。
今日に至る全ての始まりは、平川綾乃が友達を通して、僕が英語が得意な事を知ってからだ。それ以来、自分の都合のいい時に、しかも、親しい友達であるかのように、「川島ぁ~。英文のここが、わかんないからおしえてよぉ~。」と、押しかけてきた。
押しの強い女子はもともと苦手だったけど、それ以上に、「なんなんだこの人は」というのが、平川綾乃の印象だった。
それでも、彼女に英語を教えたり、雑談したり、お昼ごはんを一緒に食べたりしているうちに、彼女の魅力に触れてしまったのか、「好きって事なんじゃないか」「ひょっとして僕の事も好きなんじゃないか」と、想うようになってしまっていた。
でも、「友達」「同級生」という距離だから、この関係が続いているともいえなくはない。だから、無理にその壁を乗り越えて気まずくなるよりも、現状維持の方がいいかなと思って今まで来てしまった。
「う~ん・・・・・・。川島君て、すごく丁寧に英語教えてくれるし、喋っていても楽しいけど・・・・・・。なんて言うか・・・・・・。彼氏っていう目で見てなかったし・・・・・・。う~ん。なっていったらいいのかなぁ。」
平川綾乃はそう言うと、モコモコの手袋をした小さな両手を身体の前で合わせ、150センチくらいの身体を、粉雪が舞い降りてくる曇り空に向かって「う~ん。」と言って伸ばした。
「あ~。やっぱり困るよね。突然そんなこと言われても。」
「・・・。なんか焦っちゃった。」
「そうだよねぇ・・・。やっぱり、好きな人がいるの ?」
「あ~。うん。ずっと気になっている人はいるんだよね。その人の事を追って、進学してきたしね。あっ、これ、内緒だよ。」
おどけて見せる平川綾乃にドキッとしたけれど、ずっと一人の人の事を想い続けていたのなら、最初から僕が入り込む余地はないうことになる。すぐにでも、この場から逃げ出したくなった。
「そうかぁ・・・・・・。」
「うん。」
平川綾乃は、小さく頷くと、それ以上の事は話さなかった。ますます気まずくなった僕は、
「そっ、そりゃ、そうだよね。好きな人がいない方が変だよね。平川さんは可愛いから、モテるしね。」
と、変無理無理に変な言葉を紡いだ。でも、かえって泥沼にはまっていく気がした。
周りの景色が歪む位、くらくらして、立っているのが、やっとだった。
「いやぁ。そうでもないよ。」
「・・・そ、そうなんだ。」
もっと早くに告白していれば、ゆっくりと距離を縮められたかもしれない。しかし、今更後悔してもどうにもならない。限られた時間ではどうする事も出来ない。気持ちばかりが焦る。聞きたいことは山ほどある。でも、聞くことで嫌われてしまうのが怖いという気持ちが先だってしまって、それ以上前には進めずにいた。
校門前の駐車場に水色の軽乗用車が止まっているのが見える。運転席には平川綾乃のお母さんが乗っていて、彼女を迎えに来ていた。
「あっ、お母さん、もう来てるね。」
「あ~、ホントだね。今日は早かったね。いつもは少しここで待ってる感じだもんね。」
僕の中では、現状維持する事と、きっぱりフラれて、卒業式までの日々を憂鬱に過ごす事、どちらを選択すればよいかで揺れ動いていた。
でも、戸惑っていたら、このチャンスは二度とやってこない。
閃きに身を任せ、車に向かおうとする平川綾乃を引き留めた。
「あのっ、平川さん。」
「うん ?」
「付き合っている人がいないんだったら、僕の事・・・考えてくれないかな ? 返事は急がないよ。気になる人に告白してからでもいいよ。それくらい僕は、平川さんの事が好きなんだ。」
すると、平川綾乃は、少し照れを隠すようにおどけて、
「わかった。わかったよ。川村がそこまで言うなら・・・・・・。じゃあ・・・、考える時間もらっていい ?」
と、照れくさそうに言って僕の方をまっすぐに見た。
後は、待つだけ。
悪い返事だったとしても、ぐっと耐えて、心で泣けばいいだけだ。
「もちろん。」
「なんか、ごめんね。中途半端になって。」
「僕の方こそ。」
「じゃあ、また明日ね。」
「うん。また明日。」
「バイバーイ。」
平川綾乃は手を振りながら、水色の軽乗用車へ向かって走っていくと、温まった車に急いで乗り込み、お母さんに向かって何か話しかけていた。
僕はいつものように立ち止まり、水色の車がロータリーを回ってくると、お母さんに、軽く頭を下げた。お母さんも優しく微笑みながら会釈をしてくれる。それは、いつもの事なんだけど、今日はなんだかドキドキした。
後部座席の平川綾乃を見ると、いつものようにスマートフォンに向かっていた。
なんだか、少しがっかりもしたけれど、きっと、そういう所も含めて彼女の事が好きなんだなと思った僕は、この恋が成就しますようにと願いながら、水色の車が校門の桜並木の向こうに消えるまで、小さく手を振った。
『えっ。』
クリスマスが目前に迫った日、僕はありったけの勇気を振り絞り、平川綾乃が楽しそうに話しているタイミングを見計らって告白をした。話が盛り上がっているときに告白すると、成功率が高くなるという噂を信じてみたけれど、平川綾乃の笑顔は、今日の、どんよりした灰色の空のように曇ってしまった。
校舎を出て校門までの道をたわいもない話をしながら歩く。何がきっかけで、いつから始まったのかはもう忘れてしまったけど、僕らの日課といえるようになっていた。
もちろん、楽しい事ばかりではなく、ケンカ寸前の言い合いをした事もあった。でも、そうやって、二人で、この道を歩いてきたから、この時間に終わりが来る事なんて考えたこともしなかった。
でも、当然のことながら時間を留めておくことなんて出来はしない。
僕たちは来年の春に卒業してしまうのだ。
「ダメかな。」
「あっ、なんか・・・意外な展開に、驚いちゃった。」
いつも快活で、裏表のなく、そそっかしくて、バスケが上手くて、勉強が苦手と公言する、ちょっとだけ、本田翼に似てる平川綾乃は、そう言って、ぎごちなく笑った。
今日に至る全ての始まりは、平川綾乃が友達を通して、僕が英語が得意な事を知ってからだ。それ以来、自分の都合のいい時に、しかも、親しい友達であるかのように、「川島ぁ~。英文のここが、わかんないからおしえてよぉ~。」と、押しかけてきた。
押しの強い女子はもともと苦手だったけど、それ以上に、「なんなんだこの人は」というのが、平川綾乃の印象だった。
それでも、彼女に英語を教えたり、雑談したり、お昼ごはんを一緒に食べたりしているうちに、彼女の魅力に触れてしまったのか、「好きって事なんじゃないか」「ひょっとして僕の事も好きなんじゃないか」と、想うようになってしまっていた。
でも、「友達」「同級生」という距離だから、この関係が続いているともいえなくはない。だから、無理にその壁を乗り越えて気まずくなるよりも、現状維持の方がいいかなと思って今まで来てしまった。
「う~ん・・・・・・。川島君て、すごく丁寧に英語教えてくれるし、喋っていても楽しいけど・・・・・・。なんて言うか・・・・・・。彼氏っていう目で見てなかったし・・・・・・。う~ん。なっていったらいいのかなぁ。」
平川綾乃はそう言うと、モコモコの手袋をした小さな両手を身体の前で合わせ、150センチくらいの身体を、粉雪が舞い降りてくる曇り空に向かって「う~ん。」と言って伸ばした。
「あ~。やっぱり困るよね。突然そんなこと言われても。」
「・・・。なんか焦っちゃった。」
「そうだよねぇ・・・。やっぱり、好きな人がいるの ?」
「あ~。うん。ずっと気になっている人はいるんだよね。その人の事を追って、進学してきたしね。あっ、これ、内緒だよ。」
おどけて見せる平川綾乃にドキッとしたけれど、ずっと一人の人の事を想い続けていたのなら、最初から僕が入り込む余地はないうことになる。すぐにでも、この場から逃げ出したくなった。
「そうかぁ・・・・・・。」
「うん。」
平川綾乃は、小さく頷くと、それ以上の事は話さなかった。ますます気まずくなった僕は、
「そっ、そりゃ、そうだよね。好きな人がいない方が変だよね。平川さんは可愛いから、モテるしね。」
と、変無理無理に変な言葉を紡いだ。でも、かえって泥沼にはまっていく気がした。
周りの景色が歪む位、くらくらして、立っているのが、やっとだった。
「いやぁ。そうでもないよ。」
「・・・そ、そうなんだ。」
もっと早くに告白していれば、ゆっくりと距離を縮められたかもしれない。しかし、今更後悔してもどうにもならない。限られた時間ではどうする事も出来ない。気持ちばかりが焦る。聞きたいことは山ほどある。でも、聞くことで嫌われてしまうのが怖いという気持ちが先だってしまって、それ以上前には進めずにいた。
校門前の駐車場に水色の軽乗用車が止まっているのが見える。運転席には平川綾乃のお母さんが乗っていて、彼女を迎えに来ていた。
「あっ、お母さん、もう来てるね。」
「あ~、ホントだね。今日は早かったね。いつもは少しここで待ってる感じだもんね。」
僕の中では、現状維持する事と、きっぱりフラれて、卒業式までの日々を憂鬱に過ごす事、どちらを選択すればよいかで揺れ動いていた。
でも、戸惑っていたら、このチャンスは二度とやってこない。
閃きに身を任せ、車に向かおうとする平川綾乃を引き留めた。
「あのっ、平川さん。」
「うん ?」
「付き合っている人がいないんだったら、僕の事・・・考えてくれないかな ? 返事は急がないよ。気になる人に告白してからでもいいよ。それくらい僕は、平川さんの事が好きなんだ。」
すると、平川綾乃は、少し照れを隠すようにおどけて、
「わかった。わかったよ。川村がそこまで言うなら・・・・・・。じゃあ・・・、考える時間もらっていい ?」
と、照れくさそうに言って僕の方をまっすぐに見た。
後は、待つだけ。
悪い返事だったとしても、ぐっと耐えて、心で泣けばいいだけだ。
「もちろん。」
「なんか、ごめんね。中途半端になって。」
「僕の方こそ。」
「じゃあ、また明日ね。」
「うん。また明日。」
「バイバーイ。」
平川綾乃は手を振りながら、水色の軽乗用車へ向かって走っていくと、温まった車に急いで乗り込み、お母さんに向かって何か話しかけていた。
僕はいつものように立ち止まり、水色の車がロータリーを回ってくると、お母さんに、軽く頭を下げた。お母さんも優しく微笑みながら会釈をしてくれる。それは、いつもの事なんだけど、今日はなんだかドキドキした。
後部座席の平川綾乃を見ると、いつものようにスマートフォンに向かっていた。
なんだか、少しがっかりもしたけれど、きっと、そういう所も含めて彼女の事が好きなんだなと思った僕は、この恋が成就しますようにと願いながら、水色の車が校門の桜並木の向こうに消えるまで、小さく手を振った。