硝子戸の外へ。

優しい世界になるようにと、のんびり書き綴っています。

「巨神兵東京に現る」 週末を超えて。

2020-04-15 20:16:21 | 日記
まるで、SFじゃないか。と、澪は思った。しかし、もし、正当な口伝だとしたら、無条件に受け入れねばならない事なのではないかとも思った。

「そして、その仕掛けは、比較的うまく機能し、現在に至っている。」

「はぁ。」

「余り納得していないようだな。まぁ仕方がないか。では、我々の祖先について話すとしよう。我々の祖先はスペースノマドと呼ばれていて、惑星に定住しない文明を持っていた。しかし、地球を発見した時、豊富な資源と我々の身体に適した環境だった為、例外的に定住する事を試みた。しかし、一度腰を据えてしまえば、動きにくくなるもので、着陸地点だった、現在に至る前のアフリカ大陸で繁栄し、文明を築いていったのだ。しかし、我々のリーダーが死去すると、それまで、保たれていた均衡が崩れ、二つの思想が衝突した。むろん、その中には問題の解決を図ろうとする者達もいて、新天地を求めて探索の旅に出たのだが、残念なことに、地上に残った2つの思想に別れた者達は、彼らの帰還を待つことが出来ず、戦争を始めてしまった。最終的には、どちらが正しいかという、それだけの理由で。」

「・・・・・・・。」

「調査を終え、新たな惑星を発見したクルーが帰還した地球には、人類は存在せず、豊かな自然と、恐竜と呼ばれる大型動物の王国となっていた。祖先はその事実を前に愕然としたが、クルーの何人かは、ハイテクノロジーが人類を滅ぼすという結論に達し、自然と共生しつつ、人類が生き延びてゆく為の僅かな知識だけを選び、原始的な生活を始めた。その中で、様々なコミニュティが生まれ、争いを回避するために、多種多様な言語を作り、子供を産み、育て、世界を旅し、再び繁栄していったのだ。」

「父さん」

「なんだ」

「おとぎ話ですか。」

伊佐木は笑みを浮かべ、「すべて事実だ」と、言った。

「巨神兵東京に現る」 週末を超えて。

2020-04-14 21:23:26 | 日記
物心ついた時から、父の祓詞を聴くと、身体の芯から力がみなぎってくる感覚を感じ取っていた。伊佐木は一通りの祓詞を唱え終えると、「澪、頭を挙げなさい。」と声をかけ、澪が顔をあげると、伊佐木は笏を澪の頭にのせ「解!」と言ったあと、最敬礼をした。

「父さん、いったい何を」

伊佐木は何も言わず神殿へゆくと、祀られているものを覆う白い布を静かに取り、綺麗に折りたたんだ後、三つの三方を澪の前に置いた。そこには、勾玉、鏡、短剣があった。

「これは? 」

「澪、今から言う事を心して聞きなさい。」

「はい。」

澪は背筋をピンと伸ばし、父の目を見た。

「須佐之家は澪も知っている通り古事記に登場する須佐之男命が祖である。しかし、それは、あくまでも表向きの話だ。」

「・・・表向き。」

「にわかには理解しがたい事であるが、我々の祖先は、人類が繁栄する前から存在していた。」

「はぁ。」

伊佐木の言葉は、澪にとって意味をなさなかった。

「仕方のない事だ。私も先代からこの話を聞いた時は、お前と同じだった。父さん、何を言ってるんだと。」

「・・・・・・・。」

「これは、門外不出、須佐之家の口伝のみで、伝えられている事である。日本の起源と言えば古事記だが、それは、我々の先祖が介入し、大安萬呂と稗田阿礼に想像させたものにすぎない。そうしなければ、世を収める後継者争いを始めてしまう事が分かっていたからであり、争いを最小限に留める為には、起源の物語を創造し、信じ込ませる必要があったのだ。」

「巨神兵東京に現る」 週末を超えて。

2020-04-12 19:11:38 | 日記
気が付くと降車駅のアナウンスが流れていた。おしゃべりをしていた女学生はいつの間にか降りており、澪は慌ててイヤホンを外すと、カバンにしまい、電車を降りて、人もまばらな構内を抜けて、地上につながる階段を駆け上がると、地域住民の衣食住を支える小規模の商店街を足早に通り抜けた。
そのアーケードを抜けた先に須佐之神社はあった。
ごつごつした石柱で出来た5段の階段を登り、明神鳥居を潜ると、手入れされた雑木林の中を通る石畳の参道の先に須佐之神社の本殿が見える。その右隣りには、道場、その横に澪の自宅があった。

「ただいま。」

玄関に入り、帰宅を知らせても誰からの応答もない。仕方なく、家に上がり、リビングに行くと、食卓の上に一枚のメモが置いてあった。手に取ると、そこには「狩衣に着替え、すぐに本殿に来るべし」と記してあった。本殿に来いというのだから、ただならぬことがあるのだと察知し、カバンを放り出すと、20歳の時に父から譲り受けた古い紺色の狩衣を纏い、本殿へ走った。

拝殿の階段を上り、扉を開けると、父、伊佐木は懐中烏帽子、狩衣、神官袴、麻沓のいで立ちで、手には笏を持ち、神殿の前に立っていた。

「父さん。なにがあったの。」

「事は急を要する。そこに正座しなさい」

澪は、黙って父の前に正座をした。よく見ると、神殿の前には、白い布に欠けられたものが祀られていた。伊佐木は神殿に向くと、「掛けまくも、畏き伊邪那岐大神筑紫の~」と祓詞を唱えはじめ、澪は首を垂れて、父の唱える祓詞を聞き入った。

「巨神兵東京に現る」 週末を超えて。

2020-04-11 21:29:40 | 日記
DEATHとは、今は亡き、チャック・シュルディナーがボーカルのデスメタルバンドであるが、その出会いは、大学受験を控えたある日のことであった。煮詰まった頭をクールダウンするため、ラジオのスイッチをいれると、耳に入り込んだ瞬間、全身に電撃が走った。

澪は、それまで、デスメタルという音楽を聞いた事がなかったが、これこそが、長い間待ち望んでいた僕の為の音楽なんだと腑に落ちた。
それ以来、ずっと聞き続けているのであるが、澪の場合、デスメタルをクラシックを聴くが如くに、心静かに聴き入っていた。
だが、表面上からは想像できぬほどに、身体の内部は活性化し、鼓動は高鳴り、アドレナリンが噴出し、一種のトリップ状態になっていたのだった。

そして、その時、必ず澪に見えているものは、これまでに竹刀を合わせた猛者達の姿だった。ひたすら防御に回り、攻撃に転じることが出来ないもどかしさを何度も脳内リプレイし、身体が動かない原因を探り続けていたのであるが、脳内の映像では、不思議と技を確実に決められてしまうのだった。
だが、澪は、試合で技を繰り出さすことが出来なければ意味がないと考え、何度も何度も、脳内で試合を繰り返していた。そして、猛者たちの竹刀の動きがスローモーションで見えるまで、イメージトレーニングを繰り返す事でしか弱点を克服できないと信じていた。

「いつもこうだ。イメージでは一本とれるのに。」

違和感をぬぐい切れず、自身と格闘し続ける澪であった。


「巨神兵東京に現る」 週末を超えて。

2020-04-10 21:20:43 | 日記
講座が終わると、すぐさま席を立ち、浅田みゆに軽く会釈をすると、「またねぇ。」と返事をされ、今、この瞬間の幸福を噛み締めた。
しかし、其の幸福も瞬間的なものでしかなく、夢想を打ち破るように、携帯の着信音が鳴った。我に返り、携帯をカバンから取り出し画面を見ると「父」とあった。

「何の用だろう。」

電話に出ると、至急実家に戻れとだけ言われ、質問は受け付けないと言わんばかりに、電話が切られた。しかし、普段から、父から電話がかかることは滅多になく、しかも要件だけを告げられたのだから、なにかあるのだろうと察知し、足早に大学を出て、大学前の地下鉄の駅から都心とは逆方向に向かう車両に乗り込んだ。


この時間に都心を離れてゆく人は少なく、車内は比較的空いていた。澪は、これまでの緊張を解いて、窓際の席に座ると、同じ大学に通う女子たちが、明け透けにおしゃべりしているのが耳に入ってきた。

「ねえ、知ってる? 理学部の滝本さん。」

「知ってる。知ってる。皆から、預言者と呼ばれている子でしょ。」

「そうそう。でね、噂ではその子、教育学部の正宗君、フッたんだって。」

「あの御曹司のイケメンを! うそでしょ!」

「ちょっと美人だからって、そういうのって、なんかムカつくのよね。」

「ああ~。わかるぅ。」

澪は、どうにも、この手の話が嫌いだった。カバンから手際よくウォークマンを取り出すと、イヤホンを耳に付け、彼の風貌からは予想だにしない、お気に入りのDEATHを流し、一切を遮断した。

「巨神兵東京に現る」 週末を超えて。

2020-04-09 21:46:04 | 日記
澪の実家である須佐之神社では、澪の父、須佐之伊佐木が箒を手に、石畳の参道の落ち葉を掃きながら、深まる秋を感じ、平和の有難さをかみしめていた。
目立たぬ小さな神社ではあったが、神社の名前の由来を知ってか、勝負事で願を掛けたい人が時々訪れていた。無論、通常の神社としての役割も果たしていたが、剣道の道場も併設されている為、剣道愛好家たちが試合の前には必ず参拝する習わしもあった。
しかし、神主であり道場主であり師範である伊佐木は、澪と同様に、勝敗などには全く興味のない人物で、その教えは、道を極める事で、人生を豊かにするという思想が主柱となっており、ここに集う者は皆、その教えに惹かれ、稽古に励んでいたのであった。

伊佐木は集めた落ち葉を箕にいれ、袋詰めにすると、腰に下げた手ぬぐいで、額の汗をぬぐい、澄み渡る青空を見上げた。すると、遠い昔に覚えた、同じ胸騒ぎがし、目を凝らして、青空のさらに遠くを凝視した。

「いよいよきたか。小賢しい真似をしよって。」

伊佐木は、作務衣の袖から携帯を取り出すと、手際よく電話を掛けた。

「もしもし、私だ。どうしたって? 緊急を要する事がある。すぐ実家に戻ってきなさい。」

簡潔に伝えると、電話を切り、速足で自宅へ入ると、妻に向かって

「澪を呼んだ。すぐに、お祓いの支度を。」

と言うと、作務衣を脱ぎ装束に着替えはじめた。妻は何も問わず、手際よく準備を進めた。

「巨神兵東京に現る」 週末を超えて。

2020-04-08 21:19:34 | 日記
8時の時報が鳴る。澪は稽古を止め、道具をしまい、身支度を整えると、人もまばらな学食へ向かい、朝食を戴いた後、少し休息をとり、授業へ向かう。それが、いつもの習わしであった。南向きのオープンテラスから見える、色づき始めた木々を見ながら、熱い緑茶をゆっくり飲んでいると、野球部の朝練を終えた、文学部の同級生が声をかけてきた。

「剣豪。おまえ、11時からの講座受けるだろう。あれ、休みになったぞ。」

「えっ、そうなの。ありがとう。」

こういう時、時間の使い方をあれこれ考えてしまうのが常であるが、そういう時には図書館に籠ると決めており、時間の使い方にも無駄がなかった。そして、講座までのわずかな時間も読みかけの文庫本を開いてしばし読書に耽った。
8時45分になると、朝食のトレイを返却口に返し、9時からの講座を受ける為、教室に向かった。学食から一度外に出て、校舎沿いに敷かれた道を歩いてゆくと、3階建てのモダンな建物の中に文学部はあった。
教室に行くと、すでに、20名ほどの生徒が席につき、教授が来るのを待っていた。というより、お喋りをしたり、携帯をいじったり、めいめいが好きな事をして時間を潰していた。
その中には、澪の片思いの女子もいる。
彼女の名は、浅田みゆ。150センチにも満たない小柄で、少しぽっちゃりしていて、ファッションは今時のトレンドを身に着け、食レポを得意とする人気タレントに似ていた。
澪はさりげなく彼女の座る席の方に行き、「ここ開いてますか? 」と尋ねると、浅田みゆは、満面の笑みで「あ~須佐之君。おはよ~。どうぞぉ~。」と、返事した。その時、澪の気持ちは高揚し、幸福感に包まれた。
しかし、いつもの事ではあるが、それ以上の距離は縮めることは出来ず、恋愛感情というものには、とんと無力で、浅田みゆの前では、平常心を失う愚かな男でもあった。

「巨神兵東京に現る」 終末を超えて

2020-04-07 19:35:35 | 日記
絶対的な強さを持つ澪の父、須佐之伊佐木は、代々伝わる須佐之神社の神主である。神社の境内には住まいが在り、道場があった。彼の父や祖父も剣道を嗜む者であったが、表立った舞台には一切出ず、須佐之の噂を聞き、道場に訪れた者だけが通う、剣道を志す者のとっては最適な環境であった。

その様な環境の中で、鍛錬を重ねてきた澪が、その実力を世に知らしめたのは、小学生低学年の頃であった。それまで無名であった澪は、相手に、有効すら取らせず、圧倒的な強さを持って全国制覇を成し遂げ、完全勝利を目の当たりにした関係者は、神童現ると、言い立てた。しかし、なぜか、翌年からは地区予選すら勝ち抜けなくなり、誰もが、手のひらを返したように、口にせずとも全国優勝はまぐれだったと感じていた。

勿論、澪自身も違和感があった。勝てなくなったことに悔しさも感じていた。決められていた技が決められない。どんなに練習を重ねても、一本を決めたいときに、身体が動かなくなる。何が足らないのか理解できず、何度も剣道をやめてしまおうと思った。竹刀を取らない日もあった。しかし、揺らぐ気持ちを抱きつつ、練習を重ねていくうちに、いつしか不思議と勝ち負けにこだわらぬようになって、純粋に剣道を楽しむ境地に至っていた。

過去の栄光を早々に放下した澪は、中学卒業後、優勝にこだわらない公立高校の剣道部に所属し、時々顔を見せる剣道部の顧問から、筋は良いと褒められるだけで、満足した。
もちろん、筋が良いと褒められたのは、自宅には道場と、剣道愛好家が集っていて、休日には稽古をつけてもらえていた成果であったといえる。

「巨神兵東京に現る」 終末を超えて。

2020-04-06 19:50:43 | 日記
露寒い早朝の体育館。静寂の中に、床を踏む音と、竹刀が空を切る音だけが響いていた。竹刀を振る格闘向きとは言えぬひょろりとした体格の男の身体からは湯気が立ち上がり、東の窓から差し込む陽の光に白く輝いていた。

彼の名は須佐之 澪。本大学の2年生で、部員数が五名という剣道同好会の部長を務める者であった。
そして、彼の姿を見た者は、彼の事を揶揄して「剣豪」と呼んだ。
なぜ、揶揄なのか。それは、剣道同好会は創設以来、勝利とは無縁で、部長になった者は、代々剣豪の称号を戴くのが決まりであり、一人きりの早朝練習も、体育館を間借りする為、同好会を維持してゆく為であったことが明白であったからであった。

澪にとって、まとまりのない同好会の部長に就任した事、勝てない試合をする為に稽古を続ける事が、どんな益をもたらすのか分からなかったが、それが本懐であるが如くに、稽古に励んでいた。
それは、どういう状況であっても稽古を怠らない事が、父でもあり師でもある須佐之伊佐木との固い約束で、師の技を受け継ぐには、師との約束には疑問を抱かないのが暗黙のルールであり、伝承を受ける者の初歩の所作であったからだ。
一見、理不と思える約束を守り続けていたのは、澪は父の剣術に憧れていたからである。成長するごとに、手合わせを受けると、その度に超えられない強さを感じ、父を超えるにはすべての技を受け取ること以外に方法がないと、身体的に理解していたからであった。