すずめ休憩室

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気の向くままにつづってみました。

神々の山嶺

2007年08月15日 | 漫画・本
 
「神々の山嶺」 夢枕獏/原作、谷口ジロー/作画 集英社文庫 全5巻

エベレスト登山隊のカメラマンとしてネパールへやってきた深町誠。
遠征自体は失敗に終わったが、彼はネパールの古物商である古いカメラを見つける。それはあの70年前に始めてエベレストに登頂したかもしれないと言われているマロリーが持っていたと同じ機種のカメラ。
このカメラを巡り、深町はある日本人と出会うこととなる。現地で毒蛇を意味する「ビカール=サン」の名を持つ男、日本山岳界で孤高の登山家として名を馳せ、自らの行方を消した羽生丈二、その人だった・・・。


あの夢枕さんの小説の漫画化。
私は今まで谷口さんの漫画は恥ずかしながら「犬を飼う」くらいしか読んだことかなかったのですが、この漫画化に当たって、作者、夢枕さんご自身が、「谷口ジローさんしかいない」と切望したのが良く判りましたね~

雄大な山という姿をこんな小さな紙面に押し込んで尚、この迫力、そして山への畏怖の念さえ感じられる絵を描ける人はそうそういないのではないかというのが正直な感想

人付き合いが下手で、尚且つ相手の立場も考えず思ったことをすぐ口に出す、およそ社交辞令など出来ない無骨な男・羽生。他人からはけして良い印象を持たれないであろうこの男の生き様を、カメラマン深町が推理小説の探偵の如くマロリーのカメラの謎を追い求める中、「羽生自身を知ろう」とすることで表し、より一層の人物追求の深みを増している感じがします。
主人公は深町なんでしょうが、羽生という男でもあるんでしょうね。

そしてクライマックスの羽生が自らの悲願である冬季エベレスト無酸素登頂に挑むシーン
なんとなく羽生ほどの登山キャリアのない深町が付いていくことに、そして「どんな事があっても助けない」と双方で確認していていても、やっぱり羽生は自分の悲願達成がそれにより危ぶまれても深町を助けるんだろうな・・・と感じていたので、力不足の深町になんとなく「こちら愛!応答せよ」の中尾先輩に近い思いを感じてしまったのですが、半分アタリ半分ハズレ(苦笑)羽生と行動することで深町の成長したのがはっきりと見えました

それにしても登頂に成功した瞬間のシーン、修行僧のような厳しさで常に山だけを考え、全てを捨ててきた羽生が、実は我侭なだけど、自分が受けた傷を自分で癒すことの出来ないモロさ、いや、我侭ゆえに自分の過去すら許せない人だと判ってちとホロリ。優しさもちゃんともっているんだけど、ただそれの表現方法を知らないだけなんだよね。
羽生の山に対するストイックな程の想いは死んだ岸に対する贖罪の意味でもあったんでしょうね・・・。

そして数年後、深町が再度登ったエベレストでみた羽生の姿。。。
あぁこの物語の全てはここに辿り着く為のものであったのだと、実感。

ん~現実は未だマロリーのフィルムは見つかっていないのですが、こうあって欲しいと読者に思わせるそんなラストでした。


さてこの作品、登山家としては常に影のような羽生に対し、光の中を生きているような長谷常雄という登山家のキャラを絡ませ、それぞれにお互いを意識させることにより2人の明暗を際立たせていますが、この2人にモデルと思われる人物が居たのはご存知でしょうか?

最初は羽生丈二=加藤保男、長谷常雄=長谷川恒男 だと思っていたのですが、山に詳しい電動おやじさんよると羽生丈二=森田勝なのだそうです。

いずれも日本を代表するクライマーなのですが、森田氏の生きかたが羽生とダブりまくり・・・。貧乏で海外遠征に行けなかったこと。滝沢の第三スラブの冬季初登攀。またK2登攀時(作中ではエベレスト)あくまで1番にこだわり、途中下山したこと、そしてグランド・ジョラスでの滑落と骨折、そこからの手・右足と歯で25mの奇跡の登攀とその後のビバーク。その直後の長谷川氏の登攀・・・きっと夢枕さんはこの2人のヒントを得たのではないかと思うトコか多々ありました。

まさか、あの奇跡の25mまでノンフィクションの出来事だったとは・・・かなりの衝撃でした。森田氏の最期は羽生のそれとは違いますが、それでもあの羽生の生き様をここまで実行していた人が居たとはとかなりの驚きでした

と言うわけでここ数日で山漫画を数点読ませて貰いましたが、ダントツにこの「神々の山嶺」が面白かった。原作つきという点を除いてもプロット、人物構成の確かさに加え、何と言っても山の厳しさ荘厳さ、それらを全て紙面に表現しているかのような谷口さんの絵と構成力に感服。

私は小説は未読なので断言は出来ませんが、原作を読まれた方でもけして失望することはないと思われる出来の漫画です。