かわずの呟き

ヒキガエルになるかアマガエルなるか、それは定かでないが、日々思いついたことを、書きつけてみようと思う

庭と畑の秋

2011-09-29 | 気ままなる日々の記録

 春に棚の拡張をしたキイウイや、今年やや不調の柿、さらに菜園を含めて「わが家の庭と畑(はたけ)の秋」を報告します。

    

 先ずは「キイウイ」、今年は35個ほど収穫できそうです。昨年は7.5個(1個小さな実がありました)でしたから約5倍。この調子だと来年は175個と見込まれます。しかしそれには「適格な剪定」が必須。すでに今年蔓枝が絡み合い、私が命名した「自木内不和」(じぼくないふわ)が起きています。キイウイの剪定は如何にすべきか、冬までに調べなければなりません。柿も今年は「すこやかナラズ」です。写真は「八島」で、落葉が早く、無理ムリ色づいた感じです。

    

 畑は順調。左がハクサイで右がダイコンです。大根の方は一番バッターで、2週間遅れで種を蒔いた2番バッターも可愛く後をついてきています。

     

 左の写真の中央のトンネルが2番バッターのダイコンです。あと一畝、ブロッコリー・葉ボタン・その他の植え付けをする予定です。あっ、残りの畑ですか? そこはネットなしの作物、つまりイチゴ、ニンニク、玉ねぎ、などが所狭しと植わっていきます。右が「謎の植物」、以前、白い大きなアサガオのような花を咲かせましたが、そのあとに写真のような実が付きました。この植物の名前が分かりましたら教えて下さい。

 

 最後を飾るのはまたしても芙蓉。今は盛りと咲き乱れています。友人からのメールで「芙蓉が奇麗ですネ」と言ってきましたので、また載せました。つまりは「豚もおだてりゃ木に登る」と同じ世界で、私も木に登りました。


猛暑を口実に怠けていたら。

2011-09-21 | 気ままなる日々の記録

 例年9月初旬には3回目の草刈り(または除草薬散布)をするのですが、今年は異常な猛暑、それを口実に怠けていましたら、雑草の方は太陽からのエネルギーを一杯受けて、見事に育ってくれました。高いところは背丈以上、平均で肩ぐらい。草刈りは、草丈が膝ぐらいの時に行うのがベストで、それ以上の草丈になると2倍も3倍も手間がかかります。

     

 草丈が長くなると、根元で切ってて倒した草が、まだ刈られていない草の上に倒れて、大混乱に陥るからです。こうなると佐々木小次郎のツバメ返しの剣のように草刈り機を中空で振り回し、細かく切り刻みながら前に進みます。今年は7月に散歩した除草剤が良く効き、蔓草が少ないので助かります。草丈が高いうえに蔓草が多いと、本当にトホホです。

 もう15年も前でしょうか、晩秋にひるがの高原(国道156号線沿い)を通る機会が合って、急に思い立って車を止め、一人ふらふらと丘の頂上に向って歩いたことがありました。そこは初心者向きのスキー場で、リフト用の鉄塔も並んでいて、一面の枯れすすきの間をぬって道らしきものもあったからです。このスキー場には小学生だった子どもを連れて、連休などに一泊でよく来ていました。だから、スキー場としてのスロープはよく覚えていました。だからそのスロープを、枯れすすきで見てみようと思って歩き始めたのでした。ずいぶん歩いて、私自身も枯れすすきに埋まり、クマが出るかなあ、冬眠前のクマは凶暴とかいうが、いやクマはもう冬眠に入っているだろう、頂上に行けばリフト降り場もあるし何かが見えるさ、道は確かに続いている、などと思いながら歩いていました。そのうちに、空耳かなと思うほど微かに、遠くから風のまにまに、エンジン音が聞こえてきました。まさかこんな所でエンジン音なんて、それにしても何だろう。私は急に興味が湧いてずんずん歩きました。

 70台後半と思しき老人が一人、草刈機でススキを刈っおられました。遠くに軽トラが一台。私が挨拶をすると草刈機を止められたので、急にあたりが静寂に包まれ、聞こえるのは風にそよぐススキの葉ずれの音のみ。私はそこで、勧められるままにお茶をいただき、お茶請けのせんべいまで頂戴しました。老人は何とスキー場に頼まれて、初雪までにゲレンデのススキを全部刈る仕事をしておられるとのこと。スキー場は赤字で日当が安く、若い人たちは見向きもしない仕事なのだが、それでも冬の間地元の人たちがこのスキー場で働くので、自分もお役に立ちたいと、まあ、毎年この草刈りをやっている、とのことでした。私は、肝をつぶしました。「全部をお一人でですか」「ああ、天気がよければ毎日来とるよ」。お茶とお弁当を持って、丸一日ススキの中、それも毎日だ。しかも、その人生の先輩は少しも偉ぶらず、日常茶飯事のこととして話されました。私は深い感銘を受け、今もその人生の先輩の笑顔を、克明に思い出すことができます。

 私は、草刈りが厭になると、晩秋のひるがの高原を思い出し、先輩を爪の垢にでもあやからねば、と思います。

 今日は雨、ここの草刈りが終わるのにもう一日必要です。


台風(12号)去って猛暑の日々

2011-09-17 | 気ままなる日々の記録

 いつまでたっても時速10キロ、中心気圧もそれほど低くないのろのろ台風が、ようやく通り過ぎてくれましたが、紀伊半島に大きな爪痕を残し、その上「台風一過」とは正反対のムシムシの猛暑。連日のニュースが、運動会の練習に励む小学生たちが、熱中症にやられたというもので溢れ、空を見て「どうなってるんじゃ」と嫌みの一言も言いたい気分でした。
 私の菜園も芽を出したばかりの大根と小松菜が息も絶え絶え。そこで取りだしたのがお手製の「散水栓」。

    

 もっとも、わが家の前の畑には通称「畑かん」と呼ばれるものが来ていません。つまり散布しているのは水道水。でも、そんなことは分かるまい、たかをくくっていました。ところが、見ただけで「畑かん」か「水道」か分かる人がいて、少し離れた字(あざ)の人たちの間で、「無茶な人がいる」と評判になっているというのです。それを教えてくれた人に「でも、殆どの家で、花壇に撒いてるのは水道水だよね」といったら、「花壇はいいわさ。でも、畑はいかん」とのこと。そこが難しい。はやく雨が降らぬかと祈るばかりです。(昨夜、雨が降り、ホットしています)

    

 この暑さの中、酔芙蓉が満開です。この酔芙蓉は数年前、“取り木”をした苗を友人から貰ったもので、随分大きくなりました。最近では種を飛ばしているようで、思わぬところに酔芙蓉の幼木が生えていたりします。

    

 台風12号によって倒されたため、未熟なご主人様によって丸坊主にされ、その後、ミシミシと強引に起こされた枝垂れ柳でしたが、工事が終わってから10日が過ぎ、切り口の先端から一斉に芽が出てきました。これで何とか生き返り、来年も見事な枝ぶりを見せてくれそうです。親愛なる枝垂れ柳の生命力に感激。

    

 昨日、白菜の植え替えをしました。左側の写真の手前が植え替え前の苗で、その隣の見える直径7㎝ほどの汚れた黒色ポットに、買ってきた培養土を入れて、そこへ植え替えます。植え替えが終わった苗が一番奥に並べてあります。
 右側の日除けテントは最近買ったものです。本来はレジャー用の日除けテントで、数か月前には海・山・川のスポーツ用品と一緒に売られていたものですが、数日前、店で見たときには半額以下の値段で、園芸用品のコーナーに置いてありました。面白半分に、通りかかったお店の人に説明を聞いているうちに、にわかに「闘争心」が湧いてきて、ついに買ってしまいました。店の人の話だと、確かに良い品でお値打ち、優秀アイデア商品だが、難点は「大人の男が二人以上いないと組立てが困難な点」だとのこと。こうなると私の心の中の悪い虫が動き始めます。構造を調べ、どうしたら一人で組み立てられるかを夢中で考え、出来そうだとなると買いたくなってしまうのです。子どもの積み木遊びと同次元ですが、思い描いた通り一人で軽々と組み立てたときの喜びはまた格別でした。

 


台風12号被害の修復完成

2011-09-09 | 気ままなる日々の記録

 台風12号による我が家の被害、不注意による恥ずべき被害、被害と呼べないほどの小さな被害、それでもどうしても復旧させたい被害でした。

 大事に育てていた枝垂れ柳が南風にあおられて倒れました。倒れたのは3日の夜、発見にたには4日の朝でした。4日の午前中にとりあえず枝を払い、復旧を試み、人力で精いっぱい起こしたところに梯子を噛ませて、さあ、どうするか。

 5日から仕事の合間を見て試行錯誤、自動車のパンク修理に使うジャッキを取り出し、補助棒を一杯付けてじわじわとハンドルを回し、80%ほど起こしましたが、それから先どうしても起きてくれません。その間、南側の土を掘り起こして跳ね上がった部分が収まりやすくしたり、水を一杯かけて北側の根が動きやすくしたりもしましたが、残り20%がビクともしません。そんなとき「そうだ!」と、突飛もないことを思いつくのが田舎育ちの年寄りの特徴。今は亡き妹の同級生で、一時手広く庭師をしておられたが、最近は引退した人の顔を思い出し、思いついたのが「彼に見せて相談しよう!」ということ。すぐに彼を訪ね、私の車に乗せて連れてきてしまいました。

 彼が提案してくれたのが写真の穴あき鉄パイプ。これが優れもので中央に見える取っ手を起こして回すと目ねじになっている刻みによって穴があいている部分が押し出され幹を南に押してくれる。その力たるや目ねじ梃子の原理で千人力。幹は少しずつ南に押されます。この優れもの道具は、庭師の必須アイテムだそうですが、彼がいうには「廃業したので使うこともないので、返却の必要なし。つまり贈呈する」とのこと。これには再度感謝感激。
 なお、
念のため申し添えますが、幹の根元に水道のホースが来ていて、あたり一帯が水浸しになっているところをお見逃しなく。これによって根の部分も動きやすくなっているはずです。

 上の写真が工事完成図です。120度の開きにはなっていませんが、最大限安定を護れる位置に虎ロープを張りました。ロープの根元には長さ60センチの鉄棒を打ちこみ、そこにロープを縛り付けました。

 これで秋のお彼岸ごろには枝垂れ柳の芽が出て来るものと確信しています。9月8日(昨日)の朝焼けは見事な鰯雲(いわしぐも)でした。これも秋に風物誌とか、この写真を撮ったのは5時30分ごろだったでしょうか。いよいよ秋です。

 


菜園からの報告

2011-09-07 | 気ままなる日々の記録

 旅の報告が続きましが、その直後に動きの遅い台風12号が、四国・中国・近畿・東海を襲ったりして、慌ただしい毎日が続きました。その間も耐震補強の職人さんは、工程表通りの来られましたが、(屋根の葺き替えは終わっていて本当に良かった)、夜中に激しい雷にビックリして起こされたり、9月としては異例の猛暑だったりと、それぞれに大変でした。(お陰さまで、当地は、これといった被害はありませんでした。)

 でも、台風が通り過ぎれば、やはり、何食わぬ顔でドーンと秋がやってきて、秋もの野菜の蒔きつけに追われました。下の写真は、9月4日に蒔きつけたハクサイが発芽したところで、撮影は9月7日です。

 

 昨年、みよう見真似で“種まきシート”に挑戦、ハクサイの苗を育てたとところ、予想外に良い苗が育ち、師匠や兄にも貰ってもらいました。そうしましたら、何と、今年は最初から「ハクサイの苗を頼むよ!」と言われてしまいました。もう天にも昇る気持ち、ここで張りきらなければ男ではない。種まき用の土に15%ほど普通の畑土を混ぜ、種まきシートに流し込みトントンと振動を与えてよく沈みこませます。そこからが大変です。幸い私はまだアル中の症状は出ていません。ハガキを二つ折りにした谷底へハクサイの種を少し落とし、細めのドライバーの先を使って、0.3ミリ程の種をシートの枠の中央に一粒ずつ落として行くのです。息を殺しての作業です。ちなみに、上の発芽が、見事にマスの中央に揃っているところをご注目頂きたいのです。これが得意の「自画自賛」です。全部で160粒ほど蒔きました。蒔いた種は、「タキイ交配 “寒さに強く太りのよい年内~冬どり種 ハクサイ『王将』」です。これからしばらく毎日目がはなせません。なお蛇足ながら、自家用は30粒ほどで十分です。

 今年も、力持ちの兄が、瀬戸の乳牛牧場から「醗酵敷き藁の堆肥」を1トン車一台分運び込んで呉れました。これは、野菜作りの畑にとって大変有難いことで、土は柔らかくなり、野菜の実りもふくよかになります。昨年同様壱輪車で畑に運び込み、この後一面に広げて耕運機をかけます。合わせて有機石灰も梳き込みます。

 本来なら、上記の作業は、最低でも播種の2週間前には終わり、その後土を休ませてから種まきに入りたいところですが、今年は猛暑のため私が怠けて、作業が少し遅れています。従って、上の場所は2回目の種まき用地とします。

 だからといって、壱回目の播種をパスするわけにはいきません。上の場所だけ高価な醗酵鶏糞を使いました。昨日と今日で大根と小松菜の第1回目の種まきを終わりました。大根もタキイの「耐病総太りダイコン」、小松菜もタキイの「小松菜」です。手前はネギの植え替えをしたところ。大根、小松菜、ネギのいづれも0.5畝×2列で、大根と小松菜にはネットをかけました。

  気がつけば、あれほどうるさかった蝉の声がピタリと止んで、夕方ともなれば、涼しい秋風ともの哀しげな虫の声に代わっています。裏庭では夏中みごとな花を咲かせていた槿(むくげ)が最後の力を振絞って咲いています。