かわずの呟き

ヒキガエルになるかアマガエルなるか、それは定かでないが、日々思いついたことを、書きつけてみようと思う

ハス池便り

2016-06-27 | 気ままなる日々の記録

   最近蓮池へ行く回数が増えた。何を期待して出かけるかと云うと、蓮の開花を楽しみにして出かけるのである。

  何しろハスの開花時間は短い。午前中のみ開花して、四日目の夕方には散って一生を終えてしまうのである。

  昨日、蕾を午前中に三個,午後には四個見つけた。

  それに此処の蓮の花はとても貴重な品種で植物学者の大賀一郎博士にちなんで大賀蓮《縄文蓮》となずけられ昭和29年に千葉県の天然記念物となった。

   その一部を譲り受け蓮池に蓮の花のコーナーが造られた。

  其れゆえ我々は2000年も前の蓮と同じ種類(世界最古の花)の蓮の花を見ていることになる。

 いろいろ難しく考えて観ている訳ではなく雨上がりの朝、ピンク色をしている蓮の花を見ていると何ともすがすがしい気分になる。また、はの上に溜まった水玉もコロコロとしてとても可愛げがある。

 まだまだ蓮池通いは続きそうである。(E)

   

   


1年前のそのコピーを以下に掲載します。

2016-06-27 | 気ままなる日々の記録

オーストラリア大陸の東側に位置し、赤道面に関して日本とほぼ対象の位置に南島と北島と云う二つの島からなる風光明媚な島国である。

  青い海と美しい草原に覆われた陸地には、ノンビリと草を食む羊たちが溢れ、国を挙げて「観光立国」宣言をし、観光客を暖かく迎えてくれます。

 国の政策で、牧場経営の農家の屋敷にバスとキッチンのついた離れが建てられていてそこが観光客に貸し出されます。

 普通は1週間単位とか1か月単位で貸し出され、お部屋の掃除やシーツ交換がついています。

 主な観光客は、北欧やヨーロッパからで、クリスマス休暇と新年の休暇を続けて家族で暖かいニュージーランドで過ごすという客である。

 12月に入ると日差しが強くなり、街も野山もあでやかな花が咲き誇ります。

  特に北島の海辺で見られるポフツカワの赤い花や、南島のレイク・テカポ周辺のルピナスの花畑などは、夏の到来を知らせる花として有名です。

 色鮮やかな風景が、旅の感動を倍増させてくれることでしょう。

  また、日没が遅いのもこの季節の魅力。

 夕方からセーリングに出かけたり、眺望のいいレストランでゆったりディナーを楽しんだりと、リラックスした時間が過ごせます。

  また美しい湖が多いのもニュージーランドの特徴で、若いカップルがゆっくりボートを漕ぎ出していたり、シートを敷いてスナックをたべていたりします。

  蛇足ながら、ニュージーランド観光に興味をお持ちの方は、インターネットでその旨を書き検索されると、ニュージーランド政府作成の観光案内に容易にたどり着きます。

 そこには、素敵な写真満載の上、経費の概算も記載されています。

  ニュージーランドをドライブする人に、絶対伝えなけれがならないことがあります。

 それは、郊外に出ると交差点に信号がないことです。

  代わりに交差点にはラウンド・アバウトと呼ばれる大きな円があります。

 この円内に車道に相当する円形の車道が同心円状に3車線ぐらい用意されています。

 一般の車道から円周上の車道に入るのにいったん停車し円周上の車道を90~180°廻ってまた一般道へ出る人は一番外側の車道を走り、270°以上廻る人は外から2番目の車道に入ります。

 

自分が出たい一般道が近づいたら、外側の車道に移りそれから一般道に出て行きます。《文章で説明するのは大変難しいので「地球を歩く」というガイドブックを参考にしてください。

  なぜニュージーランドの交差点に信号がないかと云えば交差点の近くに電源がないからです。

 道路に沿って何本も電柱が立っているのは日本だけです。

 ニュージーランドは島国ですが、人口密度は少なく、郊外では、交差点の近くに民家もありません。逆に交差点の真ん中に半径15メートルくらいの円形車道を用意するくらいはいくらでもできます。それだけ自然が豊かです。

  ニュージーランドの魅力は文化が高く、衛生状態がよく、どんな場末の食堂に入っても衛生的で、上品な味の料理をだしてくれますし、お値段もたかくありません。

b国民の皆さんは大いに親日的で親切ですぐに「うちの洗濯機は日本製だとか、うちのエアコンは日立だ」とかいって親愛の情を示してくれます。

  またここには、氷河もあります。

  近世ヨーロッパ人で最初にニュージーランドへ来たのはハワイを発見したと云われているキャプテンクックです。

 彼が南太平洋を航海中、望遠鏡で島と山を見つけこの島に寄ったのが最初と云われています。

 その山がマウント・クックと呼ばれているニュージーランドで一番高い山で、ここには氷河があり、ヘリコブターで行くことができます。

  最後に一つ、南島に滞在中の体験談を一つご紹介します。

 朝食を済ませるとすぐに、海岸線に向かい、波打ち際をぼんやり眺めていることを日課にし ていたころ、その波打ち際を馬に乗って楽しそうに毎日走っている白人の中年男と顔見知りになり、ある日その人が馬から降りて、何処から来たかと話しかけてきた。

 そこでこちらも同じことを聞き返し、共に下手な英語で話し合いました。

 それによると、彼はドイツの中学の理科の先生で、毎年同じ宿へ奥さんと来ていて、馬はその家主の家の馬で、自分が来ると馬がとても喜ぶので馬に惹かれて来ているとのことだった。

 波打ち際を乗馬で走るなんて、見ているだけで楽しそうだが本人はどんなに楽しいことか、ドイツ人の豊かさは、小さな家の家電の中に埋まっている日本人の豊かさと桁が違うと思ったものだった。

  云い忘れましたが、ニュージーランドの北島には温泉も露天風呂もあります。

 みんな、水着をきて露天風呂に入っていました。これは、日本の方がはるかにいい。(T)

 


親友からのメールのコピーです。

2016-06-26 | 気ままなる日々の記録

 

20世紀になって物理学では アインシュタインの相対性理論の出現によって

現代物理学になった感があります。

つまり ニュートン以後 アインシュタインの相対性理論までの物理学は 

古典物理学 となり アインシュタイン以後の物理学は現代物理学になった

ように思われます。

しかし その後多くの物理学者によって量子論による物理学が出現することによって様相が変わってしまいました。

すなわち考え方から みていくとニュートン力学 及び 相対性理論 と

量子論物理学では 大きな違いがあることがわかります。

そこで アインシュタインの相対性理論 までが古典物理学 で 量子論物

理学から現代物理学 と言われるようになったのです。

では このアインシュタインまでの古典物理学と量子論物理学以後の 現代

物理学とは考え方がどうちがうのでしょうか。

アインシュタインまでの物理学の考え方は 決定論に基づいた考え方です。

それに対して量子論物理学は 決定論に基づいた考え方はしない という事

です。相対性理論は決定論に基づく考え方なので古典物理学になってしまう

という事です。

決定論という考え方は すべて物理現象は過去から未来まで その現象が

決定されているので その現象をすべて把握できる というものです。

つまり物体の運動は その他のものとの相対的な要素がわかれば その運動

の位置 速さ 時間 は原理的には わかる という考え方です。

量子論物理学は そうは考えないのです。

物体の運動で 位置 と 速度 と 時間 同時に決定することはできない

というのもその考え方からきています。

相対性理論はアインシュタイン一人がまとめた理論ですが 量子論物理学の

理論は 複数の学者が かかわって生まれた物理学です。

そしてその応用は電子工学など日常的な工学にも及んでいます。

物理学の分野でも 素粒子物理学や宇宙物理学など 最先端の物理学の理解

や研究にかかせない理論になっています。

量子論物理学は 光は波でもあるし粒子でもある という事を説明すること

からはじまるようです。

物質は不連続である という考えから量子論は生まれたといわれています。

 

エネルギーですら不連続である。といわれたのが量子論物理学のはじまり

ともいわれています。

ブランク、 ボーア、ラザフォード,ド・ブロイ、などの学者がかかわって

います。

さらに ここにハイゼンベルクの不確定性原理 が重要な理論として登場

致します。

この不確定性原理の考えが決定論を覆しました。

いかなる瞬間も未来は決定されていない というのです。

粒子の位置の幅と運動量の幅は同時にゼロにはできない という事実が未来

を不確定にする というのです。

それは ある瞬間の粒子の居場所と行く方向が不確定だというのです。

ある瞬間の粒子の状態は波動関数という複素数値関数であらわされるそう

です。

そしてそれは確率としてしかその存在はわからないそうです。

この辺の詳細は 不確定性原理 に述べられているようです。

ここに 有名なシュレーディンガーの猫 シュレーディンガーの波動方程式

が出てきます。(終り)

脚注:オソマツ:太郎

  僕が大学4年の時このメールの主T・S君は他の二人の合計4人で授業時間100分のゼミナールで「ヒルベルト空間論入門」と云う本を読んだ仲間です。

 T.S君は数学的センスの優れた人で、我々が訳が分からないところを瞬く間に理解し先生を含めた皆の前で見事に解説してくれました。

 テキストは勿論英文で怪しげな英語力と数学力の僕は直ぐに霧の中に入ってしまい、何を考えていたかが分からなくなってしまう始末でその分彼を尊敬していました。

 その後彼は家業を継いである建設会社の名古屋支店の店長であらせられる。

 仕事上1級建築士の資格が必要となったときある夜間大学の建築科夜間部に入学し、見事に国家試験に合格されたとのこと.

 建築学で難しいのは構造力学の計算だそうで、彼は毎時間一番前に座り教授の数学を点検、教授のミスをすぐに見つけて指摘していたそうです。

 上の彼の解説文は実に優れた物理学史観だと思われますので、向学の徒に紹介したいという衝動に駆られ僕のブロブに転載させていただきました。

 彼は今も数学の難問に挑むことが好きで、僕にも難しい問題を送ってくれますが、僕はすぐにギブアップ、です。

 上記4人のうち二人が今では大学で数学を講義しておられます。

 その二人は卒業後他の大学の大学院博士課程へ進学され、其処を卒業するとき就職したのが大学だったわけです。(T)

 

観測されるもの は 観測される以前は観測後のすべての状態の重ねあわせ

である といわれ これはコペンハーゲン解釈と言われるものだそうです。

どんなに離れていても相関をもった粒子は一方の粒子の観測によって 他の

粒子の状態をきめる という事のようです。

また相対性理論と量子物理学の理論を結び付けたのは ディラックでした。

ディラックは負のエネルギーの考え方も発想しました。

真空という空間に負のエネルギーの発想を提唱したそうです。それを

ディラックの海 というそうです。

しかし この量子物理学にはまだわからない事が多くあるそうです。

このように 量子論物理学は 多くの学者によって出来上がった学問

なのです。

 

さらにこの量子物理学の理論は 素粒子物理学 宇宙物理学 へ発展

していくのを追いかけてみるのも面白いのではないでしようか。

 

こんな風に量子物理学の考えをまとめました。

貴兄が読んで把握したものとちがった所があったり 抜けている所

があったりしたら 補足や訂正してください。

しかし なんらこういった物理学の知識が皆無の場合でも わかるように

書くとすれば 一冊の書物になってしまい 私どもの手には負えません。

     睡蓮   蓮池にて。

 

 


イギリスを讃えた全文を取り消させて下さい。どうやら。真相はキャメロン首相の政治上の駆け引きの失敗のようでした。業師技に溺れるでした。

2016-06-26 | 気ままなる日々の記録

  国民投票に打って出てEUでの交渉力を高めようという作戦が次々に裏目に出て自縄自縛を絵にかいたようなオソマツさでした。

  とびとびに入って来る情報を元に単純な推論をし自虐的な感想を書きましたことを深く反省しています。

 新聞で、イギリスの国民投票、アメリカのトランプ氏が大統領候補になったことなどは世界的な今日的な症状で大衆が、その国の知識人やマスコミの論調に不信感を持っている証拠だそうです。

  阪大の先生が新聞に書いていました。

 新聞が信用されていないと新聞に書く人の思考経路がおもしろいですね。

 ややこしい時代だということでしょう。まあ大いに大衆の側で気楽に大きな問題についても議論しましょう。(T)


我々とイギリスを考える。

2016-06-23 | 気ままなる日々の記録

   我々はどうも論理的思考や国際社会の中での思考が下手らしい。

   明治維新と今回のイギリスの国民投票を並べて考えてみよう。

 明治維新のきっかけはアメリカのペリーが軍艦4隻を引き連れて我が国に開国を迫ったとき、天皇に報告することなく開国したことに対する反発を薩摩や長州が武力で示したことから始まった。

  その時のスローガンが「尊王攘夷」であった。ところで、その薩摩や長州が樹立した明治新政府は京都 御所にお暮しの天皇を江戸城《皇居)に迎えただ、攘夷の方は忘れてしまったのか開国政策を続け「攘夷」を叫んでいたことを忘れて涼しい顔をしていた。

 それどころか関税自主権や治外法権の改正のために,鹿鳴館外交を展開した。

 そのくせ「攘夷などできない」とは言わなかった。

  国民を最後まで騙そうとしそれが見事に成功した。

  同じことが敗戦時にも行われた。

 戦争責任は不問のまま敗戦を終戦と言い換え、韓国への賠償責任も名称変更の二重解釈で賠償金を払い、何とも見え見えの腹黒さだ。

  一方イギリスは派手に国民投票を行いEU脱退の可能性のあることを世界に宣伝し、EU各国にも伝え、アッサリ脱退せずとなった。

 しかし、今回の国民投票はEU各国に対する強烈なおどしになっていて、EU内での発言力を強めたことは間違いない。

  ところで、沖縄問題を我が国はどうしようというのだろう。

  アメリカも決して優しいお兄さんではない。

  トランプ氏が大統領候補になるほど財政に厳しい老大国にすぎない。

  バカの一つ覚えのように「憲法・憲法」と云っている観念論の多さも我が国の特徴だが、政治上後世に大きな責任を持つ外交課題山積の中、参議院選挙後の政治と外交がはじまる。

 マスコミの責任も重い。(T)

        前庭の噴水 

  6月25日朝、追記をくわえています。

イギリスがEU離脱を決定、継続を主張していたイギリスの首相がじにんしました。

 僕が逆の予測を聴いたのがどのチャンネルの何時のニュースだったかを忘れたのが軽率でしたが、いずれにしても前回ブログに書いた記事の前提が崩れました、御覧下さった皆様に心からお詫びいたします。

 しかし、日英比較に関する論旨は訂正の必要はないと思っています。離脱と決まって我が国経済は大打撃を受けます。円高と株安です。

  今朝のニュースよると、政府と日銀は対策を検討しているとのことですが、「おいおいそんなこと事前に検討しておいて、決まったらすぐに発表して混乱を最小限に抑えるようにしておいてくれ!」といいたいです。(T)

 


手造りのお漬物

2016-06-22 | 気ままなる日々の記録

   よくお見舞いして下さる知人からキュウリの醤油漬けをいただきました。上品な京風の薄味で生姜の風味もありとても美味しく喜んで頂いています。

 知人のブログに寄れば最近キュウリが大変好調で畑で沢山獲れるのだそうです。生で食べたり近所に配ったりしても余り、新鮮なうちに奥様が漬物にされることにしたとのこと。私も4~5年前まで畑で獲れる野菜が余ったらすぐ漬物にしベッタラ漬、浅漬、粕漬けなどいろいろ試みました。そして新鮮であることが漬物を美味しくする最大のコツであることを学びました。

 数年前80代の友達から教えて貰ったのがたっぷり野菜のふくじん漬けで根菜類なら何でもよくそれにピーマン、茄子、キュウリを加えて一度に何キロも造り近所の友達に配っていました。造り方が、キュウリの醤油漬けと少し似ているような気がします。沸騰させた調味料の中へ数回漬けるためパリパリとした食感が保てるのも同じではないかと。

 それにしても80代女性の食に対する考え方や手間を掛けるのをいとわない姿勢に感服しております。(E)

     6月の蓮池。


江戸の川柳はすごい。!

2016-06-21 | 気ままなる日々の記録

  江戸時代、我が国には人々に親しまれたものに「二十四節季・七十二候」と云うものがありました。

 これによって、当時の人々が、季節の移り変わりに敏感で且つ慈しみを感じていたことが分かります。

 日本人はこの優しく美しい心を何時、どのようにして失ってしまったのでしょうか?

 多分、明治か大正の頃、軽薄なオピニオンリーダーたちによって、「古いもの」≒「遅れたもの」と云う考えが喧伝されそれによって失われたと思われます。

 ちなみに、今日6月21日は「夏至の初候」で「乃東枯」(なつかれくさかるる)だそうです。(「暦のたしなみ」小笠原承斉著ワニブックス」による。

 そしてこの頃は日照時間が一番長い季節です。

 こんな中で生まれたのが、「夏至の頃の夕暮れと掛けてお金持ちの親戚と解く。

 心は「暮れそうでくれない」と云うジョークも生まれた。

 こんなことを言って、友人と赤ちょうちんへ行っていた当時のオジサンたちが、うらやましい。

 

 それに引き替え最近の我が国は、老人男性の自殺率が毎年上昇し、女性がすぐに殺される情けない国になってしまった。あのお粗末なアメリカの真似をしすぎた為であることは間違いない。

 マスコミの背後で彼らをあやつっている魔女を見つけて処罰する必要がある。

 これはマスコミのためにもなることでもある。(T)

     半夏生  蓮池にて。


プラム

2016-06-19 | 気ままなる日々の記録

  今年もプラムのシーズンがやってきた。

  我が家で初めてプラムと云うものの存在を知ったのはおよそ25年前、オソマツさんが職場の同僚から戴いたのがきっかけである。名前も聞いたことがなく見るのも初めてであった。その当時はまだ市販されていなかったと思う。

  食べてみるとその甘酸っぱい味の美味しいこと、すぐに好きになってしまい苗を探して庭に植えた。ソルダム、サンタローザ、大石早生を植えたら25年の間にはいろいろなことが起きた。

  ソルダムは周囲の木々に囲まれて成長が悪くなり味も落ちて10年目に切ってしまった。サンタローザは濃厚な味が売りで一番の人気種だったが、20年目くらいから、追熟が難しくなってしまった。初夏の暑すぎる気温と新しい害虫の出現で追熟中に傷んでしまうからである。

  三ケ日インターの近くにある果樹センターまで出かけいろいろ訊いたが失敗に終わった。残りの大石早生は育てやすく味もいいがスクスクと育ち直径20センチ程の大木になった。

  最近では消毒,剪定,施肥もままならず、大きな実は期待できなくなった。が相変わらず味だけはむかしからのままである。

  本日もケアーさんから「いい匂いがしますね、お花のにおいですか」と云われまだ知らない人もいると思って不思議な気がした。(E)

        我が家のプラム


桝添東京都知事辞任に思う。

2016-06-19 | 気ままなる日々の記録

  桝添東京都知事が辞任に追い込まれました。

  僕は桝添氏をかばう気はぜんぜんありませんが,どこかおかしいと思っています。①例の辞め検が示した違法性は無いが不適切な支出がある。どうやら、不適切な支出が命取りなったらしい。②公用車使用の件も東京都には公用車使用規定と云う条例は無いのでしょうか?③先の都知事選で桝添氏を推薦し都民に投票を呼び掛けた自民党と公明党の責任はないのだろうか。

  いずれにしても別荘へ公用車で行ったのが不適切かどうか知りませんが、それを大衆感覚で騒ぎ立てて、民主的に選ばれた政治家の活動を阻止するなど非民主主義の典型だと思います。

  オソマツなのはマスコミだと思います。ある事件で騒ぎ立てると週刊誌が良く売れ、新聞もよく売れるそうです。国会議員たる者不適切な支出が合法だと聞いたらその法令を改正して不適切な支出ができないような法令にしなければいけないなあ、と考えるのが国会議員の態度だと思います。どうやら我が国はまだ法治国家ではないらしい。

  マスコミが軍部に加担し戦線を拡大した第二次世界大戦初期の状況とそっくりなことをまたやっている、と思えるのは僕だけでしょうか。我が国は法治国家であるべきで、その法律は国会で決められ違法性がなければ自由こそが最優先されるのではなかったのか。

  新聞社も怪しげな論説委員を抱え込んでいる。革新と自称している連中が村八分的な手法を用いて政敵を落とそうとしている場面を良く見かけます。自由と規制は法律によってのみおこなわれるべきです。イロハのイを抑えていない国会議員は選ばないようにしましょう。(T)


パソコンが退院してきました。

2016-06-19 | 気ままなる日々の記録

「蛙の呟き」を読んだ戴いていた皆様に謹んでお詫び申し上げます。

 実は私のパソコンに不具合が起き、暫く修理屋さんの方へ入院いたしておりました。その間、メールもブログもニュースのチェックもできなくなりました。そのパソコンが今朝退院してきました。思えば僕のパソコンは僕のペットのようになっていました。メールを開き返事を書き、新聞を読んでいてもこれを「蛙の呟き」に書いて批判しよう等といつも気にしていました。まるで、膝に乗せた猫のようにいつも可愛がって生活に深く係っていました。

 それが今朝退院してきました。今まで通りブログも更新しメールにもご返事できるとおもいます。どうかよろしくお願い申し上げます。

  パソコンの方は入院のおかげで、全快して退院してきましたが、僕の方は相変わらずで退院の見通しはゼロです。(T)


葦簀(よしず)掛け。

2016-06-13 | 気ままなる日々の記録

  6月に入りここの施設では、初夏の風物詩である葦簀がけが始まった。

  聞きなれない人も多いかと思うが、南側の窓に葦で編んだすだれ状のものを吊るすのである。真夏のギラギラした太陽を遮り摂氏2~3度涼しくなるという。

  このころには周囲の田圃にも水が入り田植え前から田植え後まで一層風情のある景色が見られる。夜など窓を開けると遠くから大きな蛙の声が聞こえ、しとしとと降る6月の雨と相まって寝てしまうのが惜しいくらいである。

 ところが、この葦簀かけの作業がなかなか大変なのである。スタッフの人が総出で1から6階まで全部で300室を5日ほどかけてされる。上の階にある室外機のフェンスからひもで3か所吊るし下に垂らして、下のほうにも三か所止められて作業完了となるのだが高いところの作業故見ていてもハラハラする。おまけに材質は天然のものを掛けられるので人工のものよりはるかに痛みが早い。そのうえ台風が来るたび取ったり付けたりとスタッフの方々にとっては風情が何のかんのと言っておられないこともあろう。

 我々の生活の快適さや心を和ます状況はこのようにして支えられている。感謝しなくては。(E)

  葦簀かけ

 


天からの声

2016-06-12 | 気ままなる日々の記録

  今日、6月12日は日曜日だ。夕方5時半ごろ目覚めて、ーああ、昼寝をしてしまっていた、と思ったとき天の一角から次のように命令する声が聞こえた。

「江南市後飛保町新開方面に向かって、最敬礼!」

  オソマツ君はビックリして車いすから立ち上がって、転ばないように気を付けながら、北西に向かって最敬礼をした。

 オソマツ君は小学校3年の時が敗戦だった。それまで毎朝朝礼の時は全校生徒が「皇居遥拝!」の号令とともに東を向いて最敬礼をしていた。その幼児体験が80歳の今蘇ったらしい。

 何故皇居遥拝が新開遥拝になったかといえば、かつてオソマツ君が師匠と呼んでいて、今はその呼称を禁止されてしまったK先輩が今朝一番に来て下さってオソマツ君のパソコンがゴシャゴシャになっていたのを直してくださったからである。端的に言えば写真をどんどん保存してメモリーの無駄使いをしていて、パソコンの仕事場を狭くしていたらしい。だから、写真を持参のCDへどんどん落としてくださった。

 どんな写真が保存してあるか記憶にない写真はないのと同じで、削除しても残念に思うこともないだろうに。K先輩はいちいち削除か保存かを判断しながら面倒な作業を黙々と進めて下さった。横で見せていただいていただけのオソマツ君が肩が凝り首が痛くなったのにK先輩は「私の肩は凝らない」とおしゃる健康さ、全く頭が下がります。この場をお借りして厚く御礼申し上げます。(T)

    花菖蒲  蓮池にて。

 


僕のパソコンがどうかなっちゃって悲嘆・落胆です。

2016-06-11 | 気ままなる日々の記録

  アマゾンでのお買い物も写真の取り込みもできなくなっちゃいました。

 この施設の事務長さんに診てもらってチョット良かったですが、数日後また元の木阿弥、そのときウイルスを11個駆除したとのことでした。その画面は見せてもらって一つのウイルスを駆除するのに数分かかったのを覚えています。

 聞けばパソコンが世界とつながるということは、世界からウイルスがここへくるということで、国境を越えてウイルスが来ているということで、僕のパソコンもウイルスバスターとかいうワクチンを入れてはいるのですがそこから先はよくわかりません。ウイルスを創って広めている犯人は詐欺とか金銭目的ではなく、忠人を困らせて喜んでいるという人たちだそうで、ものすごい調査の末犯人を捕まえてみてもすぐに別のウイルスを創るやつが出てくるそうで人間という動物が内包する悪魔性なのだそうです。

 だから、多くのパソコン利用者はいつでも自分で知識を総動員してウイルスを駆除したり不都合な部分に手を入れたりしてつかっておられるそうで、僕のように自動車は買ったが、アクセルとブレーキとハンドルしか知らなくボンネットなんか開けたことも無いようなドライバーはいないようです。

 僕の場合、猿が芸を仕込まれてブレーキとアクセルとハンドルの操作を覚えたのと同じ程度でエンジンのことは何もわからない利用者は少ないそうです。困ったものです。

 何とか修理できる人を見つけてここへ来ていただいて修理をお願いするしか方法はありません。(T)

      梅雨の合間


週刊誌の巧みな「見出し」に脱帽・最敬礼!

2016-06-09 | 気ままなる日々の記録

  今日の新聞で週刊誌の広告を見ていて声を挙げてしまった。

  週刊新潮だったか週刊文春だったか忘れたが、例の北海道で7日ぶりに発見された小2の男の子のことで「北海道置き去り7歳児、世界が脱帽した驚異のメンタル」という見出しを付けていた。この見出しの上手さにオソマツ君は仰嘆した。この子のことについてはこのブログでも取り上げ、この子が常に冷静だったことを讃え学者になるといいと書いた。またこのニュースをニュヨーク・タイムズが取り上げたことも知っていた。

  このことをゴタゴタ書かずに「北海道置き去り7歳児」と表現した簡潔さ。さらに、泣いたり、座り込んだりせず,黙々と街の明かりを求めて歩きとおした冷静さを「世界が脱帽した驚異のメンタル」と書いたのもうまい!ここで「メンタル」というカタカナを用いたのも文章にリズムを与えている。もとより、オソマツ君ごときが自分の下手な表現と比較しても始まらない相手であることはわかっているが、時には身近なものの中に隠されている玉を取り出し、磨きながら鑑賞することも大切かとおもい書きました。(T)

  中庭のアジサイ


パソコン騒動。

2016-06-08 | 気ままなる日々の記録

 昨日,わたくしたちの自宅がある町内在住の友人が訪ねて下さった。挨拶も早々に「(E)さんのブログが最近ちっとものらないので体調でも悪いかと思った」とおっしゃる。実は我が家で今一番体調が悪いのはパソコンである。ウイルスを11個もやっつけてもらったが、その後もカメラ内臓のメモリーから画像がパソコンに取り込めないという重大な問題を抱えていた。

 友人はすぐにパソコンに向かい少し調べてから「このパソコンは写真の量が多すぎて重たい。少し整理して削除したほうがよい。そして今度来るときCDを持ってくるから、大事なものはそちらのほうへ移してしまいましょう。」とまで言って下さる。

 帰られてから、少しでも写真の量を減らそうと削除を試みた。途中から面倒になってまとめて消そうと考えパチパチやっていたらとうとうパソコンが混乱してしまった。画面から削除もできなくなってしまい、あきらめてシャット・ダウンし暗い気持ちで床に就いた。

 本日になり少しゆっくり時間をかけて取り組んでみたら、なんと削除できるではないか。気をよくしてほとんど削除してしまった。ところが、削除した画像はゴミ箱に移ったはずだが、ゴミ箱の中に見当たらない。

 一難去ってまた一難である。それでもあきらめずに、いろいろ試みていたら、「ゴミ箱ホルダーのすべてのアイテムを完全に削除します。よろしですか?」の表示を見つけホッとした。依然として取り込み問題は残ったまま。この問題は友人に期待を託そうと思う。(E)     前庭にて