ほんとうは、おもろい先生がいるんだけど、本業が忙しくなってきたので、
弟子たちが、自習をする会。不定期に集まり、お店の中の器とか、花とか、
好きなものを描いて、楽しくやっている。そして、その後に蕎麦会。
最近の蕎麦会は、「人生観が変わるくらい美味い酒」が登場する。
うますぎて、自分がお客さまをさしおき、がぶがぶ飲んでいるような気がする。
気のおけない人たちと飲んだり、食べたりするのが、一番いい。
先生はしばらくいないけど、自主的に集まって絵を描いている、というひたむきさ
が、いい。習いごとは、最終的には「自分の問題」だと思う。「習う」なんていう
なまやさしい姿勢では、ものにならない。
昨日大石さんから、電話があった。今どき携帯電話をもたない、アナログ
な人で、自宅からぼくの携帯(携帯していない、お店の代表になった電話)にかかって
きた。お礼と前日のライブの感想を話しあう。その時に、カウンターにいたアーティスト
が、ポツリとつぶやいた。「やはり一流になる人は、違うな!」
古武士、とかいわれる大石さん。ストイックで人を寄せ付けないような雰囲気もあるけど、
実はとてもやさしくて、人間的で、礼儀礼節がしっかりとしている人だ。
ひとつひとつの音を大切にする姿は、出会う人のひとりひとりを大切にしている生き方なんだと
思う。
調律をしてくれカリスマ調律師も、超一流の人だ。
彼が「おはようございます」と入ってきた瞬間から、その日の
舞台の空気が凛としてくる。器も好きで、ときどき久保さんの器を
買っていかれたりする。音楽とは、その場の雰囲気、照明や調度品、もちろん人
など総合的なものが、雰囲気を醸し出す。調律が終わった後に、うすいベニアが
ほしい、といわれた。手元にあったサイフォンのかきまぜ棒に視線。「どうぞ」と
いうと、それを上手にけずって、ピアノの足の台にはめた。
毎朝蕎麦をのす棒のことを「びんぼう」と呼んでいるが、こちらの棒も短くなって
「びんぼう」になった。でも来週の水曜日と木曜日は、このびんぼうが、豊かな
香りをだすサイフォン珈琲の秘儀を、ミスサイフォンめざす女子たちに伝授する予定。
弟子たちが、自習をする会。不定期に集まり、お店の中の器とか、花とか、
好きなものを描いて、楽しくやっている。そして、その後に蕎麦会。
最近の蕎麦会は、「人生観が変わるくらい美味い酒」が登場する。
うますぎて、自分がお客さまをさしおき、がぶがぶ飲んでいるような気がする。
気のおけない人たちと飲んだり、食べたりするのが、一番いい。
先生はしばらくいないけど、自主的に集まって絵を描いている、というひたむきさ
が、いい。習いごとは、最終的には「自分の問題」だと思う。「習う」なんていう
なまやさしい姿勢では、ものにならない。
昨日大石さんから、電話があった。今どき携帯電話をもたない、アナログ
な人で、自宅からぼくの携帯(携帯していない、お店の代表になった電話)にかかって
きた。お礼と前日のライブの感想を話しあう。その時に、カウンターにいたアーティスト
が、ポツリとつぶやいた。「やはり一流になる人は、違うな!」
古武士、とかいわれる大石さん。ストイックで人を寄せ付けないような雰囲気もあるけど、
実はとてもやさしくて、人間的で、礼儀礼節がしっかりとしている人だ。
ひとつひとつの音を大切にする姿は、出会う人のひとりひとりを大切にしている生き方なんだと
思う。
調律をしてくれカリスマ調律師も、超一流の人だ。
彼が「おはようございます」と入ってきた瞬間から、その日の
舞台の空気が凛としてくる。器も好きで、ときどき久保さんの器を
買っていかれたりする。音楽とは、その場の雰囲気、照明や調度品、もちろん人
など総合的なものが、雰囲気を醸し出す。調律が終わった後に、うすいベニアが
ほしい、といわれた。手元にあったサイフォンのかきまぜ棒に視線。「どうぞ」と
いうと、それを上手にけずって、ピアノの足の台にはめた。
毎朝蕎麦をのす棒のことを「びんぼう」と呼んでいるが、こちらの棒も短くなって
「びんぼう」になった。でも来週の水曜日と木曜日は、このびんぼうが、豊かな
香りをだすサイフォン珈琲の秘儀を、ミスサイフォンめざす女子たちに伝授する予定。