長屋茶房・天真庵

「押上」にある築60年の長屋を改装して
「長屋茶房・天真庵」を建築。
一階がカフェ、2階がギャラリー。

神田明神さん

2010-06-29 07:11:18 | Weblog
昨日は、大阪からぬまちゃんたちがやってきた。
ぬまちゃんは、天真庵のアルバイト二期生。
昨年神田明神で結婚式をあげ、
大阪に嫁いだ。5月に男の子を無事出産し、
昨日お宮参りに両家の両親と共にいき、その後
に蕎麦会をやってくれた。7名の蕎麦会。
結婚式の翌日にうちにきて、飲みすぎて新郎新婦が
二階で酔いつぶれた、という珍事が昨日のことのようだ。
昨日は、その二階に男の子が初デビュー(おむつかえ)。
時のうつろいを感じる。

時のうつろい、というと、昨日来た旅好きのお客さんが、
「72年に1度行われる神社の祭りにいってきた」という
話しをしていた。ほとんどの人が前回の祭りのことを覚えて
いないし、2082年に予定されている次回のお祭りにいける
人は少ない。でも連綿とお祭りは続いていく。
悠久の時のうつろい。昨日にもどることができないし、
明日があるかもわからない。生きとし生けるものはみな「今」という刹那の中で
生きている。「刹那的」というと、なんだかいきあたりばったりなイメージ
で語られているけど、刹那というのは、永遠に繋がる大自然。

明日明後日は連休。
明後日から7月だ。
夏本番。夏祭りも本番。31日は隅田川花火大会。




朝の散歩

2010-06-28 07:22:18 | Weblog
昨日はエリカ庵で、体をほぐしてもらった。
ので、今日は朝から体もこころも元気になって、
蒸し暑いけど、30分くらいジョッギングをした。
界隈の並木道や公園や軒先あたりには、紫陽花が
きれいに咲いている。いろいろな色か大きさのものが
あるけど、少し小ぶりで、桜がさくころ、背景にぴったりな
薄い青空みたいな色した朝顔がいい。
それを少し口の小さな黄瀬戸か焼き締めの花器に投げ入れ、
適当な場所にいけてみると、涼やかな風みたいなものを感じる。

昨日は、ブンコくんが、「ピアノの調律が終わった」といって、
調律師の方といっしょに、蕎麦を食べにきた。
これまでは、新橋のおすし屋さんにいく前とか、四つ木の
杉浦酒展に行く前後あたりにきてくれていたが、歩いて
5分くらいのところに引越し、そこにスタインウェイのピアノ
がある、というだけで、なんだか新しい町になった気がする。
これから、いろいろジョイントしながら、新しいこの町の
楽しみ方を模索していきたいと思う。

今日は順受の会。中江藤樹もいよいよ最終回を迎える。
この会のおもしろさは、骨董と同じで、自分で体感
しないとわからない。
「文花的な寺小屋」の原風景みたいな会。

楓橋夜泊

2010-06-27 08:02:47 | Weblog
近所の腕のいい経師屋さんが、この屏風についてあったキズ
を直してくれた。感謝。spice cafeとうちの中間にある
「黒崎竹信堂」さん。ここの主人には、お世話になりっぱなしだ。
池袋時代には、ギャラリースペースにいつも置いたあった屏風。
明日の「順受の会」の松田さんも、よく飲んで気分のいいときに、
この「楓橋夜泊」を詩吟してくれたものだ。日本人には、
昔から親しまれてきた詩であり、世界的に有名な詩。
今の天真庵は天井が低く、狭いので、披露したことがない。
先日、広げてみて、写真にとった。残念ながら、これが東京では
最後になる。福岡の実家におくることにした。将来は、熊本か大分
あたりの山の中に天真庵を結びたいと思っているので、その時は
きっと座敷にこの屏風が飾ってあると思う。


月落ち烏鳴いて霜天に満つ
江楓漁火愁眠に対す
姑蘇城外の寒山寺
夜半の鐘声客船に到る

(『楓橋夜泊』 張継)

 蘇州の楓江、楓橋の近くに停泊した船上で、長い船旅の中で疲れ、眠れぬままに旅愁に浸る旅人に届いた、夜半に告げる寒山寺の音みたいな訳だったと記憶する。一説には、「科挙の試験に落ちて船上で落胆しきった作者に、「そったく同時」のように届いた寒山寺の梵鐘の音」という解説もある。寒山拾得の悠久の世界に比べたら、「たかが一度の試験に落ちて、落胆している自分はなんと小さい存在だ」と悟ったというもの。この詩によって、張継は世界的に有名な詩人として後世に伝えられる。  科挙と「ひとがつくったエリート世界」で挫折をしてはじめて悟った、ということ。お金がなくなったり、貯金がへったり、家や財産を失ったりすることが、多い時代だけど、「失ってこそわかるもの」というのはたくさんあるものだ。友情・家族・人の情・・・・・失ったものしかわからない「この世界」は、とてもすばらしい世界でもある。「無一物すなわち無尽蔵」とはけだし名言だと思う。「貧乏を楽しむ、逆行を楽しむ」ような境地になると、達人だと思う。

今日は「エリカ庵」
昨日は「花」だったので、杜若がきれいに生けてある。
そんな凛とした空気の中で、体を癒す。
なかなか都会のまんなかでは、できない空間ではなかろうか?
入りにくいお店の、あがりにくい二階でやっているが、縁の
ある人たちが、やってくる庵。今日は、どんな縁があるのだろうか?

明日は「順受の会」
松田先生は鹿児島の人。詩吟をやり日本拳法の達人でもある。
お花の原田先生もそうだけど、生き様そのものが、学ぶところ多し。
天真庵のもろもろの勉強会の「原点」みたいな勉強会。
いろいろなものが、いきずまって、「寺小屋」の再現が望まれるが、
やはり、肝心なのは、「ひと」の問題。つまり、ひとりひとりの
「生き方」が問題になる。


夜半の鐘声客船に到る

旅先で聞く「悟りの瞬間」だろう。 感謝



♪飛んでイスタンブール

2010-06-26 07:26:01 | Weblog
さきほど、ネットのニュースを見ていたら、
民主党から立候補した庄野真代さんが、新橋の
街頭演説で、♪飛んでイスタンブール、と
やると、さながらライブ状態になりで、酩酊したおじさん族が、
大喜びする、という記事があった。
「時」と「場所」を選ぶ、というのは大事なことだ。

一昨日、木曜日にたまたま、庄野真代さんの街頭ライブ?(演説にしては
内容がとぼしかった)を、秋葉神社の前で聞いた。秋葉原ではない。
表参道の交差点を、原宿方面に左折し、すぐに右側に小さな神社が鎮座
している。つまり「ヒルズ」の欅通りのところに、ある。
お茶の稽古に毎週通う道すがらに、イスタンブールにぶつかった形だ。
さすがに、若ものが集うところなので、彼女の前に立ち止まる人は、
皆無に近かった。

その話を、お茶室で若い女性(30前後?)にすると「?」
という顔をしていた。彼女たちにとっては、生まれる前か、たて、
のころ流行った歌だ。
30年前か・・・まだ京都で暮らしていた。

今日は「花の日」
月に一度、原田先生が宇部からやってくる日。
今日は、先生に風貌のよく似た大型新人?が初参加。
「もなか屋」(週末のみ営業)は、今日明日は「臨時休業」
です。

明日は「エリカ庵」
月に二度、エリさんとリカさんがやってきて、疲れた
人たちの体とこころをほぐしてくれる日。

明後日は「順受の会」。
中江藤樹の仕上げの日。一般的に
知られた人ではないけど、短い生涯に
美しいものをいっぱい残した近江聖人。
「今の時代」を生きるヒントになる哲学を
たくさん学べた気がする。
イスタンブールや、いろいろな聖地にいくのも
いいけど、日本もまだまだ「忘れられた聖地」
みたいなものが、たくさんある。
これから「お祭り」も各地である。観光化されてない、
「神とふれあう遊び」みたいな祭りに参加する機会が
あると、また人生が変る。




バカになりそ。

2010-06-25 07:28:17 | Weblog
もともと、方向音痴である。人間国宝級にそうだ。
それに加えて、最近ナビ付の車にのっている。
ますます、磨きがかかってくる。昨日は、
有名店で修行中の若き「そばもん」たちと、千葉にある不思議な蕎麦屋にでかけた。
ぼくはただボーと、助手席に座っているだけだけど、平井界隈を超え、
小岩界隈を超え、和洋女学園?みたいなところの近所にある
住宅街の普通の住宅を改装した蕎麦屋についた。
サラリーマンを卒業されて、蕎麦屋になった、らしい。
ここまでは、よくある話だ。「カフェでもやろう」「蕎麦屋でもやろう」
「でも」がつく。が、そうそう簡単にはいかない。

でもその主人がうつ蕎麦は、石臼。しかも電動ではなく、手で回して
いる。それを篩うことなく、そのまま蕎麦にする、というので、
「すごい」と思った。
鴨のそぼろの玉子焼きを、ほくほくしながら、エビスビールを
飲む。芸術家や若い蕎麦打ちくんたちと、談論風発しながらの
「昼そば」ほど、贅沢なものはない。次に自家製のきゅうりの
ぬかずけがでてきた。天衣無縫と書いてある染付けの古伊万里に
そのみずみずしい漬物が、実にあう。お酒がぐびぐびいける。
「もてなし」の達人みたいなご夫婦とのふれあいを堪能していたら、
蕎麦がでてきた。野趣と土味がいい。無粋だけど、おかわりをしてしまった。満点。

今日は「ねんどの会」だ。昨日のBS朝日のニュースに、
ねんどの会が紹介されていた。小学生のみくちゃんが、大人
にまじって、楽しそうにねんどをやっている映像がでた。
手をつかって、ものつくりをする、というのは、こころに発火
させる力がある。

ネットが発展して、情報もいっぱいタダではいるし、いきたいところへも、
すぐにいけたり、おいしいお店もすぐに検索できたりする時代になって、
なんだか、いっけん便利になったみたいだけど、「道具」だと思って
いたそれらを、ときどき「?」と思うことがある。電車の中やお店の中で、
たくさんの人たちが、せんずりよろしく携帯などを操作しているけど、
「うーん?」と思うことか、ままある。

明日は「お花の会」だ。また新人さんがくる。
昨日の夜は、岡田先生が生前に能舞台で花を生ける映像を
見ながら、お花の仲間たちと懇親会をやった。
気迫がみなぎった姿に、いろいろなことを教えていただいた。
今日朝売った蕎麦は、ちょっと、違う?かも。

明後日は「エリカ庵」
体をメンテしてもらおう。



休み

2010-06-24 07:23:34 | Weblog
昨日は、タイムドメインだった。
ピアニストの赤松林太郎くんが
遊びにきた。「Yoshii9」という不思議なオーディオ
で、彼の新しいCDを聴きながら、よもやま話をした。
なかなか「大人のりんちゃん」が、でていていい感じに
しあがっている。お奨めの一枚。
9月と12月に、天真庵でコンサートをやることになっている。
やはり、ライブが一番だ。
ピアニストといえば、ジャズピアニストの大御所、Oさんが秋に
Nobieとやりそうな気配になってきた。いろいろ楽しいことが
目白押しだ。

朝気持ちがいいので、いつものように、路地裏を軽くジョッギング
していたら、ブンコくんの家に、小さな表札がかかっていた。
昨日は雨だったけど、スタインウェイが、この町に越してきた。
ぼくが引越し蕎麦を打って、ブンコくんがピアノをひく、そんな
歓迎会を企画したいと思っている。

多士済々のアーティストたちが、集まってきている。
若いアーティストたちが、元気に活動できるのであれば、
この国はまだ大丈夫だと思う。
いよいよ参院選が始まる。政治家の顔などを見ていると、
反対に「この国はついに滅ぶか」みたいな気持ちになってくる。

今日はおやすみ。若い蕎麦職人さんたちと、隠れ家みたいな蕎麦屋で
「昼そば」をやる予定。その後、表参道に煎茶のお稽古にいき、
夜は神楽坂で飲み会。3つの会を梯子。茶茶茶、みんなでチャッチャッチャッ、
な気分。

明日は「ねんどの会」
明後日は「お花の会」





大学芋

2010-06-23 07:20:03 | Weblog
昨日は「英語で蕎麦会」だった。
この勉強会は、ビル・スメールの「ビールとスルメで英会話」
を原点とする。最初からアルコールを入れながら、勉強するのが
ならわしになった。
でも、岩本先生は下戸だったので、最初からアルコールを入れると、
英語も日本語もおぼつかなくなる傾向があるので、最近は、最初にちょっと食べて、ボチボチやることになった。
昨日は、蒸し暑かったので、大学芋を食べながらアイスコーヒーで始めた。

サツマイモを皮をつけたままぶつ切りにして、厚手のフライパンに
油を少したらし、そこに「かえし」を入れ、砂糖を少し加え、菜箸で
色をみながら、まわしていく。ときどき、菜箸をイモに通しながら
火かげんをし、よし、というタイミングで黒ごまをまぶす。
織部の大きめの器なんかに盛ると、食欲も増す。

昨日は、「郷の鴨遊び」という米焼酎のロックを楽しんだ。
ワカの故郷の酒蔵がアイガモ農法でつくった米と、住んだ水で
しこんだ焼酎だ。ワカも生前好んで飲んだ。

今回、岩本さんが婚約をした。そのきめてになったのが、
ワカのひとことだったらしい。昨年の11月のとある日。ワカがいつもの席に座って
いると、彼女がひとりでやってきて、近くにすわった。
ワカが彼女に「彼氏(岩本さん)は、大社長になったり、サラリーマン
として、出世するタイプではない。でも、あれだけ人に好かれる人は
そうそういるものでもない。」
というようなことを、ひとりごとのように、語った。そのことが、
「決め手」になったらしい。
ひとことが、人の人生を変えることがある。

今日はタイムドメイン。

朝の散歩

2010-06-22 07:23:14 | Weblog
この界隈は、都会の田舎みたいに、平均年齢が高い。
よって、朝はやく散歩している人が多い。子どもの数
よりもペットの多い昨今、孫よりペットよろしく犬を
つれているお年寄りも多い。
昨日は、そんな界隈を、デイバッグをかついで買出しに
いこうと、ぶらぶら歩いていたら、線路際のペットショップ兼
お花やさんの店先に、すすきの鉢がおいてあった。
キレイな斑があり、それが矢の羽ににているので、矢羽ススキと
いう。
買出しをそっちのけ、その鉢を運ぶ道すがら、知らないお年寄りに
「それ、どうした」とか「重たそうだけど、だいじょうぶ?」
とか「涼やかなすすきだこと」・・などなど、声をかけられる。
「緑」は、ひととひとを繋ぐ潤滑油みたいなものだ。

昨日は、友だちの長男の結婚式に出席するために北九州から
上京してくれたその友だちの両親が、タワー見物の後に、お店に
よってくれた。前回あったのは、京都時代なので、30年以上ぶりに
なる。その時は、当時住んでいた近くにある円通寺などを案内したことを
思い出した。縁が通じていると、お寺やタワーまで、いろいろ繋がってくる。
人の縁とは、不思議なものだ。

今日は「英語で蕎麦会」
不思議な「無駄のない縁」で婚約した岩本先生を酔わせてみよう。

明日は「タイムドメイン」。月に一度、かっぽれの相方が、
ちょっと奇妙な形をしたオーディオをかついでくる日。
さしずめ、「音の売茶翁」。

明々後日、24日(木)の13:00からBS朝日の「ニュースアクセス」
という番組の中で、天真庵とか界隈のことが、ちょろっと紹介されるらしい。


升たか展

2010-06-21 07:11:07 | Weblog
週末に煎茶仲間の家族が蕎麦を食べにこられた。
母親と姉妹。みんな美人で才能にあふれ、それぞれの
分野で活躍されている。二階のギャラリーにいって、升
さんの器が気になったらしい。
そんな話をしていたら、作家本人が現れた。

表参道の「うつわ楓」さんで、23日から個展がある。(28日まで)
小さな器やさんだけど、センスのいい器が、口笛をふいているように
楽しく並んでいるところだ。表参道界隈を散策するのに、このお店を
入れると、景色が変わってくる。

明日は「英語で蕎麦会」
婚約した先生は、がぜんはりきって、幸せそうに走りまわって
いるようだ。升さんの工房のすぐ近くの長屋に越してきてから、
少し人生が好転してきたようだ。よかったよかった。

明後日は「テイムドメイン」。月に一度、かっぽれのあいかたが、
不思議なオーディオをかついでやってくる。
梅雨の間は、半雨乞いの祝詞でも歌いながら、やってくる。
なかなかの「人生の達人」だ。


スタインウェイがやってくる。

2010-06-20 07:20:02 | Weblog
引越しはたいへんだ。
ブンコくんが、いよいよ近くに引っ越してくる。
ピアノと本と器とCDが、それぞれ「これでもか」
というくらいあるので、それらを溝口から押上まで
引っ越してくるのは、神業みたいなことだろう。

彼は音大をでた後、一生懸命に働いて、1960年代のスタインウェイの
ピアノを手にいれた。
ちょうど、うちを改装しているときに、飯場兼飲み処になっていた
二階の奥の部屋に、一本ぶらせげて、やってきた。その酒が「帰山」(きざん)
だった。山に帰る、自然に帰る、という意味と、新しい土地で、新しいことを
始めるぼくに、ぴったりという意味を込めて、もってきた、という話がこころに
しみた。飲むと、あまりの美味さが五臓六腑にしみた。
以前、彼が「死神」をある骨董屋で開催された飲み会に、もってきたことがあり、
そのようなめづらしく美味い酒をあつかっている酒屋が、四つ木にあることを
聞き、次の日に「杉浦酒店」をたずねたのが、昨日のことのようだ。
以来、天真庵のお酒は、杉浦酒店になった。

昨日は、近所に挨拶にきたらしい。うちで蕎麦を食べた後に、トレードマーク
のデイバッグから、紙箱にていねいにつつまれた器をだし、
「これ、引越しのごあいさつがわりです」と、手渡された。
そうろうと、あけてみると、「古伊万里の蕎麦猪口」だ。たぶん江戸末期
くらいのものだと思う。彼らしい流儀みたいなものに、感謝感激。

また、押上に、不思議な奇人がやってくる。