文明化重視から文化再生へ、日本の文化の根源を支える、生業(なりわい)。その再構築にIT技術の導入を

ふゆみずたんぼで生態系保全農業。商工業はIT生産技術。出版はXMLフオーマット、フルバッチ制作で再構築を.

日本と千葉の里山と谷津田の再生を考える市場価値の課題 (6)

2005-08-21 00:48:15 | 里山に託す私たちの未来-再生策を探る
 [satochiba:0981] 2005年3月14日 17:24
千葉県での現在も将来も最大の問題は、残土・産廃に代表されるゴミ問題の処理です
 市原市や木更津市など、なんでこんなに地価が下落してしまったのか?不思議です。分かっていることは、複合した原因がありますが、やはり、残土・産廃等による、地域のイメージ低下→地価の下落→将来の人口減少や企業の撤退・倒産・撤収の可能性・現実性にあります。
 さらに市原市周辺での埋め立て海岸では、日本を代表する大企業までもが危険物を垂れ流してきたこと。
 そして里山では、日本最大級の残土・産廃処理センターが、跳梁跋扈してそれへの行政側の弱腰が際立ちます。
 また、市原市で言えば、170haにも及ぶ山林(ゴルフ場2ヶ分)を、色々な理由はあっても、大手ゼネコンが、債権を放棄して撤退してしまったと言うことくらい。 まさに象徴的なことが、幾つも重なっています。
  それら、いままで放置されてきた市町村での、残土・産廃への行政側の弱腰による不作為としか言いようのない事態も、結果として、市民の地域への愛着心喪失をまねき、みるみる地域全体の価値、具体的指数としての地価を引き下げてしまったと考えられます。
 一言で言えば、その様な場所を、好んで新たに購入しようとする企業も、個人も見あたらなくて、早く売ってしまいたいと考える方が多ければ、経済原理で、地価は下がります。
 今回の、大手企業が折角投資をしようと入手した、その地域をほぼただで引き渡すと言うことは、並大抵な判断ではなく、結果として、将来性を見限ったということにほかなりません。
  これでは、地価がますます下落していきます。企業も、家庭も同様に考えられませんか。地域に愛着がなければ、次は、女性や特に子ども達は、だまって立ち去ります。
 先日は市川市の行徳富士と呼ばれる(始めて知りましたが)市街化調整地周辺での残土・産廃業者の傍若無人振りが、日曜日のTVで大きく報道されましたが、問題はその市川市の対応の、あまりな弱腰振りでした。
 地域価値を決定的に引き下げるであろう事態に対して、まるで理解していない事が、最大の課題でしょう。これは、三番瀬の埋め立てが出来るという、甘い見通しが招いた事態と聞いています。
 本日(3/14)の朝のTVでのトップNEWSは、日本各地で住民の争奪戦が始まったと言う内容です。これから毎年、50万人宛、日本人は減少していきます。少子化の結果です。それでなくても、どこから人口が減少していくか、日本の中山間からだと言うことは 明確であります。 だれでもが口にしている事であります。

日本の、千葉の里山の再生(5)里山や谷津田の現実をもっと現場で理解しよう (5)

2005-08-21 00:45:09 | 里山に託す私たちの未来-再生策を探る
[satochiba:0978]2005年3月14日 17:24
 千葉県知事も県の職員も、千葉県の里山や谷津田の現実をもっと現場で理解しよう いま、日本の社会全体が潮止まりの状況に感じます。上げ潮か下げ潮か?
大事なことは現場をともかく見てあるく事です。自分の感性で現状を掌握すること。更に高めていく、潮の逆転の動き出しは間もなくはじまり、ものすごい流れとなるでしょう。
先日、千葉県香取郡多古町で聞いた農家の話しは、悲惨でした。
湧水が、絞り水がたっぷり出る谷津田の田んぼを、利根川の水道水に切り替えられて。 山のてっぺんですから工事が長期化して難航し、結果田んぼからの収入100に対して、水道の蛇口方式の用水費用と負担金が80に近い数字と言う事例を知りました。負担金の金利が年率5%とも。責任者の工区長の息子が、
殆どの農家が耕作を放棄して働きに出ていますから、ただで引き受けているそうです。
農家の方々は外で働いた賃金で不足分を支払うか、滞納しているとのこと。
いろいろな経過はあるでしょうが、結果として、耕作を放棄し、地域全体の付加価値を引きさげ、後継者をつぶす結果となって、すばらしい景観を提供して頂ける箇所がまた一つ消滅した。この様な話しをいくつか聞いています。
 ひとつ、現場を見ていないという議論の大事なことは、この問題でも、千葉県での例えば用水の授権者であるべき農家の方々からの聞き取りであり、発言聴取ではないでしょうか。
 何処でも感じることは、行政側の一歩的な思いこみによる錯誤が多いことです。

 

千葉県の里山を、どのようにして再生させるか(4)

2005-08-21 00:42:27 | 里山に託す私たちの未来-再生策を探る
[satochiba:0978]2005年3月14日 17:24

ちばの里山の景観はかって世界有数であったと断じて良いかと思います
それは、地域に密着して、24時間365日、生活の糧を得るために働く事で生業が成り立つ場であったと考えられます
 そこに、人の生活しない箇所が生じると、どうなるのでしょうか?
所得が得られなくなると、どうなるのでしょうか
 それこそ、元気なのは、残土・産廃業者だけ人っ子一人いない、里山が連綿と続く、信じられないような地域となってしまいます。 猪、鹿、鳥、猿、それに多様な外来種いずれも、山、そのものがスギやヒノキの単純林で、生産物が乏しく、里山にはずれで 農家の人の作った農産物を力づくで奪い合うという状況になっています。
 地域が自立出来なくなって、いまは、久しい。
地域の跡継ぎがいない。後継者がいなければ、どんどん耕作放棄田がますます増える地域に対しての愛着心が涌かない。子ども達も大人になれば出て行ってしまう。
地域文化の崩壊が起こる。
 悪循環です。さらに残土・産廃の捨て場となれば、相互間での不信も起こり、地域の治安までが悪化し、安心・安全まで脅かされる 国土の67%を森林で占められている日本この国土の維持管理にはどれだけの人材やボランティア等が、森林に張り付いていかなければなら無いのか。
2,000年以上にわたり、かっては日本人の90%以上が農家であって、そ子が生活の場であったが故に維持管理されてきている森林や里山。
 その維持管理機能を喪失して久しい。
今、気が付くと、自動車始め輸出すれば、貨幣は日本に流入しますが、その半作用として農産物は国内自給率が下がり(輸出先から、逆に農産物等の輸入をする必要から)国土の67%を投資不足のまま放置してしまっています。森林も生き物です。
 巨大な不良債権化していることに、いつ国民全体が気が付くのでしょうか。
 森林の木材価格は東南アジア価格。すでに10~20年前に比較して、1/10に落ちています。
50年物のスギが150円、おにぎり1コの価格と同じです。森林が産み出すGDPは、おにぎりが産み出すGDPに対して、200万分の1のGDPです。
計算根拠が、全く壊れているとしか、いいようがありません。


ちばの里山をどのように再生させるべきか(3)本質的な問題点は?

2005-08-21 00:40:14 | 里山に託す私たちの未来-再生策を探る
[satochiba:0977]   千葉県は観光立県を標榜しています。でも里山の実態は、
景観とは、生活者の日常生活との結びつきがあって、はじめて美しく保つこと
ができます。これもよく知られていることです
 今、千葉の里山をじっと観察していると、はっと気が付くことがあります。
まず、人がいません。散歩をしたり、森の手入れをする林業の方々や、農家の方にも、お目にかかった事が殆どありません。
 しんとしています。次いで、生活のにおいや、手入れしている感じがしません。
つまり、生活者が、観察者が、何処にもいないのです。
 生き物の殆ど見られません。
日本の里山が、なぜ美しかっかったかといえば、良く手入れされていたからです。生産物を入手するためにこまめに管理されていました。
 江戸時代のごとく、人が地域の密着してこそ、人の力で、里山の景観が保全されていたには確かだと思います。しかし、ということは今は、人がいないのです。なぜか? 生活の場ではとっくになくなってしまったからです。
さらにこれからは、
 日本中の里山、なかんずく中山間地帯を中心にして、これからぼろぼろと人の姿が消えていくことになると思います。
 毎年50万人単位で人口が減っていくことがほぼ確定しているからです。
ますます都市部に集中し、地方では生活しやすく、文化レベルの高い、地価の高い地域に人々が集中して生活することになると思います。
 まさに、猪と鹿と鳥と……、猿と狸が加わって、里山では、林業も農作物も駄目と言うことで、収入が得られる保証がありません
 木材市場は、ここ15年ほどで、何と1/10に下落しています。50年物杉が、木材市場まで自分で運んでたったの150円です。
 お米は、これから、更に下落するのではないかと、農家の方々も怯えています。
若い女性が、1週間、一度もお米を食べない方が40%と言う調査報告まで出ています。お米の市場もどうなるかと。
 森林も、田んぼも、それ自体がお金を産み出す仕組みを喪失してしまった事がはっきりとしてきました。問題の本質は、所得の保障を含めた、人の生活者としての立場を再生できる仕組みの開発にあると思います。
 ちなみに、ヨーロッパ、特にEU、ドイツのごとく、環境税は、森林の維持管理費用として使われています。
 景観保全とは、その作業に費やす時間を、土建方式での作業時間単価で換算したら、非常に費用のかかる世界となります。
いかにして、お金のかからない管理方法を案出するかがキーワードだと考えます。


ちばの里山をどのように再生させるべきか(2) 千葉県は観光立県を標榜。

2005-08-21 00:37:07 | 里山に託す私たちの未来-再生策を探る
[satochiba:0976] 2005年3月14日 17:06掲載
日本の江戸時代とは、人口の90%以上が農業で生計を立てている農業国であった
ことはよく知られています。
 日本は島国であり、万が一の時も移動する事もできず、逃げ場が無く、そのために有限な生活出来る資源を、里山や里海に求めました。
 そして、24時間365日、フルタイム体制で生活する地域に密着し、里山等で産み出される創意と工夫あふれる物産を産み出し、資源の活用にいそしんだ体制でした。だからこそ、また、絶えず手入れを怠たれない事情から、里山も里海も、すばらしくきれいな景観を形成出来ました。
 しかもそれは、手入れに参加することが、誰が経験しても美しく、庭造りに似て
楽しみを持って、自発的に行うことができました。
 だから誰もの目が輝き、生活を楽しむことができ、同時に微妙な感覚を味わえる
余裕のある生き方を追求して、それでも飽き足らない俳人や墨客をたくさん育成され浮世絵や水墨画、かわら版など、庶民の美意識を満たすための出版業や、美術家
が排出し、日本のセラミック(瀬戸物)が、ヨーロッパに輸出されたときに、
そのパッキングとして使われた浮世絵が、すごく注目されて、ゴッホ等の画家にも
大きな影響を与えたことは、よく知られています。
 世界に例のない、一代庶民文化の華が、江戸を中心にして栄えた分けです。
 同時に、地域ごとにとんでもない知識人がごろごろと育ち、そして幕末に日本に
来訪した欧米人の、里山の美しさへの絶賛の嵐。嵐。そして美術品への関心へと向かってきたのでしょう。

 それらは結果として、江戸時代の昔に、240年にも及ぶほぼ完全な生活者の真のボランティア精神があってこそですでも、誰も自分が、今で言うボランティアだと言っても笑われるだけでしょう。
日本で経験された240年間にも及ぶ、完全リサイクル社会の原体験でのノウハウが、今ほど世界中から渇望され、貴重と思われている時代は無かったと思います。
 先日、来日した、アフリカ・ケニアの副環境大臣で、アフリカでの植林事業に関して、「ノーベル平和賞を」受賞されたワンガリ・マータイさんが、日本の慣用語で”もったいない”という言葉を聞いて、ひどく驚き、感激し、この言葉を世界中に広げたいと発言されています。
 この言葉に代表される、農民としてのモノの考え方が、2500年来の日本のすべての骨格であり、その精神の中核がの一つが”もったいない”ということだと理解します。





 

ちばの里山をどのように再生させるべきか(1) 江戸末期、日本の里山の景観を見た外国人は

2005-08-21 00:31:13 | 里山に託す私たちの未来-再生策を探る
[satochiba:0975]
東京湾学会誌 2巻1号 東京湾の水土
外国人の見た幕末の東京湾(上)
-湾岸地域の景観を中心に- 筑紫敏夫  千葉県立中央博物館 
 記事内からの抜粋です。
今、千葉県下の里山や谷津田、沼や湖沼の景観という観点から見たときに、その活き活きとした姿に、始めて接した外国人が何を感じ、何に感動したかを知ることは、最高の情報価値があると考えています。

 2)陸上からの視線
 日本の農業や耕地については,上陸して見聞した記録に,より一層詳しい記述がある。日米和親条約締結のために来航していたペリー艦隊のウイリアムズは,ある日の午後、任務が急に暇になったので、同僚の博物学者のモロー博士と連れ立って,密かに「横浜の向うの一番近い丘続き」を歩いた。その時の「日誌」の記録は次のようなものである(E・224・225頁・1854 年3月14日<嘉永7年2月16日>) 
 「丘の上に着くと,花や珍しい植物が見つかりそうに思えた,雑木林や木の浸った丘の斜面を選んで,田園へ進んで行った。麦や油菜の畑を横ぎって,森の端から森の端へと渡り歩いた。(中略)麦の生育ぶりはすばらしく,土壌は,これまで見たうちでは一番黒ずんだ沃土であった.それに,至る所、畝の列も鮮かに耕されていた.土地が非常に肥え,また、よく耕されており,風景は実に美しい。これらの丘の上からは,人家はほとんど見られず,農舎をもった農場も村落も目に映らなかったが、ここかしこに一家から遠く離れて野良仕事に精を出す農夫や木こりの姿が目にとまった.(中略)後一,二週間もすれば,田園は初夏の装いを見せ始めることであろう.われわれは学校の遠足のように気持をはずませて数マイルを歩いた.海岸を見下ろす所へやって来ると,眼下に細長く横たわる村落が認められ,一本の小路がそこへ下りて行っている。われわれはこの道を下って行ったが,その村へ立ち寄ることは避けた.この高い場所から見渡した美しい眺望は,今の今まで,外国人の目にはいっさいが閉ざされたままであったのだな,という思い入れも手伝ってか,私にとつては,なかなか忘れられそうにないものとなつた.この一帯は実によく手入れをされた作付状態を示しており,さすがに日本が桐密な人口を支え得るであろうことを,否,現に支えていることを物語っていた.」




日本の里山を考える(5) イギリスでのカントリーサイト

2005-08-21 00:29:14 | 里山に託す私たちの未来-再生策を探る
[satochiba:1007] 日本の里山を考える(5) イギリスでのカントリーサイト(日本の里山に相当するらしい)との対比
チョークエスカープメントと谷津田-英国と日本の里山保全-
講師:原慶太郎先生(東京情報大学教授)

 原廣太郎先生の講演を、聞かせていただきました。
 かって、先生がイギリスに留学されたときの、原体験とその折りの写真をもって、日本とイギリスでのカントリーサイト(ケビンショートさんが里山と翻訳されたそうです)の相違点と、その地政学的な観点からの解説、そして何よりも、実際にその場所を1ヶ年にわたって実地に原体験した事項から、先生なりの対比論が展開されました。
 山の斜面林が、急峻であり、またブナを主体に単純な林相で、利用価値がないと放置されて来たそうです 
 また、英国は早い時期に産業革命を経験し、石炭産業を主体にして発展していった経過から、結果として国土をかなり痛めてしまい、繁栄の陰で、失ったモノが多数あると、人はパンのみにあらずとして、失って始めて気が付くその点が、まだそこまで言っていない日本。特に、英国人は、若者の国米国の若さを苦く感じて。

 ドーバーの白い崖でイメージされる、チョークエスカープメントという言葉を始めて聞きましたが、、一種の石灰岩の分厚い層の上に、薄く表土が乗っている。最後の氷河期まで一面氷に覆われてていたために、生物多様性上での種の数が決定的に少ない特徴がある。さらに数千年の歴史的経過で、小麦畑と、羊が放牧された風景を形成。植生の種類の少なさが、日本の里山と稲作に代表される、アジアモンスーン地帯で形成された里山との相違点が話を伺っていて、極めて明瞭となりました。
 日本で、イギリスの方々が、かって直面し、金銭的な豊かさの陰で喪失した自然環境を、再構築しようとして努力している姿。 それは、日本でも誰もがまもなく気が付く部分を先取りしてくれています

千葉県の里山の再生を考えます(4) 少し辛口ですが、

2005-08-21 00:27:15 | 里山に託す私たちの未来-再生策を探る
[satochiba:1006] 2005年4月2日 16:04掲載済み
行政指導型でのイベントが、千葉県内の里山で企画されています。
たまたま、市民側でも、同じような企画が持ち上がっておりました。
 それが、バッテンコしていると分かり、議論の上で、市民側がおりてしまったという経過です。
 行政が考える企画とは、市民のアイデアを聞いて回って、それに色を付け、そして事前に地域の出先機関と、市町村側と企画をして話しがすすみ、肝心のイベント実行先はじめ、メンバーや、市民側はつんボ桟敷で、完全なお客様扱い。
 ただ参加すればよいというだけの話しとなって、まあ、知らぬうちに事が進み、員数合わせにつきあう事になってしまう事だそうです。

 市民参画型と異なり、市民間での横断的な知恵の出し合い、寄り合いの仕組みが出来にくく、さらに、行政指導型の典型例として、儀式化してしまい、面白くもおかしくもない世界が出現してしまいます。

 と、いうことで、市民の最近の行動パターンは、行政が出てきたら市民もNPOも、だまって引っ込む。 手を引いてだまって立ち去る。
 
 特に、最近は行政側に資金的な余裕がなく、その中で考えられた何かの目的を達成しようとして、市民側に無理を強いる。 そのパターンの繰り返しのごとくです。

 市民は冷静に、静かにして、何も参加しないで、経過を見守るだけでしょう。しかし、逆に落とし穴としてそこには、郷土愛とか、誇りとは無縁な、県側が金だけ出してくれれば良しとする、冷徹な考え方での精神構造が透けて見えます

 日本に渡来する白鳥が、餌付けによってどのような生き方に変貌するか 楢葉の白鳥現象とは、相手を徹底的に観察し、最後はとことん利用するその精神構造が浸みついてしまった、社会構造を指します。
利用しているつもりで、最後は自分自身を見失い、文化が崩壊する現象の事です。
 千葉県の里山で感じるのは、そういった精神的な部分でのゆるみというか文化の喪失感というか、
 かって、日本の地域社会を支えてきた最大の規範であったと思われる”ほったらかしにしては、ご先祖様に申し訳ない"という意識、またケニアの環境副大臣で、森林の再生に貢献したとしてノーベル平和賞を受賞されたマータイさんが、日本の言葉に感激したという”もったいない”という言葉。
 で触発される、日本の庶民が日常的に使っていた言葉、生活の実感ある
内容が消滅してしまったのでしょうか
 何事も、これからは市民側が、自立して(餌付けを退け)、しっかりとしないと
結果、子供を失い、更に地域を喪失し、心を失い、更に景観を失い、収入を失う
事になりかねない、いままさに、その危ない分水嶺にあります。




日本の千葉県の里山の再生に思う(3)美しさは生活者の郷土愛による手入れ

2005-08-21 00:24:21 | 里山に託す私たちの未来-再生策を探る
[satochiba:1004] 2005年4月2日 13:25掲載済み
 日本の千葉県の里山の再生に思う(3)美しさは生活者の郷土愛による手入れが肝心、桜宮自然公園での里山の手入れ、そして景観美、
 昨日も、ノルウエーから、環境関係者2人が、千葉大で里山の問題を課題とされている教授が同行されて、所英亮さんと意見を交換されたそうです。
 いま、所英亮さんや仲間が、それこそ24時間365日の勤務?体制で、里山の自然再生に真摯に取り込まれています。
 先週の日曜日にも、仲間が20人も集まって、里山の手入れを行われました。
大工に方が手弁当で小屋を造り出してもいます。
 ますます、きれいに、四季の潤いを感じ、その場に立つだけで、人生の活きる意味を、楽しみを見いだせる場所となってきました。
 言葉はいりません。説明もいりません。日本人の故郷の原風景。母親の羊水の中のような静けさ
 里山は、生活者が、そこで活きるための資源を収穫するために徹底して利用され尽くした場所です
改めて、24時間365日、そこで人の営みがあって始めて、その景観が保たれる場所です。
 地域の人の里山への、価値観があってのことであり、郷土愛と地域の景観に対して誇りを持っていられるかが、里山が再生出来るかの、全てを物語っています。
 肝心なキーワードだと確信しています


千葉県の里山の再生に思う(2) 春爛漫の、誇るべき日本の美の原点

2005-08-21 00:21:42 | 里山に託す私たちの未来-再生策を探る
[satochiba:1003]2005年4月2日 13:00

3月30日、桜宮自然公園の所英亮さんから、久しぶりに電話を頂いた。明るいかんかんと響く声。正に元気な証し。今日、サシバが番で戻ってきて、上空狭しと飛び回っていたそうです。カワセミもいつの間にか姿を見せて
 山の手入れが進み、コナラの雑木林が復活し、また、炭焼き窯も準備が進んでいます。
 古木を切って、炭に焼いて、それでコナラの若返りが始まります。そうなれば数年で、日本の蝶でも、ダイアモンドと対比される貴重なミドリシジミ達も復活することでしょう。
また、今日は街灯が3カ所に設置され、まもなく始まる桜の並木の饗宴には、夜間のライトアップも企画するとのこと。いよいよここの真価が発揮されるでしょう。その時期に改めて、皆様と桜宮自然公園へ、行きませんか。
http://210.255.173.147/tml/sakuramiya/

  


千葉県の里山の再生に思う(2005/1)

2005-08-21 00:19:05 | 里山に託す私たちの未来-再生策を探る
[satochiba:1002] 2005年4月2日 12:58
先日、木更津から、成田周辺を経て、茨城県で常磐高速道路に接続される県央道の
高速道路の工事現場周辺で、つぶされた、あるいは間接的な影響を被って、用水路が3面切りされた箇所が至る所に出現し、一帯の生態的な危機になっています。
 そこの、3面切りされた箇所から、生存しているトウキョウサンショウオの救出作戦が昨年に次いで、2月、3月と2回行われました。
 救出出来る個体数は、せいぜい10匹。それらも産卵場所を喪失して早晩、その地域から絶滅は避けられない。と分かっていても、助け出さなければ気が済まない。
 参加者は、東京から、神奈川からで、地域からの参加者は、この2年間見あたらないそうです。
 てっきり、千葉県の農林水産課指導で行われていると考えていましたが、関与していないと分かりました。良く聞きますと、工事の条件として、市町村や国土交通省側へ、農家の方々から要望されて行われる工事とのことで、がっくりとしまって、何も言うことはありません。