グレッグは何故エイジアを脱退したのか
話の内容は、1983年頃になるわけですが、
その時の状況に少しでも近づく事ができる話があります。
それは、1990年のロッキング・オンに載っているジョン・ウェットンのインタビューですね。
1990年に、エイジアが来日した時に録ったインタビューなのですが、
とても生々しい記載があります。
このブログのカール・パーマー関連のカテゴリーに入れてあるエイジア本でも、
エイジアデビューからウェットン脱退までのエピソードが記されていますが、
ロッキング・オンのインタビューほど、生々しくはないでしょう。
このブログはジョン・ウェットンのインタビュー内容の詳細を記すのが目的ではないのですが、
ジョン・ウェットンは、エイジアに加入したグレッグの脱退についても少しだけ触れていますね。
グレッグは既に脱退していたジョン・ウェットンに断った上で、エイジアのメンバーとなって来日しました。
表向きには正式なメンバーとしての来日である事が当初告げられていました。
本当のところは、代打としての一時的な参加であったかも知れないないのですが、今一つ解らない感じもありました。
アストラ制作時には、ジョン・ウェットンが復帰していますよね。
入れ替わるような形で、スティーヴ・ハウが脱退。
グレッグは、エイジア脱退時に、ジョン・ウェットンに連絡をしたようですね。
代打だけを目的としてエイジアに加わったのであるならば、仕事人としての役割である武道館を成し遂げれば、それで無事終了という事になるのでしょうが、
正式なメンバーになる可能性も残っているような微妙な感じでの参加だったとも推定されます。
結果としてはバンドの中に長くいる事はできませんでしたので、お詫びの気持ちもあって、ジョン・ウェットンに脱退の一報を入れたのかも知れません。
ジョン・ウェットンの方も、自身が脱退したとはいえ、エイジアが自分のバンドだと思っていたので、
ホッと胸をなで下ろしたというのが、本音だったようです。
グレッグはカールに頼まれてエイジアに参加してはみたものの、
その時期のエイジア内部の空気が、とても重苦しい居心地の悪いものであったのではないかと想像します。
来日時に酩酊状態になるほど酒をあおっていたのも、その居心地の悪さがあったが故かも知れません。
私はEL&Pファンではありますが、グレッグの熱心なファンの方々と違って、
起きてきた事の因果関係を大雑把な視点から想像しているに過ぎません。
一方、グレッグの熱心なファンの方々は、グレッグの一挙手一投足のみならず、
グレッグの感性が周囲で起きている出来事をどのように鋭敏に感じとっているかまで、
思いをめぐらしています。
それは盲目的な思慕の対象を超えており、
良い部分も悪い部分も含めて、愛しきっている感じですね。
愛しているが故に、グレッグを冷静に見つめる眼差しもしっかりと持っています。
そんな方々のグレッグを思う文章を読んだりしていると、
エイジアからの脱退は、
「グレッグの感性がエイジアというバンドの空気の中にいる事を拒んだ」
というのが、一番の理由のような気がしますね。
グレッグはセカンドアルバムリリース時には、ゲイリー・ムーアとのコンビは既に解消していたわけですし、
脱退を急ぐ理由は特にないわけです。
私などは、当時、単純に、
「グレッグ、エイジア参加で再ブレイク!」
と期待を膨らませる気持ちも多少はあったのですが、
グレッグとしては、1人の脱退者を生み出してしまった、メガヒットバンドを取り巻く内外の空気から離れたかったのでしょう。
以上。
本日の知人よりの情報
ELPが2014年のロックの殿堂にノミネートされるよう、投票しましょう!
リンク先のページ一番下の右でELPを選んでVOTEをクリックすれば投票できます。
http://www.goldminemag.com/
音楽雑誌の企画なので、どの程度反映されるかまでは解らないそうです。
本ブログはエマーソン、レイク&パーマーにまつわる品物、
あるいは関連づけた品物のあれこれを、私自身の思い出、感想、私的な意見、観察日記などによって綴っております。
世代を越えたEL&Pファンのちょっとしたお楽しみになれば幸いです。
ランキングに登録しています。更新の励みになりますので、
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2013年10月5日 yaplog!

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その時の状況に少しでも近づく事ができる話があります。
それは、1990年のロッキング・オンに載っているジョン・ウェットンのインタビューですね。
1990年に、エイジアが来日した時に録ったインタビューなのですが、
とても生々しい記載があります。
このブログのカール・パーマー関連のカテゴリーに入れてあるエイジア本でも、
エイジアデビューからウェットン脱退までのエピソードが記されていますが、
ロッキング・オンのインタビューほど、生々しくはないでしょう。
このブログはジョン・ウェットンのインタビュー内容の詳細を記すのが目的ではないのですが、
ジョン・ウェットンは、エイジアに加入したグレッグの脱退についても少しだけ触れていますね。
グレッグは既に脱退していたジョン・ウェットンに断った上で、エイジアのメンバーとなって来日しました。
表向きには正式なメンバーとしての来日である事が当初告げられていました。
本当のところは、代打としての一時的な参加であったかも知れないないのですが、今一つ解らない感じもありました。
アストラ制作時には、ジョン・ウェットンが復帰していますよね。
入れ替わるような形で、スティーヴ・ハウが脱退。
グレッグは、エイジア脱退時に、ジョン・ウェットンに連絡をしたようですね。
代打だけを目的としてエイジアに加わったのであるならば、仕事人としての役割である武道館を成し遂げれば、それで無事終了という事になるのでしょうが、
正式なメンバーになる可能性も残っているような微妙な感じでの参加だったとも推定されます。
結果としてはバンドの中に長くいる事はできませんでしたので、お詫びの気持ちもあって、ジョン・ウェットンに脱退の一報を入れたのかも知れません。
ジョン・ウェットンの方も、自身が脱退したとはいえ、エイジアが自分のバンドだと思っていたので、
ホッと胸をなで下ろしたというのが、本音だったようです。
グレッグはカールに頼まれてエイジアに参加してはみたものの、
その時期のエイジア内部の空気が、とても重苦しい居心地の悪いものであったのではないかと想像します。
来日時に酩酊状態になるほど酒をあおっていたのも、その居心地の悪さがあったが故かも知れません。
私はEL&Pファンではありますが、グレッグの熱心なファンの方々と違って、
起きてきた事の因果関係を大雑把な視点から想像しているに過ぎません。
一方、グレッグの熱心なファンの方々は、グレッグの一挙手一投足のみならず、
グレッグの感性が周囲で起きている出来事をどのように鋭敏に感じとっているかまで、
思いをめぐらしています。
それは盲目的な思慕の対象を超えており、
良い部分も悪い部分も含めて、愛しきっている感じですね。
愛しているが故に、グレッグを冷静に見つめる眼差しもしっかりと持っています。
そんな方々のグレッグを思う文章を読んだりしていると、
エイジアからの脱退は、
「グレッグの感性がエイジアというバンドの空気の中にいる事を拒んだ」
というのが、一番の理由のような気がしますね。
グレッグはセカンドアルバムリリース時には、ゲイリー・ムーアとのコンビは既に解消していたわけですし、
脱退を急ぐ理由は特にないわけです。
私などは、当時、単純に、
「グレッグ、エイジア参加で再ブレイク!」
と期待を膨らませる気持ちも多少はあったのですが、
グレッグとしては、1人の脱退者を生み出してしまった、メガヒットバンドを取り巻く内外の空気から離れたかったのでしょう。
以上。
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