FPと文学・エッセイ 〜是れ日々なり〜

ライフプラン、資産設計のほか、文学・社会・芸術・文化など気まぐれに日々、FPがつづるエッセイ。

平幹二郎 『ヴェニスの商人』 ~ シャイロックは悪徳商人か 

2011-06-11 22:20:10 | 文学・絵画・芸術

 

平幹二郎が36 年ぶりに、浅利慶太演出『ヴェニスの商人』(劇団四季)に出ています。ユダヤ人金貸しシャイロックの役で。 

 

シャイクスピア作品はもともと上演を前提として書かれていますので、文学として読むのもいいですが、やはり劇で見るのがいちばんでしょう。残念ながらシェイクスピア劇を劇場で見たことはありません。しかし、シェイクスピア作品を読んでいる時はいつも、舞台風景を思い描いて読んでいます。舞台の背景がどうで、役者がどんな声でどんな振る舞いで台詞を言っているか、こんな情景をどういう舞台装置で設定するのかなど、そういうことを想像しながら読むのが楽しいのです。台詞そのものは劇用なので、言い回しが大仰ですし、やたら演説っぽいところもあるかと思えば文学っぽく、詩的でもある。台詞が日常的ではないので、映画(スクリーン)的な情景では浮かんでこないのです。

 

この劇は、私が中学2年の時の国語の教科書に載っていました(後半の裁判の幕で、シャイロックが判決を受ける場面)。私は授業で前に出て、シャイロックの役を演じました。この時の教科書では、ユダヤ人は狡猾で欲張りで、冷酷な人間であるという教えがあったような気がします。学校を卒業し、社会人となっても、ユダヤ人というのはシャイロックみたいに強欲な人種だと「すり込まれて」いました。これは全くの偏見で、少し勉強すれば、あらゆる分野でユダヤ人が偉大な功績をあげていることがわかります。

 

それはそうと、このユダヤ人高利貸しシャイロックが本当に冷酷・強欲なのか。金融関連を仕事としている自分としては、このシャイロックは、経済ルール上まったく普通の経済人であることが分かります。『ヴェニスの商人』の表向きの主人公は貿易商人アントーニオーですが、ドラマの真の主人公はこのシャイロックです。いい役者であれば、この役を演じたいというのは当然なのです。私も中学生ながら、大いに面白がってこの役を演じ、クラスを沸かせたものです。

 

今では、この劇作品は教科書に載っていないでしょう。これは文学作品であると同時に、経済の書です。ここには投資、債権債務、借金、金利、保証、担保、法律、裁判など、いろいろ経済的な要素が盛り込まれています。だからといって、作品として面白くないかというと、そこはシェイクスピア。人物の心理描写、ストリー仕立て、どんでん返し、美人役者の登場など、飽きさせずに見せてくれます。

 

作品では、高利貸しシャイロックが借金の担保として、保証人アントーニオーの人肉(1ポンド=心臓=命)をかたにとったということで、残忍な人物として扱われています。確かに人肉の担保など行き過ぎていますが、今の社会でも、へたに保証人になったばかりに莫大な保証債務を抱え込み、自分の借金でもないのに自殺に追い込まれたり、一生他人の債務のために貧乏暮しになったり、ほとんど命を奪われるのと同じ(人肉の担保)ことが起きています。借金した当人は行方をくらまし、保証人になったばかりに取り立て屋に追われ、それこそ内臓を売ったりするようになるわけです。

 

「肉1ポンド」というのは、象徴的な言葉ではありますが、保証や担保は経済社会では当たり前のこととしてまかり通っているのです。シャイロックがまっとうな人間といえるかどうかは、それぞれの人の判断になりますが、ある意味「まっとうな商人」であったことは、否定できないわけです。

 

平幹二郎のシャイロックが見たいですね。