FPと文学・エッセイ 〜是れ日々なり〜

ライフプラン、資産設計のほか、文学・社会・芸術・文化など気まぐれに日々、FPがつづるエッセイ。

意識に掛かる「心の錨」(いかり)にとらわれる心理的行動 「投資の行動ファイナンス」(3)賃金格差 

2023-02-23 11:01:18 | シニア&ライフプラン・資産設計
アンカリング(意識の錨掛け)



賃金格差

●大企業との賃金格差は3000~4000万円?
人は定年までにどれだけのお金を稼ぐのでしょうか。そこで統計資料に基づいて調べてみると、大企業と中企業との生涯賃金差はざっと3000万円超、大企業と小企業との差は約4200万円です(厚生労働省「賃金構造基本統計調査」平成29年度資料をもとに作成)。これらの賃金差がどこまで実感できるかは人それぞれです。平均というのは、単に個別をならしたものだからです。

しかし実際には、人の金銭的価値観は統計的な指標にしばしば捉われがちです。上に挙げた大企業、中企業、小企業の「平均」賃金レベルが、意識のどこかで錨(いかり)のように引っ掛かってしまうからです。これは行動経済学でいう「アンカリング」(Anchoring)です。アンカリングというのは「錨を掛ける(係留する)」という意味で、意識の中でその錨を掛けた所で他人と比較してしまうわけです。

大企業・中小企業にかかわらず、会社の社員は、自分と他人との賃金差は個人の持つ「能力・技能差」によるものだという錯覚があります。じつは、「賃金差の50%は、個別の労働者の技能水準によるものではなく、働いている企業次第である」ということを、行動経済学者も述べています。勤労者が転職したときの賃金は、たとえ技能水準が同じ人でも転職先の企業によって異なってくるというのは転職経験者ならおわかりでしょう。

●「心の錨」を取り払うには
これが現実であって、大企業に入れなかった者は生涯どの時点においても企業規模による賃金差は挽回できないことになります。では、個別的なライフプランを考えるにあたって、「平均」という錨を取り払うにはどうしたらいいでしょうか。

1つは、平均的数字は単なる目安として割り切ったうえで、個人のライフプランの現実を正しく認識することです。収入の多い人もいれば少ない人もいる、支出も多い人と少ない人と多様です。そういった現実からスタートするのです。

もう1つは、「逆アンカリング」という考え方です。人の意識に引っ掛かる(係留される)心理は逆にも応用できます。老後設計においては、まず自分の老後に必要な金額をはじき出し、次にその金額を自分自身の意識に自分から錨を掛けることで、常にその目安に向かって行動するようになります。それが自然に心の錨となって、次第に無意識に定着します。


目の前の現金を衝動的に使いたくなる心理的行動  「投資の行動ファイナンス」(2)退職金

2023-02-11 13:18:13 | シニア&ライフプラン・資産設計


メンタルアカウンティング

●ギャンブルで儲けたお金は残らない?
人は、目の前に思いのほかの大金を一度に置かれると、平常心ではいられなくなります。現金でなくても、銀行通帳に「30,000,000」という入金額を見たら、一時的にせよ舞い上がってしまうでしょう。言うなれば、この大金は尋常ではない、どこからか来た「僥倖」の褒美に思えます。

このように、僥倖的に手に入った金銭を「特別な勘定」と意識して行動することを行動経済学では、「メンタルアカウンティング(心の会計)」(Mental Accounting)と呼びます。心の中で、それ用の勘定科目を設定して帳簿記入するわけです。

例えばギャンブルで一儲けしたお金は、毎月の給与とは別収入として心の帳簿に勘定書きされます。ギャンブルでお金を手にした人は、一夜で使い果たして1円も残らないこともありえます。なぜなら、普段手に入らない特別なお金だから使い切ってもいいのだと心情的に錯覚するからです。

高額の退職金を受け取った人は、何かに使わなければもったいない、まだお金を使いきれていない、という強迫観念に迫られるのです。退職金をどう使うか途方に暮れた挙句、振り込まれた銀行の窓口に出向いて勧められるままに全額投資に回してしまいがちです。大金を減らしたくない思いと、どう使っていいかわからない思いからです。

●退職金は「特別な勘定」ではない?
退職金(一時金にせよ年金払いにせよ)は、老後に計画的に支出すべきお金です。計画的な支出ができないのは、心の中にある「特別な勘定」に支配されるからです。もらった分の残高がなくなるまで使い込んでしまいたいという強迫観念を生むお金になっていくわけです。

退職金は、「僥倖的な」お金ではありません。それは勤労の一部の対価が後からまとめて支払われたにすぎません。ローン返済、リフォーム、退職旅行など、一時的な支出に回すほかは、「通常生活費」として計画的に回るべき勘定としておくことが大事になってきます。

年金を今もらうと得するという心理的行動 「投資の行動ファイナンス」(1)年金

2023-02-01 00:12:38 | シニア&ライフプラン・資産設計


■現在バイアス

●年金は早くもらうと得?
代表的な行動経済学の理論の中に「現在(志向)バイアス」(Present Bias)があります。現在バイアスとは、人は将来得られる利得より、現在得られる利得をすぐに欲したがる、というものです。

これに関連して、公的年金の繰上げ・繰下げについて考えたいと思います。現行制度での公的年金は、本来受給が65歳です。65歳より早く受給したい人は、60歳まで前倒しで早くもらうことができます(年金は減額)。これが「繰上げ受給」です。一方、65歳以降75歳まで後ろに倒して遅くもらうこともできます(年金は増額)。これが「繰下げ受給」です。

繰上げの場合、「早く受給する方が得」と思うのは、利得が目前にあればあるほどその効用は大きくなるからです。つまり、60歳でもらえる年金額は65歳でもらうより、本人にとってはるかに満足度が高い(経済的効用が大きい)ものなのです。

●遅くもらうとどうなる?                               
繰下げの場合、最大の問題は、当たり前ですが受給の開始時期まで年金がもらえないことです。65歳でもらえる年金を例えば70歳まで繰下げたら、その期間は無年金になります。そのうえ、繰下げしたときの受給総額が65歳から受給したときの受給総額を上回る(82歳)まで生きられるかというと、自身の寿命の保証は誰もありません。

将来の方が多くもらえるとわかっていても先のことは分からない、だから今もらえるものは今もらう。繰上受給者(受給者全体の34.1%)に比べ繰下げ受給者(同1.4%)の方がはるかに少ないのも、実際の損得や生活の逼迫性は別にしても、現在バイアスと同じ心理からでしょう。

逼迫した生活者にとっては、減額されても目前で手にできるお金の効用は大きい。単に生活費として必要というだけでなく、減額の大きさよりも本人の効用の大きさの方が確実に上回るからです。逆に、将来の増額分が本人の効用(心理的満足度)より下回れば、繰下受給する人はいないでしょう。                                       

現実問題としては、この増額率・減額率の大きさと効用の大きさを冷静に分析して選択することが重要になるかと思います。