永遠に続く都などない。破壊され、灰燼に帰し、何もなくなり、廃墟、そしてまた再生していく。永遠にこれが繰り返される。都は、この繰り返しとなる。「永遠の都」とは、この意味であると作者・加賀乙彦氏は言っています。
この小説の都とは、首都・東京。時代は、敗戦(昭和20年)に至るまでの20年間ほど。老医師(作者の父をモデルにしていると言われている)を中心とした一族親族の物語です。物語の中心は、この医師を取り巻く人間たちですが、じつは主人公が誰というところがありません。主人公は、読む人が肩入れする人間であるということでしょう。
この小説も、長い長い作品で、文庫本で7冊あります(『永遠の都』 新潮文庫)。最初の1巻を読んでから4年くらいたっています。間あいだに、違う本を読んだりしますので、あんまり長い本はどうしても、とびとびに読むことになり、期間が長くかかります。長編病にかかっているようなものなので、最初の1ページを読みだしたら、最後の巻まで読み切らないと気がすまないたちです。だから、長編を読みだすと、気になって気になって(ストーリーがというより、読みかけにしているというそのことが)、仕方ないのです。
加賀氏の書くものは、いたってまじめで本格的で、今の時世においては数少ない本物の作家であると思います。何が本物かは、自分で判断するしかありませんが、ひとつは、世界文学の流れ(系譜)をひも解いていけば、ちゃんとその流れを正当に引き継いでいるのが分かります。
19世紀文学の自然主義的方法、20世紀の大河小説、全体小説の手法、ジョイスとプルーストに代表される意識の流れや内的独白を引き継いだナラティブ(語り)の多様性。さらに著者自身の医師としての専門知識と体験、そしてもっとも大きいのは、著者のみならず日本全体が体験した戦争(ちょうどこの小説は、今の時期8月の原爆投下と敗戦後が重要な背景舞台となっています)。
ストーリーと、語りの手法と、人物のキャラクター設定、どれもこの小説は本物です。戦火にまみれた首都・東京をきちんと描写し、遺しておくという著者の使命感が強く伝わってきます。歴史書やノンフィクションでは描けない真実を遺しておくのは、このような小説の使命であると思います。
とはいえ、この小説は戦争だけをテーマに書いているわけではありません。青春、恋愛、家族、夫婦、不倫、思想、信仰、音楽、文学、芸術、医学、軍隊、政治など、読む人がそれぞれ追体験すればいいわけです。そういう意味で、決められた主人公がいないわけです。好きな人物に好きなように肩入れすればいいのです。言ってみれば、時代が、「永遠の都」が、主人公と言えるかもしれません。
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