FPと文学・エッセイ 〜是れ日々なり〜

ライフプラン、資産設計のほか、文学・社会・芸術・文化など気まぐれに日々、FPがつづるエッセイ。

永遠にはない「永遠の都」 ― 加賀乙彦

2011-08-26 01:17:20 | 文学・絵画・芸術

 

永遠に続く都などない。破壊され、灰燼に帰し、何もなくなり、廃墟、そしてまた再生していく。永遠にこれが繰り返される。都は、この繰り返しとなる。「永遠の都」とは、この意味であると作者・加賀乙彦氏は言っています。

 

この小説の都とは、首都・東京。時代は、敗戦(昭和20)に至るまでの20年間ほど。老医師(作者の父をモデルにしていると言われている)を中心とした一族親族の物語です。物語の中心は、この医師を取り巻く人間たちですが、じつは主人公が誰というところがありません。主人公は、読む人が肩入れする人間であるということでしょう。

 

この小説も、長い長い作品で、文庫本で7冊あります(『永遠の都』 新潮文庫)。最初の1巻を読んでから4年くらいたっています。間あいだに、違う本を読んだりしますので、あんまり長い本はどうしても、とびとびに読むことになり、期間が長くかかります。長編病にかかっているようなものなので、最初の1ページを読みだしたら、最後の巻まで読み切らないと気がすまないたちです。だから、長編を読みだすと、気になって気になって(ストーリーがというより、読みかけにしているというそのことが)、仕方ないのです。

 

加賀氏の書くものは、いたってまじめで本格的で、今の時世においては数少ない本物の作家であると思います。何が本物かは、自分で判断するしかありませんが、ひとつは、世界文学の流れ(系譜)をひも解いていけば、ちゃんとその流れを正当に引き継いでいるのが分かります。

 

19世紀文学の自然主義的方法、20世紀の大河小説、全体小説の手法、ジョイスとプルーストに代表される意識の流れや内的独白を引き継いだナラティブ(語り)の多様性。さらに著者自身の医師としての専門知識と体験、そしてもっとも大きいのは、著者のみならず日本全体が体験した戦争(ちょうどこの小説は、今の時期8月の原爆投下と敗戦後が重要な背景舞台となっています)。

 

ストーリーと、語りの手法と、人物のキャラクター設定、どれもこの小説は本物です。戦火にまみれた首都・東京をきちんと描写し、遺しておくという著者の使命感が強く伝わってきます。歴史書やノンフィクションでは描けない真実を遺しておくのは、このような小説の使命であると思います。

 

とはいえ、この小説は戦争だけをテーマに書いているわけではありません。青春、恋愛、家族、夫婦、不倫、思想、信仰、音楽、文学、芸術、医学、軍隊、政治など、読む人がそれぞれ追体験すればいいわけです。そういう意味で、決められた主人公がいないわけです。好きな人物に好きなように肩入れすればいいのです。言ってみれば、時代が、「永遠の都」が、主人公と言えるかもしれません。

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そこにいる「アイドルを探せ」 ― シルヴィ・ヴァルタン

2011-08-17 19:31:53 | 芸能・映画・文化・スポーツ

小説でも、ある一節、ある言葉、ある事柄、ある感触から、一瞬のうちに忘れかけられていた記憶が意識の底から引き上げられて、かつてその時抱いていた感情が一気に吹き上げてくるということがあります。そしてそのことが、至上の歓びであり、人の生きてきた感情に特別の意味を持ったりします。幼少のことであり、青春の多感な時であり、それは人さまざまです。フランスの作家プルーストは、そのことを長大な小説に書きました(『失われた時を求めて』)。プルーストにとって、記憶と意識の関係は自分の全生涯と同じくらい重大なことだったのです。

 

映画や音楽なら、なおのことそういうことがあるのかもしれません。忘れていた音楽の一節を聴いたことによって、なぜか知らぬ哀切が襲って来たりして、一人感動することがあります。

 

シルヴィ・ヴァルタン Sylvie Vartan)の「アイドルを探せ」―。原題はLa plus belle pour aller danser。意味は、「踊りに行くのに一番の美人」。彼女が20歳の時の大ヒット作で、今も日本のドラマやCMで流れるくらいですから、知っている人が多いでしょう。

 

私はこの曲を何度も聴いたわけではなく、自分で当時レコードを買ったわけではありません。テレビの歌謡番組で1回か2回くらいは聴いた程度でしょう。もしかしたら、友だちの家へ行ってレコードがかかっていたのを聴いたのかもしれません。それが昨日、たまたまちょっとしたショーでシルヴィのこの曲の一節を聴いてしまい、突然こみ上げてくるものがありました。歌も声も、もちろんすばらしい。当時の彼女の美しさも記憶にあります。でも、私が感動したのは、その歌から導かれてきた青春のさまざまな感情だったのでしょう。

 

恋をし、友と語らい、親や兄弟への複雑な思い、未来への見えない不安、友や家族がいても言い知れぬ孤独感 ― 。異性との関わりが、自分という全存在を取り巻いていくような、楽しくもあり、つらくもあり・・・。そうした、もろもろの情感をまとめてくるめて引きずり出すひとつの曲、それが「アイドルを探せ」。ちょうど青春の真ん中にいて、そしてその時、ちょうどシルヴィの歌がそこにいた。僕の青春の真ん中に君がいたように・・・。(偶然にも今日はシルヴィ・ヴァルタンの誕生日です。)

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※あとで記憶をたどったら、「アイドルを探せ」ではなく、同じ大ヒット作「あなたのとりこ」Irrésistiblement (1968年)23歳でした。

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