■ 低収入者は今も「残業代ゼロ」
政府では今、「残業代ゼロ」の法制化(ホワイトカラー・エグゼンプション)の議論があるということです。推進派は、「効率的な働き方ができる」「柔軟な働き方の選択肢をつくる」などと言っています。これに反して反対派は、「長時間労働」を懸念して議論は平行線をたどっていますが、ほぼ法案化される見込みです。
そもそも、この議論をしている人たちは、労働の実態をどれだけ把握しているのでしょうか。推進派は企業の競争力を高めるためだと言っているようですが、何か違う気がします。
大企業の社員で福利厚生が充実し、退職金(企業年金)もそれなりにもらえて、平均より年収も高い人なら、成果重視で労働時間に縛られることなく「残業代ゼロ」でも頑張れるでしょう。それだけ働き方の選択肢も増えるでしょう。というか、実際に高収入の人たちは、今でも人に言われなくたって夜遅くまで仕事をしている人たちで、「時間」で仕事をしているわけではないのです。頑張るだけ頑張って、報酬もそれなりにもらって、あとはしっかり休暇も取れる人たちです。何をいまさら、と思います(というより、本当に残業代をもらっているのでしょうか?)。
ひとたび法として「残業代ゼロ」としてしまうと、それにならって大多数の中堅・中小企業、いや上場企業の社員でもそれほど高給でない社員は、長時間労働を半ば強いられるようになる懸念があります。
現状を言うと、中堅・中小企業でも、「年俸制」(欧米から入ってきた考え方でしょうか)と称して残業代、休日手当なしで社員に働かせているところがあります。そもそも「年俸制」というのは、ある程度の年収以上(平均よりかなり上)で、それなりに仕事に自己の裁量やインセンティブを与えられている人に当てはめる制度です。それを中小企業もまねて、社員に権限のない名目の肩書を与えて「年俸制」を都合よく解釈し、専門的な仕事だと言いくるめて、平均収入に満たない社員に残業代なしの長時間労働で働かざるを得ない状況に追いやっています。朝出勤して夜11時、12時の終電帰り、土日休日もたびたび出勤し、振替休日も取れる余裕もなく、有給休暇も十分取得できない状況です。
そういった会社がどれだけあるか、政府関係者は知っているのでしょうか。いや、そういう労働者まで今回の法を考えているわけではない、大企業の幹部クラスで年収900万円以上(1000万円、1200万円以上という案もある)で、本人の同意を前提にこの「残業代ゼロ」制度を導入したいのだ、と政府では言っています。本人の同意といっても、それを拒否すれば働く条件が悪くなるのがわかっていて同意しない人はいないでしょう。
■ 中小でも、なし崩し的長時間労働化
私は何も、「残業代ゼロ」に何が何でも反対せよと言っているわけではありません。もともと高収入で優秀な社員は時間に拘束された仕事をしていません。自宅に帰っても、休みの日も、年がら年中仕事のことを考えています。それなりのモチベーションとインセンティブがあるからです。しかし、こういう社員は全国でも一握りです。これを法や制度で政府が決めることでしょうか。そんなのは会社と個人で決めればいいことです。ひとたび国が決めたことになると、「そりゃ、いい」と大多数の会社がそれに乗じて、低収入社員の長時間労働が常態化してしまいます。それこそ、うつ病や体調不良の人間が増え、効率的な働き方などできなくなるでしょう。
「働き方の柔軟化」とか、「効率性の良い働き方」を言うのであれば、全国民が安心できる安定収入と休暇、退職年金や福利厚生に与かれるような会社にするのが先決であろうと思います。それを行うのは個々の会社側の努力となりますが、十分に条件が整っていない労働者層までに、法令による「残業代ゼロ」化による低賃金・長時間労働化がなし崩し的に浸透してしまうのが恐ろしいのです。現に、厚労省側が「世界レベルの高度専門職」を対象者に考えているのに対して、民間議員側(経済同友会)では「年収条件をはずし、対象者の範囲を拡大する」案を出しています。これが法案化されてしまうと、低収入で残業代ゼロの人は、最後の砦、提訴による時間外手当の未払分請求の道もなくなってしまいます。
現在も低賃金・長時間労働で休暇も少なく、将来の生活に不安で怯えている人たちがどれだけいるかを考えてもらいたいと思います(無理だろうけど)。もっとも、たいした仕事もしていないし、責任も果たしていない人たちが、だらだら会社に居残り続けて、それでもって残業代や退職金をちゃんと貰えるシステムというのも、これはこれで大問題だと思います。もう一度言いますが、それは会社の経営問題であって、法令化の問題ではありません。