波龍図鍔 (鍔の歴史)

波龍図鍔 南蛮
南蛮としたが、激しく屈曲する身体を波間に見せる構成の、南蛮らしからぬ面白い龍の図である。だが、切羽台の方形、耳の装飾などから、南蛮鐔を意匠に取り入れたものであることが窺いとれる。さて国や流派はどこかと問われても判らない。このような形で、南蛮の手を意匠に取り入れた金工は頗る多いのである。在銘作があって、それを鑑賞して、ああこの工も南蠻を製作していたのかと改めて確認することになる。先に紹介した河治久次の作がその良い例である。鉄地肉彫地透、耳際に金布目象嵌、赤銅覆輪。73ミリ。

波龍図鍔 南蛮
南蛮としたが、激しく屈曲する身体を波間に見せる構成の、南蛮らしからぬ面白い龍の図である。だが、切羽台の方形、耳の装飾などから、南蛮鐔を意匠に取り入れたものであることが窺いとれる。さて国や流派はどこかと問われても判らない。このような形で、南蛮の手を意匠に取り入れた金工は頗る多いのである。在銘作があって、それを鑑賞して、ああこの工も南蠻を製作していたのかと改めて確認することになる。先に紹介した河治久次の作がその良い例である。鉄地肉彫地透、耳際に金布目象嵌、赤銅覆輪。73ミリ。