鍔の歴史 輪違透図鐔 古金工
輪違透図鐔 古金工
素銅地を古拙な魚子地に仕上げ、耳は甲冑師鐔のように縁取りして桶底式に仕立てている。表面には黒漆が施されていたものであろう、その痕跡がある。下の穴は腕抜き緒の穴で後に開けられたもの。他の透かしは輪の組み合わせを意匠している。この種の輪違いは、馬具の噛みなどに見られるような、自在関節に用いられる部品を意匠したものであろうと推測する。これらの背景は、細い花弁のような、天衣のような、あるいは海草のような図案の毛彫。この鐔が装着されていたのは、茎櫃から平造であったことが分かる。縦75ミリであることから打刀であったと推測するが、さて、どのような拵であったものか、頗る興味が掻き立てられる。□
輪違透図鐔 古金工
素銅地を古拙な魚子地に仕上げ、耳は甲冑師鐔のように縁取りして桶底式に仕立てている。表面には黒漆が施されていたものであろう、その痕跡がある。下の穴は腕抜き緒の穴で後に開けられたもの。他の透かしは輪の組み合わせを意匠している。この種の輪違いは、馬具の噛みなどに見られるような、自在関節に用いられる部品を意匠したものであろうと推測する。これらの背景は、細い花弁のような、天衣のような、あるいは海草のような図案の毛彫。この鐔が装着されていたのは、茎櫃から平造であったことが分かる。縦75ミリであることから打刀であったと推測するが、さて、どのような拵であったものか、頗る興味が掻き立てられる。□