◇
午前中で個人の競技は終わった。
個人戦で宣言どおりに優勝したタツヤは、
午後のクラス対抗の大縄跳びも優勝するんだと、
給食の間中うるさいくらい張り切っていた。
競技が始まる。
コウタは足のねんざが治らず、テントの横で座っている。
クラスの集合場所には、いつのものようにKがいない。
かなこはいつものように、Kがいそうな場所に迎えにいく。
中庭の池のまわりか、ブランコの横の砂場、
うさぎ小屋、あじさいが並んでいる校庭の隅。
でも、今日はどこにもいない。
昨日の話が頭をよぎった。
「でも、Kちゃんが知ってるはずないし…」
今日も、そんなことは話題にもならなかった。
タツヤも、今朝はなんにもなかったように張り切っていた。
みんなも昨日のことは忘れているようにみえた。
「気にしてたのは、私だけか…」
かなこはほっとした。
このクラスってやっぱりいいな。
そう思ったとき、友美の声が聞こえた。
「かなー、Kちゃんがいたよ。コウタと一緒」
友美が体育館の方を指差している。
コウタの隣にはいつのまにかKがいた。
陽射しがまぶしい。
「ありがとう。いま行くー」
◇
「先生」
かなこは黙っていられなかった。
みんながかなこを振り返る。
「どうしたの。かなちゃん。」
先生もかなこをみつめる。
「わたし…、Kちゃんにひどいこと言っちゃった」
かなこがそう言ってうつむく。
クラス中に「えーー」という声が広がる。
「かなが?」
友美が振り向く。
あの時と同じだ。
自分が何を言ったのか、自分で驚いている。
また地球が止まる。
友美の声が聞こえる。
「だって、かなはいつもKちゃんの面倒みてたじゃない」
かなこは友美にいう。
「でも、私、あの時、去年のなわとび大会のとき、
Kちゃんにひどいこと言っちゃったの…」
「ええー」
クラスにみんなも意外に感じている。
「おれと間違ってんじゃないの」
タツヤがはぐらかそうとするが、誰ものらない。
八木先生がゆっくりと話しかける。
「かなちゃん、日記にはそんなこと書いてないわよ」
かなこは顔を上げて、先生の目をまっすぐにみつめる。
「Kちゃんは人の悪口なんか言わないから…。
だから書いてないんだと思う。でも、私は……」
「かなちゃん」
先生がやさしくかなこの言葉を止める。
「かなちゃん、なわとび大会のことは書いてあるのよ。
あなたのことも書いてあるわ。いい。読むわね」
先生はいつもの落ち着いた声で日記の続きを読み出した。
かなこは先生の声が大好きだ。
声を聞いているだけで安心する。
先生の声と一緒に、
またかなこの地球がゆっくりと回り始める。
≪11月29日≫
かなこちゃんによんでくれました。
いつも手につないでくれました。
ありがと。うれしかったです。
かなこちゃんによんでくれました。
みんなにそばにいきません。
こうたくんにすわりました。
いっしょにすわりました。
かなこちゃんによんでくれました。
手につなぎませんでした。
ごめんなさい。
うれしかったです。
涙がこぼれた。
机の上に。国語のノートの上に。
私のせいじゃなかった。
みんなのせいじゃなかった。
こうたが一人で座ってたから。
だからKちゃんは動かなかったんだ。
Kちゃんが動かないとき、
いつも私がとなりに座って待っていたように。
Kちゃんも、こうたのそばに座って待っていたんだ。
でもどうしてあの時、
私はいつもと違う声をかけたんだろう。
いつのまにか、先生がかなこの横にいる。
かなこの髪にそっと手を置いて、ハンカチを渡す。
先生の匂いがする。
「先生‥‥、私、Kちゃんに『どうする』って聞いたの」
先生がうなずく。
「いつもなら、一緒に行こうって誘うのに。私、どうするって‥。」
先生がうなずきながら微笑む。
「きっと、Kちゃんの様子がいつもと違ったんじゃないかな。」
先生の指がかなこの頬にふれる。
「迎えにきてくれてうれしい顔ってじゃなくて、
困った顔をしてたんじゃないかな。
そう感じたから、かなちゃんはどうするって、
Kちゃんの気持ちを聞いたんじゃないかしら」
そうかもしれない。
でも、やっぱり‥と、かなこは思う。
Kちゃんがいなかったら優勝できると思ってしまった自分は、
あの時も、そして今も、自分の中にいる。
私はまだ金メダルより大事なものが分からないままなんだ。
「金メダルより大事なもの」
かなこはもう一度、心の中でつぶやいてみる。
今度、ちゃんと先生に聞いてみよう。
Kちゃんがいなかったらって、
そう思ってしまったことを話してみよう。
さっき、先生が頭に手をのせてくれた時、
大丈夫って思えたから。
先生なら、かなこの気持ちを聞いてくれる。
そう思えたから。
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