《くもの糸の謎》(その2)
子どものころ芥川龍之介の「蜘蛛の糸」が嫌いだった。
自分は悪人(悪い子)だという自覚があったからだろう。
お釈迦様のやり方はアンフェアだという感覚があった。
◇
あまりに有名なので、短く話す。
お釈迦様は地獄のカンダタを助けようと蜘蛛の糸をたらす。
カンダタは糸を上りながら、後ろについてくる奴らに言う。
「この糸はおれのだ」
糸は切れる。
◇
大学生のころ、小松左京の「蜘蛛の糸」を読んで、自分の違和感が腑に落ちた。
お釈迦様なら、カンダタがどういう人間であるか分かっているはずだ。
細い糸を上るとき、他の大勢がついきたら不安になる。
そもそも、「おれの糸だ」は間違いではない。
カンダタが蜘蛛を殺さなかったからこそ、お釈迦様も「蜘蛛の糸」を選んだ。
その糸は、確かに「カンダタの糸」だ。
なのに、お釈迦様は糸を切って見捨てた。
国語の授業で、黒板にくもと地獄の絵を描きながら、お釈迦様の悪口を言った記憶がある。
◇
登場人物は二人。
お釈迦様とカンダタ。
役割は二つ。
助ける人と助けられる人。
テーマは、助け方。
こう書けば、いまの仕事や就学相談会の中身につながるのがよく分かる。
◇
ホームでの登場人物は二人。
大人と子ども。
役割は二つ。
助ける人と助けられる人。
テーマは、助け方。
困っているのは子ども。家がない。頼れる人がいない。
◇
就学相談会の登場人物も二人。
大人と子ども。
役割は二つ。
助ける人と助けられる人。
テーマは、助け方。
障害があると普通学級に入れてくれない。
または、普通学級で困っていることがある。
◇
私にとってのくもの糸の教えは、「お釈迦様のような大人にはなるもんか」だった。
自分は安全なところにいて一歩も動かずに、「助けてあげるから、これにつかまって自分で上ってきなさい」という助け方。
それは「助ける」か?
自分は、そんなふうに助けられたいか?
◇
ところが、お釈迦様みたいな「助け方」はするもんか、と思いながら、ホームの子には、「ちゃんとしなよ」とイラつくことがある。
5年前、「出ていけばいいんでしょう」と言って、飛び出していった子がいる。
いま読んでいる本に、次のように書かれているのを読んで、その子の声が聞こえた。
「遺棄されることについて、子供が怒りや罪悪感でいっぱいになっていたり、慢性的におびえていたりしたら、それは経験のせいであり、彼らはそうした感情を親から受け継いだのだ。」
「…子供が遺棄を恐れているときには、…身体的あるいは心理的に遺棄されたから、あるいは、遺棄するぞと繰り返し脅されたから…」
「出て行け」と言ったことはない。
でも、「出て行けばいいんでしょう」と言わせたのは、私の向き合い方だった。
カンダタに「これはおれの糸だ」と、言わせたのは、切れそうな細い糸をだまって下ろしただけで助けてあげる気分になっているお釈迦様だ。
◇
これじゃ、お釈迦様と同じ大人になっちゃったことになる。
こんなふうに助けたかったわけじゃない。
ほんとうは…。
本当はなんだろう?
自分に聞いてみる。
何度も、何度も。
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