私の思いと技術的覚え書き

歴史小説、映画、乗り物系全般、事故の分析好きのエンジニアの放言ブログです。

政治を思う

2011-07-30 | コラム
 いったいこの国に政治は、そして政治家が運営する行政機関たる政府はあるんだろうかと感じます。それぞれ、立派な形は存在します。しかし、その目的とする中身はまったくないというのが実態ではないでしょうか。じゃあ、誰が政治をやっているのか、それは官僚がやっているのであり、または官僚化した思考を持った偽政治家が行っているのだと思います。

 戦後の政治家の頂点たる首相の数々を思いだして見れば、その多くは官僚上がり(経験者)か政治を家業と化した異様な2世政治家ばかりと思われてしまうのです。この中で、唯一との感じられる、本当の政治家は田中角栄氏だけではなかったのでしょうか。

 日本の首相は国民公選制ではありません。国会議員を国民公選し、その中から首相が選ばれているのですが、なんでこの様な官僚化した首相や閣僚が、政府を形成してきたんでしょうか。それは、政治家のほとんどか官僚化した思考を持ってしまっているとしか思えません。

 しかし、官僚を否定している訳ではありません。国の地方の行政を担って行くには、官僚組織は絶対に必要なものです。しかし、官僚に行えることは、自ずと限界があります。それは、今にしか対応できないということでしょう。

 政治家の役割は、この先を思考することであり、平常ない突発的な運命ともいうべきことに対応することだと思います。この様に、政治家と官僚では、その役割が異なっているのも関わらず、総官僚化して政治までを担ってしまっている。高名な。マックス・ヴェーバーという言葉に『最良の官僚は最悪の政治家である』とあります。

 以上に様な様相が醸成されてきた要因を想起する時、ある意味遠慮深く慎ましやかさを美徳とする日本国民ですが、明確な自己主張を持たず、時の空気(流れ、ムード)に流され、どんなにムチャクチャな政治が行われても反旗の狼煙を上げない、村民が思い浮かぶのです。



最新の画像もっと見る

コメントを投稿

ブログ作成者から承認されるまでコメントは反映されません。