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嘱託鑑定事例(吉川鑑定の刑事事件ルポ)

2022-06-14 | 事故と事件
嘱託鑑定事例(吉川鑑定の刑事事件ルポ)
 世には様々な専門分野の学識経験者たる専門家に主に訴訟事案などで、事件当事者が自らの正当性を立証もしくは補強するために、当事者本人とか関わる弁護士を経由して鑑定書もしくは意見書としての提出を求められる場合がある。また、警察など捜査機関や訴訟になってから、被告弁護士から裁判官への要請や、裁判官自らの判断で必用を感じ鑑定人を指定してなされるものを嘱託鑑定と呼んでいる様だ。

 今回紹介するのは、前にも下記の事例で紹介した吉川泰輔氏による鑑定だが、ある地方裁判所からの依頼による嘱託鑑定の案件だ。

1.事件当時の報道と主な事件状況
 2002年12月某日午前、○○市で警察の追跡を受けて逃走していた盗難車が歩行者をひき逃げし、死亡させるという事故を起こした。このクルマはその30分後に警察の検問も突破。危険を感じた警察官が拳銃をクルマへ向けて発砲するという事態にもなった。盗難車を運転していた被疑者(27)の男はその直後、クルマを捨てて逃走していたところを逮捕されている。

 ○○県警の調べによると、一連の事件の発端となったのは某日午前7時10分ごろ、今年10月に○○市内で会社事務所に侵入、現金を奪ったことで指名手配されていた男が使っているとされた盗難車を所轄署のパトカーが発見したことだった。パトカーに気づいた男は猛スピードで市中心部方面に逃走を開始。県警は県内へのパトカーなどの一斉配備を要請した。

 追跡開始から30分後の午前7時40分、市内の交差点付近で男のクルマは渋滞を強引に突破しようとしたが、他のクルマに追突して一旦停止した。ここで追突された車両の運転者(男性48)が車外に出て、おそらく抗議しようとしたのだろうが、被疑者は後方に追跡するパトカーなどが接近を感じ、再度前方に向けて急発進して、被害男性の車両と右側方をすり抜け様と進行した。つまり、被害男性が目の前に立っているのを承知で跳ね飛ばし轢過せしめ、持ってムリヤリ被害車両も押し出して逃走を続けたと云う。クルマにははねられ轢過された男性は病院に収容されたが、およそ2時間後に死亡したという。

 その後警察は市内へ向かおうとした男の進路をパトカーなとで完全に塞いだ結果、クルマはUターンしたが近くにに設置した非常検問所に追い込まれた。しかし、男は進路を塞いだパトカーにクルマを体当たりさせ、強引に進路を作ろうとするなど抵抗を続け、警官1人に向かってクルマを突っ込ませた。この際、危機を感じた警官が「撃つぞ」の予告後に拳銃1発を発砲。クルマの右後部ドアに命中したという。

 男はさらに逃走を続けたが、最後にはクルマを捨てて走って逃走。追いかけてきた警官に取り押さえられ、業務上過失致傷と道路交通法違反などの現行犯で逮捕されている。ひき逃げの被害者が死亡したことから、警察では容疑を業務上過失致死に切り替えたという。その後、○○地裁の公判起訴時の罪名は、殺人傷害事件での審理となった。なお、起訴された男は、暴力団組織の構成員だということだ。

2.鑑定委嘱の経緯(想像)
 本嘱託鑑定は重大刑事事件なので訴訟の裁判官は3名体制の合議事案となる。なお、現在なら、それに加えて裁判員6名が加わる裁判員裁判となる場合も多い。ところで、3名の裁判員の場合、それぞれ格があり、公判で真ん中に座るのが裁判長で、この裁判長から見て右側に座るのが右陪席、左側が左陪席と呼ばれ、右陪席がキャリア10年程度の中堅どころ、左陪席が比較的キャリアが少ない若手の裁判官という序列になっている。ちなみに、判決文の下書きを作成するのは、左陪席の若手と云うことになるが、当然裁判長のチェックも受けての最終決定となるのだろう。

 ところで、本案件が何故吉川鑑定に移植されたかだが、想像だがおそらく、この段階で本事案の案件を検察の立件した殺人罪で裁いていいものか、それとも業過傷を基本とする交通事案として裁いたら良いのかという論議があった様に思える。なお、この前年ぐらいに、業過傷でも危険運転過失致死罪が成立していて、同じ交通事故でも悪質なものとか故意性が強い交通事故では危険運転という選択もあったと思える。何れにせよ、その様な罪状認否の迷いがある中で、それなら鑑定委嘱により、死亡被害者の死亡時の状況を、検察側だけでなく、再確認した上で決めようという流れとなったのだろう。そこで、最若手の左陪席判事が、前任地の東京地裁において、吉川鑑定に触れ合い、そこで交通事故鑑定人としての力量を知ったいたことで、それなら吉川鑑定をとなったのではないだろうか。

3.吉川氏の嘱託鑑定より、その流れをルポする
 裁判所からまず鑑定を委嘱したいとなると、電話にてまず、これこれの内容ですが鑑定お願いできますかという連宅が入る。こういう場合、吉川鑑定では、お話しはだいたい理解できましたが、一件書類(実況見分調書や様々な調書や事故車や事故現場の写真など)を見させてもらった上でないと、受けられるかどうか、つまり検定としての結論を出せるかどうかは判りませんと答えることが多いそうだ。そこで、しばらくすると、ダンボール箱入りの一件書類の写しが送付されてくる。それを見た上で、これなら結論が出せると見極めが付けば、鑑定可能ですと返答するということの様だ。

 なお、正式の嘱託鑑定委嘱となると、これは裁判所の場合に限るのだろうが宣誓の儀式があるそうだ。つまり、この案件は、かなり遠隔地の地裁なのだが、最寄りの東京地裁に出向いて、鑑定人尋問というのを受けて、つまりこれこれの鑑定を嘱託するとの命令を受け、当該鑑定人は宣誓として、「良心に従って誠実に鑑定することを誓います」という言葉を発するセレモニーなのだ。

4.本案件の主鑑定事項
(1)被告人車輌と被害者車輌の衝突部位、衝突角度、衝突時の速度等の衝突状況
(2)被告人車輌と被害者車輌が衝突した後の各車輌の走行状況、あるいは移動状況とその原因。
(3)被告人車輌と被害者車輌の痕跡、道路上の痕跡等から推定される被害者の身体の動き。
(4)その他特段の留意を要請する事項
 ・被害者車輌のリヤーバンパー右後部に、被告人車輌のタイヤ痕及び鏡像文字が印象されるに至った経緯。
 ・被害者車輌の右側ドアーが左側ドアーに比べて開放幅が大きくなった原因及び同ドアーの後端部が約3.5 センチメートル下方にずれた原因。

5.本鑑定の主な要点
 以下、本鑑定で注目した要点図のみ転載させて戴く。

①実況見分調書などより読み取った道路痕跡(スリップ痕)


②第1の衝突状況図


③第2の衝突での相対車角度図(接触図)
 この相対角度でないと、被告車の左前輪部のサイドウォール文字が被害車のリヤバンパー右側面に転写しえない。


④被害者の轢過直前状態図
 被害者は停止後少なくとも3秒以上要してドアを開いてそこに立った。類似者と類似身長者で5回ほど早く遅くと実験した結果の再下限値が3秒として少なくとも停止後3秒を要して轢過されたと結論付けた。なお、轢過するには、第2の衝突推定速度に至るには、発進時から3.5m以上の距離が必要と結論付けた。


6.鑑定の結論
 鑑定結論部のみ転載させて戴く。

【結論】
与えられた事項に関して以下のように鑑定する。
(1)被告人車輌と被害者車輌の衝突部位、衝突角度、衝突時の速度等の衝突状況
(2)被告人車輌と被害者車輌が衝突した後の各車輌の走行状況、あるいは移動状
況とその原因。
①本件第一グループの衝突は、第1追突、「追突後接触」、第2追突の、車輌どうしの追突が順次に惹起されたものである。
 第1追突は停止していた被害者車輌の後部車体右側に、被告人車輌が前部車体左側を衝突させたものであり、これによって被害者車輌の右後輪タイヤは転動不能に陥って惰行前進した。
 第1追突の衝突姿勢(角度)は道路縦軸に平行に停止していた被害者車輌に、被告人車輌は道路縦軸に対して車輌縦軸を20 °程度右に向けて斜め偏心追突の形態で衝突させたものであり、本件道路構造に鑑みると、被告人は本件中央分離帯を乗り越えられると考えたと思料される。
 第1追突の瞬間の被告人車輌は、道路縁石と前部車体右側部を激突させている時期であり、これによって著しく速度変化を起こし、衝突後、遂には停止せざるを得なかったと考えられる。
 第1追突時の被告人車輌の被害者車輌への追突速度は18.3 km/h 程度であり、被害者車輌は13.6 km/h 程度速度変化した。
②第1追突後に停止した被害者車輌から、亡健市氏は右ドアーを開扉して車外に降車して路上に佇立した。被告人は、この両者、つまり停止した被害者車輌と佇立している亡被害者に向けて、停止状態の被告人車輌を急発進させて「追突後接触」を惹起せしめた。
 このとき被告人車輌の右前輪タイヤ型式の鏡像文字を被害者車輌のリヤーバンパー右端部に印象させた。両車輛の衝突姿勢は、道路縦軸に対して10 °程度右に向けて停止していた被害者車輌に、同車の車輌縦軸と20 °程度右に向けて発進した被告人車輌が衝突・接触させたものである。
 力学的に処理すると被告人車輌は21.2 km/h 程度で被害者車輌に衝突させたこと、急発進させたときの被告人車輌の発進地点は、被害者車輌後方の最低3.5mの地点付近であることが分かった。
 ちなみに、冒頭陳述要旨は、被告人車輌は被害者車輌の40 ~ 50 cm 後方から急発進して「追突後接触」を惹起せしめたとするが、自動車の発進性能などに鑑みて妥当と云えるものではないと思料する。
③「追突後接触」によって速度変化した被害者車輌は、無人で惰行して堤車に追突する第2追突が起きた。このときの堤車は道路縦軸に平行に停止していたが、道路縦軸に対して車輌縦軸を20 °程度は左偏向させられた被害者車輌が15.8 km/h 程度の速度で追突したものである。
(3)被告人車輌と被害者車輌の痕跡、道路上の痕跡等から推定される被害者の身体の動き。
 第1追突後、停止した被害者車輌から亡被害者は右ドアーを開扉して降車し路上に佇立した。被害者車輌の停止後、少なくとも3 秒程度は経過した後に、被告人は被告人を急発進させ、「追突後接触」瞬間に、路上に佇立していた亡被害者を被告人車輌のフードに乗り上げさせ、同部に鈍対凹損を生成させ、瞬間的に車輌前方にはね飛ばし、路上に転倒した同氏を車体下部によって轢過して逃走をはじめた。道路上には貯留血痕のほか、被告人車輌の車体下部全体には血痕などが確認されている。
 ちなみに、本件審理では、亡健市氏の走行中降車説が存在するが、自動車事故工学的にみて妥当とは考えられない。

7.終わりに
 本事故については、裁判番号や裁判所も判っているので判決文書をNetで探したが、残念ながら無料で見れる裁判所の記録には未掲載だった。よって、正式な記録罪状や刑事判決の量刑などは不明である。しかし、最低でも危険運転だとして懲役7年以下はないだろう。

【同鑑定人の別事案事例】
交通事故・冤罪事件事件/事故鑑定が刑事事件を無罪に導く
2022-04-27 | 事故と事件
https://blog.goo.ne.jp/wiseman410/e/dc76024083789b1f4655db9339f61642


Seat belt injury という害
2022-05-14 | 事故と事件
https://blog.goo.ne.jp/wiseman410/e/8700cf5d2ffebbbf7173128bb6774973

#刑事事件 #罪名は殺人傷害事件


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