ルポルタージュ・損害調査員 その23【塗装ミスト付着損害】
このリポルタージュシリーズは、損害調査員としてその価値を生み出せた事案を対象としてきたのだが、前回の「その22」に続いて、当の調査員としては忸怩た事案として記してみたい。
この案件は保険会社で呼ぶとことろの「塗装ミスト損害」に類するもので、多くは建築会社などを対象とした生産物賠償保険だとか請負賠償保険など自動車保険では滅多にあり得る損害ではない。もっとも自動車関係でもも、一般の対物や車両保険ではあり得ず、修理工場受託中の自動車管理者賠償保険とか施設賠償保険に類する保険が対象になるのだ。
➀損害発生の経緯
時は「その22」で記した2003年頃の横浜勤務時代のことである。ある自動車整備工場で、車両の下回りの防錆塗装を工場屋内ではなく工場外の敷地内で、車両を傾斜台に斜めに乗り入れ、塗装施工を実施していた。その工場は、工場前を地方道に隣接する立地だったが、たまたま通り掛かった被害車両(ベンツ124/500E)が特に渋滞をしていた訳でなく通り過ぎたところ、車両の前面に飛散塗膜のミストが付着して塗装面がザラザラになったと云う申告であった。
該当工場より改めて聴取したところ、工場前を通り過ぎ、しばらく走行後、何かおかしいと感じて車両から降車し、ボンネットなど塗装面を触れるとザラザラであり、先ほど通り過ぎた整備工場で道路脇で塗装作業を行っていたことを思い当たり、該当工場に戻り、「この状態になったがどうしてくれるんだ」と申し入れられたという。しかし、車両の側面とか一部分なら判らないでもないが、車両のほぼ全パネルや全ガラスに塗装ミストが付くとは不自然とは感じたが、まずは保険会社に相談しようと事故報告を行ったと云うことであった。
②現車の確認
現車の確認は、整備工場というより輸入車販売店という名称に該当するものであった。その当時でもベンツ124シリーズは旧年式ベンツであるが市場人気は高く、特に最高峰の500Eともなれば、その希少性もあり、工学販売がなされている車両であった。
塗装ミストの付着であるから、遠目に見ると損害は一切判らない。塗膜表面を手でなでて、そのざらつき感でブツブツの塗膜ミストが付着していることが判る程度なのだ。
しかし、先にも記した如く、車両の一部部分にミストが付着しているなら判るが、およそ外面パネルのすべて、および全ガラス類にまでミストが付着してしており、モールディング類にも付着しているという状態であった。
この塗装ミストの付着というのは、BP工場において、ちょっと以前のバンパーなどの軟質樹脂を塗装する場合に軟化剤を塗料中に混合するが、この場合指触乾燥までの時間が長くなり、ブース内での塗装を行えば問題がないが、ブース外で周辺の車両を予めカバーリングするなどの養生しておかないと、多大の車両に塗装ミストが付着してその除去作業に多大の手間を要することが知られている。
しかし、整備工場の下回り塗装の施工により、その至近とはいえ、通り過ぎただけで、車両一台を包み込むまでの塗装ミストが付くものだろうかと云うのが、感じた疑問である。しかも、こういう塗装ミストが付いているかどうかは、運転中に判るものではなく、目的地に到着し、洗車などの作業に伴って発覚するのが一般的だと想像するが、工場前を通過後おかしいと感じ、塗装ミストを発見し、該当工場に戻ったという云い分が、腑に落ちない説明と感じた。
該当工場からは、立会時に既に用意されていた見積書の提示を受けるが、予想道理の全塗装、全ガラス脱着、モールやウェザーストリップ類の交換で数百万の損害見積が提示された。
とにかくこの時点では、保険の対象として払えるか払えないかは判断できないことを宣言した上、もし払えるとなっても、塗装ミストは正常な塗膜の上に異物としてのミストが散在して付着しているものであり、トラップ粘土にて除去作業はできるので、全塗装とか全ガラス脱着など、到底認められない損害となることを通告した。
③帰社しての上長との打ち合わせ
該当工場の立会を済ませ、真っ先に上長との打ち合わせを行い、本件事故の極めて不自然なことを説明したのであるが、どうやらこの時既に被害者所有者の妻を名乗る女性から、猛烈な抗議の電話が入っていた様なのだ。ここからは想像となるが、その上長たるK課長は、自分の配下の報告を聞いてことの真実を判断すべきを、被害者意識を振りかざした女性の云い分をかなりの程度認め、しかるべく対応するとの返答をしていた様だ。従って、事故の事実をなるべく感情論を押さえつつ、保険加入工場自身も不自然なことだと思っているし、自己の経験上もあり得ない損害であることを説明するも、顔を歪めつつ「証明できないでしょう」と宣ったのである。
こんなの証明するつもりになれば、該当被害車両の付着塗膜を微量でもサンプリングし、塗装施工工場にて使用の塗料との一致を科学的に同一かどうかの鑑定を行えば良いだろう。
また、該当施工工場の塗装と同じ寸法条件で塗装施工作業を再現し、その前をミスト未付着のテスト車をある程度低速で走行させ、何処まで塗装ミストが付着するかの再現実験をすることも有用だろう。
しかし、私もさまざまな査定部署や本社においても損害調査部の保険会社本体職員と触れ合って来たが、およそここまで査定正義の心を失った職員に出会ったのは初めてのことで、極めて驚愕しつつ、私の心は限りなく沈下して行くのであった。
#思い出すだに悔しい疑義損害
このリポルタージュシリーズは、損害調査員としてその価値を生み出せた事案を対象としてきたのだが、前回の「その22」に続いて、当の調査員としては忸怩た事案として記してみたい。
この案件は保険会社で呼ぶとことろの「塗装ミスト損害」に類するもので、多くは建築会社などを対象とした生産物賠償保険だとか請負賠償保険など自動車保険では滅多にあり得る損害ではない。もっとも自動車関係でもも、一般の対物や車両保険ではあり得ず、修理工場受託中の自動車管理者賠償保険とか施設賠償保険に類する保険が対象になるのだ。
➀損害発生の経緯
時は「その22」で記した2003年頃の横浜勤務時代のことである。ある自動車整備工場で、車両の下回りの防錆塗装を工場屋内ではなく工場外の敷地内で、車両を傾斜台に斜めに乗り入れ、塗装施工を実施していた。その工場は、工場前を地方道に隣接する立地だったが、たまたま通り掛かった被害車両(ベンツ124/500E)が特に渋滞をしていた訳でなく通り過ぎたところ、車両の前面に飛散塗膜のミストが付着して塗装面がザラザラになったと云う申告であった。
該当工場より改めて聴取したところ、工場前を通り過ぎ、しばらく走行後、何かおかしいと感じて車両から降車し、ボンネットなど塗装面を触れるとザラザラであり、先ほど通り過ぎた整備工場で道路脇で塗装作業を行っていたことを思い当たり、該当工場に戻り、「この状態になったがどうしてくれるんだ」と申し入れられたという。しかし、車両の側面とか一部分なら判らないでもないが、車両のほぼ全パネルや全ガラスに塗装ミストが付くとは不自然とは感じたが、まずは保険会社に相談しようと事故報告を行ったと云うことであった。
②現車の確認
現車の確認は、整備工場というより輸入車販売店という名称に該当するものであった。その当時でもベンツ124シリーズは旧年式ベンツであるが市場人気は高く、特に最高峰の500Eともなれば、その希少性もあり、工学販売がなされている車両であった。
塗装ミストの付着であるから、遠目に見ると損害は一切判らない。塗膜表面を手でなでて、そのざらつき感でブツブツの塗膜ミストが付着していることが判る程度なのだ。
しかし、先にも記した如く、車両の一部部分にミストが付着しているなら判るが、およそ外面パネルのすべて、および全ガラス類にまでミストが付着してしており、モールディング類にも付着しているという状態であった。
この塗装ミストの付着というのは、BP工場において、ちょっと以前のバンパーなどの軟質樹脂を塗装する場合に軟化剤を塗料中に混合するが、この場合指触乾燥までの時間が長くなり、ブース内での塗装を行えば問題がないが、ブース外で周辺の車両を予めカバーリングするなどの養生しておかないと、多大の車両に塗装ミストが付着してその除去作業に多大の手間を要することが知られている。
しかし、整備工場の下回り塗装の施工により、その至近とはいえ、通り過ぎただけで、車両一台を包み込むまでの塗装ミストが付くものだろうかと云うのが、感じた疑問である。しかも、こういう塗装ミストが付いているかどうかは、運転中に判るものではなく、目的地に到着し、洗車などの作業に伴って発覚するのが一般的だと想像するが、工場前を通過後おかしいと感じ、塗装ミストを発見し、該当工場に戻ったという云い分が、腑に落ちない説明と感じた。
該当工場からは、立会時に既に用意されていた見積書の提示を受けるが、予想道理の全塗装、全ガラス脱着、モールやウェザーストリップ類の交換で数百万の損害見積が提示された。
とにかくこの時点では、保険の対象として払えるか払えないかは判断できないことを宣言した上、もし払えるとなっても、塗装ミストは正常な塗膜の上に異物としてのミストが散在して付着しているものであり、トラップ粘土にて除去作業はできるので、全塗装とか全ガラス脱着など、到底認められない損害となることを通告した。
③帰社しての上長との打ち合わせ
該当工場の立会を済ませ、真っ先に上長との打ち合わせを行い、本件事故の極めて不自然なことを説明したのであるが、どうやらこの時既に被害者所有者の妻を名乗る女性から、猛烈な抗議の電話が入っていた様なのだ。ここからは想像となるが、その上長たるK課長は、自分の配下の報告を聞いてことの真実を判断すべきを、被害者意識を振りかざした女性の云い分をかなりの程度認め、しかるべく対応するとの返答をしていた様だ。従って、事故の事実をなるべく感情論を押さえつつ、保険加入工場自身も不自然なことだと思っているし、自己の経験上もあり得ない損害であることを説明するも、顔を歪めつつ「証明できないでしょう」と宣ったのである。
こんなの証明するつもりになれば、該当被害車両の付着塗膜を微量でもサンプリングし、塗装施工工場にて使用の塗料との一致を科学的に同一かどうかの鑑定を行えば良いだろう。
また、該当施工工場の塗装と同じ寸法条件で塗装施工作業を再現し、その前をミスト未付着のテスト車をある程度低速で走行させ、何処まで塗装ミストが付着するかの再現実験をすることも有用だろう。
しかし、私もさまざまな査定部署や本社においても損害調査部の保険会社本体職員と触れ合って来たが、およそここまで査定正義の心を失った職員に出会ったのは初めてのことで、極めて驚愕しつつ、私の心は限りなく沈下して行くのであった。
#思い出すだに悔しい疑義損害