私の思いと技術的覚え書き

歴史小説、映画、乗り物系全般、事故の分析好きのエンジニアの放言ブログです。

池袋暴走の1年前にも上級国民暴走事故があった その2

2020-07-08 | 事故と事件
 当ブログ6/24で既報しているが、2年前のヤメ検弁護士の起こしたレクサス暴走事故(下記リンク参照)ですが、事故から2年もしてやっと公判が進んでいる様で、近日週刊文春が4回に渡る特集文をNetに掲載しており、感心深く見ている。この4回の特集文は、長文となるが巻末に転載する。

池袋暴走の1年前にも上級国民暴走事故があった 2020-06-24
https://blog.goo.ne.jp/wiseman410/e/6fdb97bdb42863334c385a1c05784b56




 以下は、文春記事を見ての私見だ。流石元検事だけあることと、なかなか手強い被告人で、被告側の証人として出廷した出川洋(元日産自動車、現独立行政法人リコール技術検証官)の証言に検察は翻弄されていることが判る。この中で、出川が述べている、ドアが開いてる場合、ATレンジが自動でPレンジに戻る安全機構を他メーカー(ベンツ、BMWなど装備を確認)で採用しており、リコールではないが改善すべきと報告したいと述べた言葉は重いと感じる。この機能の件は、愚人自身も、新しいBMW車にて確認している。

 まあ、そうは云っても、EDR記録から終始アクセルペダルを100%踏んでいたことは動かし様もなく、争いがペダルに足が届かなかったという方向に振り回されている様だが、ペダルの踏み間違いは間違いないものと思えるのだが・・・。

以下は週刊文春の4回の特集全文
No1 -------------------------------------------------------------
「レクサス」はなぜ暴走したのか――元特捜検察のエースvs.トヨタ 真っ向から対立する言い分
元特捜検察のエースとトヨタの法廷闘争 #1
村山 治2020/02/18 source : 週刊文春
 トヨタの最高級車レクサスの暴走による死亡事故で、自動車運転死傷処罰法違反(過失運転致死)などで起訴された元東京地検特捜部長の石川達紘弁護士(80)に対する初公判が2月17日午後、東京地裁で開かれた。

 車載の事故記録装置などをもとに「運転操作を誤った」とする検察側に対し、石川側は「車に不具合があり勝手に暴走した。(石川の)過失はなかった」と無罪を主張。石川が無罪となれば、トヨタの技術の粋を凝らしたレクサスに何らかの不具合があったことになり、トヨタのブランドは大きく傷つく。

 かつて「特捜検察のエース」と呼ばれた男と日本ナンバーワンの巨大企業との法廷闘争が始まった。(敬称略)

「被告人に過失はなく、無罪である」公訴事実を全面否認
「天地神明に誓って、アクセルペダルを踏んだことはありません。踏み続けたこともありません」

 17日午後1時半すぎ、東京地裁426号法廷。黒っぽいスーツに水玉のネクタイ姿の石川は起訴状に対する罪状認否で、まず事故で亡くなった被害者の遺族らに「心からお詫び申し上げます」と哀悼の言葉を述べたあと、起訴事実を全面否認した。

「車を停車中、待ち合わせの人が来たのでシートベルトを外し、ドアを開けて右足を外に出したところ、車がゆっくり動き出した。右足はドアに挟まれ、左足も宙に浮いたまま、車は加速して暴走。死ぬと思って気を失った。その後、運転状況を再現する実況見分で、足がブレーキやアクセルに届かないことが判明。(人を待つ間)運転席のシートを後ろにずらし、足がブレーキやアクセルに届かない状態にしていたことを思い出した」などと用意した書面を読み上げた。弁護側も「被告人に過失はなく、無罪である」と主張した。

 一方、検察側は、石川と示談が成立した被害者の遺族の供述調書の要旨告知で、遺族が「厳罰を求めない」との示談条件を受け入れたが、処罰感情がなくなったわけではない、とする調書の内容を紹介した。

 この日は、検察側、被告側双方が冒頭陳述書を朗読。検察側による物証や関係者の供述調書の要旨告知と、事故車に搭載されていた事故記録装置(イベント・データ・レコーダー、EDR)を解析した警視庁交通捜査課交通鑑識係の警察官と、トヨタ自動車の技術担当社員に対する検察側の主尋問が行われた。

 石川は、検事時代、数々の特捜事件の捜査にかかわり、権力犯罪を暴いてきた。ロッキード事件の公判では、証人として法廷に立ったこともある。しかし、被告人席に座るのは初めての経験だ。名前や本籍などを確認する裁判長の人定質問では、答える声も低く、ややかすれたが、罪状認否では、声に力を込めた。

車の暴走距離は約320メートルに及んだ
 検察や石川側の冒頭陳述などによると、事故は以下のように起きた。

 2018年2月18日、検察時代の部下だった弁護士ら4人と千葉県でゴルフをする予定だった石川は、午前7時10分すぎ、メンバーの女性を拾うため、東京都渋谷区内の道路に運転していたレクサスLS500hを停車した。鎌倉の自宅を出るときからブレーキホールド機能を作動させており、車は自動的にブレーキがかかった。

 まもなく女性が現れたため、石川は車の後部トランクへの荷物の搬入を手助けしようと、トランクを開け、シートベルトを外してドアを開けて右足から外に出ようとしたところ、車が動き出した。車はどんどん加速。最終的に100キロを超えた。石川は右足をドアに挟まれた状態で、ハンドルにしがみつき、暴走を止めるため、左手をハンドルから離し、パーキングレバーを操作しようとしたが、うまくいかず、反対車線の右側歩道を超えたところで意識がなくなったという。

 車は、反対側の歩道にいた男性1人をはねて死亡させ、商店に突っ込んで止まった。車の暴走距離は約320メートルに及んだ。

 車は大破し、石川は右足甲を骨折し救急車で港区内の病院に搬送された。けがの形状は右足がドアに挟まれていたことを示した。警視庁が事故車を検証した結果、ブレーキコイルが焼け、部品がすり減っていた。ブレーキがかかった状態で突っ走ったことをうかがわせた。

「安全運転サポート車」による事故
 事故を起こしたレクサスLS500hは、トヨタのレクサスシリーズの最高級車。17年10月にフルモデルチェンジで発売された。ハイブリッド仕様で、アクセサリーをフル装備すると価格は1500万円を超す。石川は、別のタイプのレクサスから乗り換えたばかりだった。

「先進の予防安全技術」がこの車の「売り」だった。政府が交通事故防止対策の一環として普及啓発している「安全運転サポート車」で、自動ブレーキやペダル踏み間違い時の加速抑制装置など安全運転を支援する装置を搭載していた。

 本来は、ペダルの踏み間違いをしても、障害物との距離が縮まると、自動的にブレーキがかかる仕組だが、トヨタがホームページで公開している「トヨタの安全技術」では「衝突回避支援ブレーキ機能作動中にアクセルペダルを踏んだ場合等には、作動を解除する場合があります」とされている。

 石川は事故当時78歳。事故を捜査した警視庁高輪署は、当初から、石川が、車から降りようとした際、誤ってアクセルペダルを踏み込んで自車を急発進させ、その後も、ブレーキと勘違いしてアクセルペダルを踏み続けた、と見立てた。

 事故の一報を伝える報道の多くは、事故の原因について「高輪署は運転操作を誤った可能性があるとみている」と報じた。


車の暴走距離は約320メートルに及んだ
 検察や石川側の冒頭陳述などによると、事故は以下のように起きた。

 2018年2月18日、検察時代の部下だった弁護士ら4人と千葉県でゴルフをする予定だった石川は、午前7時10分すぎ、メンバーの女性を拾うため、東京都渋谷区内の道路に運転していたレクサスLS500hを停車した。鎌倉の自宅を出るときからブレーキホールド機能を作動させており、車は自動的にブレーキがかかった。

 まもなく女性が現れたため、石川は車の後部トランクへの荷物の搬入を手助けしようと、トランクを開け、シートベルトを外してドアを開けて右足から外に出ようとしたところ、車が動き出した。車はどんどん加速。最終的に100キロを超えた。石川は右足をドアに挟まれた状態で、ハンドルにしがみつき、暴走を止めるため、左手をハンドルから離し、パーキングレバーを操作しようとしたが、うまくいかず、反対車線の右側歩道を超えたところで意識がなくなったという。

 車は、反対側の歩道にいた男性1人をはねて死亡させ、商店に突っ込んで止まった。車の暴走距離は約320メートルに及んだ。

 車は大破し、石川は右足甲を骨折し救急車で港区内の病院に搬送された。けがの形状は右足がドアに挟まれていたことを示した。警視庁が事故車を検証した結果、ブレーキコイルが焼け、部品がすり減っていた。ブレーキがかかった状態で突っ走ったことをうかがわせた。

「安全運転サポート車」による事故
 事故を起こしたレクサスLS500hは、トヨタのレクサスシリーズの最高級車。17年10月にフルモデルチェンジで発売された。ハイブリッド仕様で、アクセサリーをフル装備すると価格は1500万円を超す。石川は、別のタイプのレクサスから乗り換えたばかりだった。

「先進の予防安全技術」がこの車の「売り」だった。政府が交通事故防止対策の一環として普及啓発している「安全運転サポート車」で、自動ブレーキやペダル踏み間違い時の加速抑制装置など安全運転を支援する装置を搭載していた。

 本来は、ペダルの踏み間違いをしても、障害物との距離が縮まると、自動的にブレーキがかかる仕組だが、トヨタがホームページで公開している「トヨタの安全技術」では「衝突回避支援ブレーキ機能作動中にアクセルペダルを踏んだ場合等には、作動を解除する場合があります」とされている。

 石川は事故当時78歳。事故を捜査した警視庁高輪署は、当初から、石川が、車から降りようとした際、誤ってアクセルペダルを踏み込んで自車を急発進させ、その後も、ブレーキと勘違いしてアクセルペダルを踏み続けた、と見立てた。

 事故の一報を伝える報道の多くは、事故の原因について「高輪署は運転操作を誤った可能性があるとみている」と報じた。

「アクセルペダルを踏み込んだ記憶がない」
 百戦錬磨の検事であり弁護士であった石川にとっても、今回の事故は衝撃だった。本人は記憶していないが、事故直後、病院に担ぎ込まれた石川は、事故の被害者が死亡したことを知り、「自分が死んだ方がよかった」と周辺に口走ったという。被害者や遺族に申し訳ないことをしたと、落ち込んだ。

 しかし、数日たってだんだん落ち着いてくると、自分の過失は何だったのか、と考えるようになった。事故の記憶は鮮明だった。警察は、アクセルとブレーキの踏み間違いの線で捜査していることはわかったが、石川には、車が発進した際、アクセルペダルを踏んだ記憶がなかった。踏み続けた記憶もなかった。自由な左足は宙に浮いたままだった感覚が残っていた。アクセルペダルを踏んでいないとすれば、車が勝手に動き出したわけで、自分に暴走の責任はないのではないか、と考えた。

 自分がかかわった事故で人が亡くなっている。特捜検事として絶対的な正義の立場で権力犯罪の解明に当たるのとは事情が違うが、自分の体験を法律家として整理すると、運転操作を誤ったとして罪に問われる理不尽さを容認できなかった。

 警視庁は、元検事の大物弁護士の事件とあって交通捜査課が捜査に当たった。石川と死亡男性の遺族の間で慰謝料を支払う示談が成立。石川が重傷を負ったこともあって在宅のまま捜査が続いた。

 石川は捜査員に「アクセルペダルを踏み込んだ記憶がない」と伝えたが、警視庁側は、「衝突4.6秒前から衝突時まで、アクセル開度が常に100%を記録している」とする事故車のEDRの解析記録を石川に示し、それが、石川がアクセルペダルを強く踏み続けた証拠だと説明した。

 石川は、事故車の座席位置で足がアクセルペダルに届くのか、事故車と同じ状態にした同型車を使って運転状況の再現実況見分を行うよう警視庁に求めたが、警視庁は応じなかった。警視庁側は、石川の記憶にもとづく証言より、自動車メーカーが製造した機械装置の方を信用した。

 石川は、警察では埒が明かないと考えた。警視庁が求める「自由になる左足でアクセルペダルを踏んだ記憶はまったくないが、踏んだかもしれない」との供述調書の作成に応じ、警視庁は、18年12月21日、東京地検に事件を送致した。以後、検察が捜査の主体となった。

どうやってもアクセルペダルにもブレーキペダルにも届かなかった
 石川は改めて東京地検に、事故車を運転していた状況を再現する実況見分を求めた。地検は、要請に応じ、警視庁を指揮して翌19年1月24日、東京都交通局都営バス品川自動車営業所港南支所で実況見分を実施した。

 警視庁の捜査員は、事故車と同型のレクサスLS500hを用意。運転席の座席の位置を、警察で保管している事故車両の座席と同じ位置に調整。事故車の座席にあったのと同程度の厚さの座布団も用意したうえ、石川を座らせた。

 石川によると、右足をドアに挟んだ状態で、両手でハンドルを握ることは可能だったが、左足はどうやってもアクセルペダルにもブレーキペダルにも届かなかったという。

「事故車の座席位置に座った瞬間、事故前に座席を後ろに下げ少し背もたれも倒していたことを思い出した。前傾して運転する癖があり、停車して時間があると、いつも、リラックスするためにそうしていた」と石川はいう。

 警視庁側は、この事態を予期しておらず、あわてたようだ。石川の右足をドアにはさみ、前のめりになった姿勢にしたり、事故時に履いていた靴を改めて装着させたりしたが、それでも届かなかった、と石川は振り返る。警視庁側は、足の届かない場面を含めて写真を撮影したという。

 事実が固まったとして石川が帰ろうとしたところ、捜査員が100メートルほど追いかけてきて、再度、石川は車に乗せられ、今度は普通の座席位置で写真を撮った。当然、左足はアクセルペダルに届いた。#2へ続く

No2 -------------------------------------------------------------
レクサス暴走致死事件 元特捜検事が「左足でアクセルを踏み続けることは可能だったか」
2/18(火) 6:00配信 文春オンライン
元特捜検察のエースとトヨタの法廷闘争 #2
 運転操作を誤ったのか、車が勝手に暴走したのか――。トヨタの最高級車レクサスの暴走による死亡事故。自動車運転死傷処罰法違反(過失運転致死)などで起訴された元東京地検特捜部長の石川達紘弁護士(80)に対する初公判が2月17日午後、東京地裁で開かれた。

 かつて「特捜検察のエース」と呼ばれた男とトヨタとの法廷闘争は、意外な展開を見せる。( #1 より続く。敬称略)
◆◆◆
 石川は「左足がアクセルペダルに届かない以上、自身は暴走に関係はなく、車に何らかの機械的、電子的な不具合があって暴走した」と確信した。モヤモヤしていた霧が晴れた。

 ところが、東京地検は、見分後の2月18日に行われた石川に対する取り調べで、石川に通常運転時の座席位置に座ってアクセルペダルに足をかけている見分写真を示したうえ、「事故車には電子的・機械的な異常は認められなかった」として、石川が左足でアクセルペダルを踏んだことが車両暴走の原因であるとの見立てを示した。

 検察側が、警視庁の収集した事故データ解析記録を重視し、石川側の「足が届かなかった」との主張を退ける判断を固めつつある、と受け止めた石川側は、3月4日、東京地検交通部検察官宛に、実況見分時に警視庁が撮影した「足の届いていない」写真が存在することを確認し、もしないなら、事故車についても改めて警察で実況見分するよう求める上申書を提出した。

事故車両と同じ時期に製造・販売されたレクサスのリコール
 石川側が、車に暴走の原因があったのではないか、と考える理由がさらにあった。レクサスのエンジン制御用コンピュータの不具合情報だ。

 事故車と同じLS500タイプのうちハイブリッド仕様でないタイプについてトヨタ自動車は18年12月5日付で、「エンジン制御用コンピュータにおいて、制御プログラムが不適切なため、アイドリングストップ直後の再始動時にエンジンの吸入空気量を正確に算出できないことがある。そのため、エンジン回転が不安定となり、最悪の場合、エンストするおそれがある」として、「全車両、エンジン制御用コンピュータのプログラムを対策仕様に修正する」とのリコールを国土交通省に届け出た。

 約4800台に上る対象車は石川の事故車両と同じ時期に製造、販売されていた。

「何らかの異常が発生する可能性を否定することはできない」
 石川側は、自動車工学の専門家から「仮に、『吸入空気量を正確に判断できない』の中に、過大に算出した空気量をエンジンに吸入させてしまうことも含まれるとすると、車が暴走するおそれもあるということになる」との証言を得たとし、「同タイプのエンジン制御用コンピュータで異常が生じたのだから、事故車両のエンジン制御用コンピュータにも何らかの異常が発生する可能性を否定することはできない」と指摘する。

 さらに、トヨタは16年12月16日付で、レクサスNX200t、NX300hタイプの計約3万7000台について「ブレーキ制御コンピュータにおいて、制御ソフトが不適切なため、ブレーキホールド状態から駐車ブレーキ作動状態に切替えできないことがある。このため、ブレーキホールドで停車中、シートベルトを外す等の操作をすると意図せず車両が動き出すおそれがある」として「全車両、制御ソフトを修正する」とのリコールを国交省に届け出ていた。タイプやグレードは違うが、これは、石川の事故の状況と酷似しているように見える。石川側は、これらの事実についても上申書に盛り込んだ。

供述や状況証拠よりも優先された電子データ
 しかし、東京地検は、石川側の上申書に応えることなく、3月22日、石川を過失運転致死と過失建造物損壊の罪で起訴した。起訴後に記者会見した東京地検交通部幹部は、「320メートルの暴走は長いが、なぜ止まれなかったのか」との記者団の質問に対し、「なぜ暴走(した)かはお答えできない。その間、アクセルペダルを踏み続けたということ。なぜと思うかもしれないが、事実として踏み続けたということ。最終的に店舗に突っ込んだ。そこに向かって進行していった」と語った。

 検察幹部は筆者の取材に対し、「左足は、(アクセルペダルに)およそ届かないわけではないし、アクセルペダルの裏側に強く踏み込んだためについたとみられる痕跡がある。問題は踏んだから発進したのか(どうか)だけ。どこかでは踏んでいるのではないか」と話した。

 検察も、警察と同様、大先輩の石川の記憶にもとづく供述や状況証拠より、事故車に搭載されたEDRなどの電子データを信用した。

左足でアクセルペダルを踏み込むことは可能だったのか
 石川の右足がドアに挟まれて使えなかった点は双方とも認めている。公判の争点は単純明快。石川が、左足でアクセルペダルを踏み込むことは可能だったのかどうか、だけだ。

 弁護側は、公判前整理手続きで、石川が事故車と同じ座席位置に座り、左足でアクセルペダルを踏み込めるかの実況見分を裁判所が行うよう求めたが、検察側が反対。裁判所は、弁護側、検察側双方が、それぞれ独自に運転状況の実況見分をした記録を提出させ、ともに証拠採用することを決めた。石川は改めて、事故車と同型車に座り、検察側も、石川と背格好の似た人に座らせたという。

 17日の初公判で、検察側は「本件車両は、センサー及びコンピュータ内部の制御CPUなどに異常が出た場合、燃料や電気の供給が遮断・抑制されるよう設計されており、車両の構造上、制御CPUなどの異常によりエンジンやモーターの回転数が異常に上昇する(暴走する)ことはない」と主張。

 これに対し、石川側は、検察側が強く踏み続けた証拠とする「衝突4.6秒前からアクセル開度はずっと100だった」とのデータについて、「衝突1.数秒前に失神した。筋肉は弛緩しその後も踏み続けられるわけがない」と反論した。

特捜エースの波乱万丈な検事人生
 石川の検事人生は、波乱万丈だった。中央大卒。1963年司法試験に合格し65年検事任官。76年のロッキード事件で全日空副社長の取調べを担当し、頭角を現した。

 特捜部長時代の90年には、バブル崩壊後の大型経済事件の走りとなる仕手グループ「光進」による相場操縦事件を摘発。同グループ代表の仕手戦に便乗して株取引で儲けた稲村利幸元衆院議員の脱税事件、代表への住友銀行行員らの浮き貸し事件などを摘発した。

 金丸信元自民党副総裁の5億円闇献金事件の罰金処理が「甘すぎる」と特捜部に批判が集中した93年、最高検検事だった石川は、旧知の国税幹部が持ち込んだ金丸の蓄財資料をもとに脱税で捜査するよう最高検首脳を説得。特捜部の金丸逮捕を演出した。

 不良債権処理をめぐる大蔵省(現財務省)の金融失政に批判が集まっていた97年に東京地検検事正に就任。盟友の大蔵・国税当局幹部と特捜現場の板挟みになりながら、金融機関の接待漬けになっていた大蔵官僚を収賄容疑で摘発する捜査を指揮した。だが石川は、この大蔵汚職の捜査方針をめぐり、法務省幹部らと対立。99年4月、事実上、中央から追放される形で福岡高検検事長に転出。2001年11月、名古屋高検検事長で退官。その後、弁護士を開業した。

トヨタと検察・警察の密接な関係
 一方、レクサスを製造販売するトヨタ自動車は、2019年3月期の連結売上高が30兆2256億円に上る日本最大の企業だ。財界の総本山といわれる日本経団連(旧経団連)の会長に、豊田章一郎、奥田碩の2人の経営トップを送り込んでいる名実ともに日本一の大企業だ。石川が特捜検事として名を馳せたといっても、政官財を含む日本社会でのトヨタ自動車の存在感とは比べようがない。

 2019年11月に公表された政治資金収支報告書によると、政権与党の自民党への企業献金も日本ではトップの6440万円。検察や警察とも深い関係がある。元検事総長の安原美穂弁護士が1986年、社外監査役についたのを皮切りに、97年岡村泰孝、2007年松尾邦弘、2015年小津博司と、いずれも検事総長経験者でつないできた。トヨタ自動車の社外監査役は、元検事総長の指定席になっているといっていい。検事総長は検察のトップ。OBになっても後輩検事たちに一定の影響力を持っている。

 一方の警察。全国の警察が使うパトカーの大半はトヨタ製というのは周知の事実だ。トヨタ自動車の顧問には18年9月に警視総監を退官した吉田尚正も名を連ねる。吉田は、石川の事故の捜査を指揮した警視総監だ。

トヨタの見解は……
 事故を起こしたレクサスLS500hには、自動車メーカー、IT企業が開発にしのぎを削る自動運転につながるコンピュータ制御技術の粋がこらされている、とされる。事故の原因が、石川側が主張するような「車の不具合による暴走」だとすると、トヨタの看板車であるレクサスのブランドやトヨタの技術に対する信用が大きく傷つく可能性もある。公判の行方が注目される。

 筆者はトヨタ自動車に、石川側の主張に対するコメントを求めたが、トヨタ自動車広報部は「裁判中の案件のため取材をお受けしたり、コメントできる立場にございません」と回答した。吉田元警視総監の顧問就任については「顧問全般の人事について公表しておらず、経緯なども回答を容赦いただければ」と回答した。
村山 治/週刊文春

No3 -------------------------------------------------------------
高級車レクサスが暴走し1人死亡……リコール調査の専門家は「ブレーキの不具合で暴走」と証言した
7/7(火) 6:00配信 文春オンライン
レクサス暴走致死事件 元特捜検事が「左足でアクセルを踏み続けることは可能だったか」 から続く
 トヨタの最高級車レクサスの暴走による死亡事故で、過失運転致死罪などで起訴された元東京地検特捜部長の石川達紘弁護士(81)に対する第4回公判が6月30日、東京地裁で開かれた。

 国土交通省所管の独立行政法人で自動車事故などの技術的検証を担当した専門家が被告側証人として出廷。ドライブレコーダーなどの詳細なデータ解析をもとに「ブレーキシステムの不具合で車が勝手に発進、暴走した可能性がある」と証言した。「車に不具合はなく石川のアクセル踏み間違いが原因」としてきた検察側の主張が揺らいだ形で、検察側は、専門家による反論の意見書を提出すると表明した。( #1 、 #2 より続く。敬称略)

◆◆◆
 事故と裁判の争点を簡単に整理しておこう。

 石川は2018年2月18日午前7時10分すぎ、東京都渋谷区内の道路にレクサスLS500hを停車。シートを後ろにずらして休憩しゴルフ仲間が来るのを待った。石川は約7分、その場で停車していたとされる。

 シフトポジションはD(ドライブ)レンジだったが、レクサスLS500hは、フットブレーキを踏んで車が停止した場合、Dレンジに入れたままでフットブレーキから足を離してもフットブレーキが作動したまま停車状態を保持できる「ブレーキホールド機能」を採用しており、石川はこのブレーキホールド機能を作動させていたとしている。

 ブレーキホールド機能を作動させておくと、車を停止した状態が3分続くと自動的にブレーキホールド機能が解除されて電動パーキングブレーキに移行する。いずれにしろ、ドライバーが運転席を離れても車は動かない。

 まもなく仲間がゴルフバッグを持って現れたため、石川は車の後部トランクへの荷物の搬入を手助けしようと、トランクを開け、シートベルトを外してドアを開けて右足から外に出ようとしたところ、車が動き出した。

 車は石川の右足をドアに挟んだままどんどん加速。最終的に100キロを超え、約320メートル走って反対側の歩道にいた男性をはねて死亡させ、商店に突っ込んで止まった。石川も重傷を負った。パーキングブレーキのブレーキシューが焼け焦げており、パーキングブレーキがかかった状態で突っ走ったことをうかがわせた。

「足が届いたか」が最大の争点
 公判の最大の争点は、右足がドアに挟まれて使えなかった石川が、左足でアクセルペダルを踏んだかどうか、だった。

 石川側は、左足でアクセルペダルを踏んだ事実はなく、何らかの原因でパーキングブレーキが外れ、車はクリープ現象(シフトをドライブに入れるとアクセルペダルに触れなくても車がゆっくりと動き出す現象)で動き出し、途中でまた何らかの原因でブレーキがかかったが、車はそのまま暴走したと主張。

 これに対し、検察側は、「本件車両は、センサー及びコンピュータ内部の制御CPUなどに異常が出た場合、燃料や電気の供給が遮断・抑制されるよう設計されており、車両の構造上、制御CPUなどの異常によりエンジンやモーターの回転数が異常に上昇する(暴走する)ことはない」とし、警視庁交通捜査課交通鑑識係警部補の寛隆司が作成した「鑑定書」をもとに、石川が右足から降車しようとして誤って左足でアクセルペダルを踏み込んだため、車が急発進した、と主張。アクセルペダル裏にあった圧痕も、石川がアクセルペダルを全開に踏み込んだ状態で衝突したことを裏付ける、とした。

石川弁護士の証人として出廷した「リコール調査の専門家」
 この日、石川側証人として出廷したのは、元独立行政法人「交通安全環境研究所」(現独立行政法人自動車技術総合機構)リコール技術検証部リコール技術検証官(みなし公務員)の出川洋。

 1972年横浜国大工学部機械工学科卒。同年日産自動車に入社。エンジン開発、制動プログラム開発に携わった。その後、排ガス規制強化もあって、車はコンピュータやセンサーの塊となった。そのため「意図しない加速」、つまり、車に原因のある暴走が多発するようになったことを受け、その問題の専門家になった。日産退職後の2011年にリコール技術検証官。16年に退職するまで約50件の調査に携わった。現在は技術コンサルタントを営む。

 自動車技術総合機構のホームページでは、リコール技術検証部と検証官の仕事を以下のように紹介している。

「不具合の発生状況を多角的に分析してその原因を探り(略)国内で発生する交通事故や車両火災の中で、車両不具合が疑われるときは(略)必要な検証実験を行い(略)分析調査や検証実験の結果を総合的に検証して不具合の原因を国土交通省に報告」

 まさに、今回の暴走事故の原因に民間ベースで肉薄するには、ぴったりの専門家だった。

「ブレーキの不具合で暴走」と指摘
 出川は、石川側の依頼で、警視庁の「鑑定書」や車載のドライブレコーダーやEDR(イベント・データ・レコーダー、事故車に搭載されていた事故記録装置)のデータをもとに事故の状況を解析。その結果、事故車は、ブレーキ制御コンピュータなど電動パーキングブレーキの不具合で、ブレーキが解除され、または制動力が弱まり、クリープ現象で発進。その後、急加速し途中でパーキングブレーキがかかったが、そのまま暴走した、との結論に至った、と証言した。

 石川の「アクセルペダルを踏んだことはありません。踏み続けたこともありません」との公判陳述を裏付けるものだった。

 出川は、事故車の発進時のドライブレコーダーが記録した車速、加速度を詳細に分析。物理法則に従ってGPS信号によるドライブレコーダーの表示データ自体の誤差を修正した。その結果、鑑定書が急発進の根拠とした加速度表示「0・21G」は「0・1126G」になった。これは、クリープ現象で発進したときの加速度に相当する、とし、警視庁の鑑定書は不正確で信用できないと指摘した。

 そのうえで、クリープ現象のような発進が起きたのは、パーキングブレーキの不具合でブレーキが解除されたか、ブレーキの制動力が弱くなったためで、その原因としては、パーキングブレーキシステムの設計ミスが疑われる、と証言。

 トヨタが、同社のレクサスNX200tなどについて、ブレーキホールドで停車中にシートベルトを外すなどすると意図せず動き出すことがあるとして「ブレーキ制御コンピュータの制御ソフトが不適切だった」と2016年12月にリコールした事実に言及。タイプやグレードは異なるが、事故車も同じメーカーのブレーキ制御コンピュータを使っている、と指摘した。

「もし前職にいれば、改善すべきと報告する」
 さらに、出川は「安全にかかわる車のシステムに不具合があるかどうかの問題軸でとらえると」と断ったうえで、事故車が「ドアが開いた状態で発進したのは不具合といえる」と証言。外資系メーカーなど4社の社名をあげ、「シフトポジションがDレンジで停止しているとき、ドアを開けると自動的にシフトがパーキングに切り替わる仕組みを(それらの社は)2014年には採用した。事故は2018年2月に起きた。(トヨタは)著しく遅れている。もし前職にいれば、保安基準対象ではないのでリコールではないが、改善すべきだと国交省に報告する」と述べた。

 第3回公判に検察側証人として出廷したトヨタ自動車お客様関連部主査の吉田一美は、レクサスLS500hがその機能を採用していないことについて「車両を後退するときにドアを開けて直接目視をされるという使い方をされることもあるので」と証言している。

 警察の調査は、事故車のブレーキシステムの「設計ミス」などの観点での調査が不十分で、事故原因は特定されていない、と批判。EDRで衝突前のアクセル開度が100%だった場合、原因はアクセルの踏み込みだと決めつけてほかの調査を怠る傾向があるとし、EDRに頼ることが警察の事故捜査を不十分にしている、とも指摘した。

検察は「専門家の反論意見書を裁判所に提出する」と表明
 検察側は、出川の証言の信用性や信ぴょう性について揺さぶりをかけるべく、検証官時代の調査内容について証言を求めたが、出川は「守秘義務」を理由に開示を拒んだ。さらにドライブレコーダーの加速度データについての出川の読み方に問題があるのではないか、と揺さぶりをかけたが、出川は動じなかった。

 パーキングブレーキがかかったままの暴走だったことを示すブレーキシューの焼け焦げについて検事が見解をただすと、「現因は、調査していないのでわからないが、クリープで発進したあと、再度、パーキングがかかった。設計ミス、プログラムミスの可能性がある」と答えた。

 検察側は攻めあぐね、結局、「もし、石川がアクセルペダルを踏んだとしても、同じようなことは起きる」という出川の証言を引き出すのにとどまった。

 検察側は8月末までに、ドライブレコーダーやEDRのデータをもとにした警視庁の鑑定書を補強する専門家の意見書を裁判所に提出すると表明した。

「そうですか、じゃないですよ」元特捜エースの追及……レクサス暴走は“システム不具合”か“踏み間違い”か へ続く


No4 -------------------------------------------------------------
「そうですか、じゃないですよ」元特捜エースの追及……レクサス暴走は“システム不具合”か“踏み間違い”か
元特捜検察のエースとトヨタの法廷闘争 #4
村山 治5時間前
source : 週刊文春
 トヨタの最高級車レクサスの暴走による死亡事故で、過失運転致死罪などで起訴された元東京地検特捜部長の石川達紘弁護士(81)に対する第4回公判が6月30日、東京地裁で開かれた。

 国土交通省所管の独立行政法人で自動車事故などの技術的検証を担当した専門家が被告側証人として出廷。ドライブレコーダーなどの詳細なデータ解析をもとに「ブレーキシステムの不具合で車が勝手に発進、暴走した可能性がある」と証言した。「車に不具合はなく石川のアクセル踏み間違いが原因」としてきた検察側の主張が揺らいだ形で、検察側は、専門家による反論の意見書を提出すると表明した。(#1、#2、#3より続く。敬称略)
◆◆◆
左足がアクセルペダルに届いたかどうか、が最大のポイント
 出川証言は、石川の左足がアクセルペダルを踏み込んでいないのに、事故車がブレーキシステムの不具合で勝手に暴走した可能性を示した。ただ、一定の説得力はあっても、あくまで“可能性”である。それを事実として科学的に立証するのは極めて難しいと思われる。結局、裁判は、石川が左足でアクセルペダルを踏み込めたのかどうか、が最大のポイントになる。

 事故後、「アクセルペダルを踏んだ記憶がない」と鬱々とした日々を送っていた石川が「踏んでいない」と確信したのは、19年1月24日、東京都交通局都営バス品川自動車営業所港南支所で行われた検察、警察による実況見分だ。捜査側は、ドライブレコーダーやEDRの解析で石川の踏み間違い事故と確信しており、石川の要求になかなか応じなかったが、検察上層部の一声で実現した。

 事故車と同型のレクサスLS500hの運転席の座席の位置を、警察で保管している事故車両と同じ位置に調整。石川を座らせていろんな角度から写真撮影した。

 石川によると、右足をドアに挟んだ状態で、両手でハンドルを握ることは可能だったが、左足はどうやってもアクセルペダルにもブレーキペダルにも届かなかった。事故前にシートを後方にずらして休憩していたのを思い出した石川は、得心がいった。

 警視庁側は、この事態を予期しておらず、石川の右足をドアにはさみ、前のめりになった姿勢にしたり、事故時に履いていた靴を改めて装着させたりしたが、それでも届かなかった、という。 

 警視庁はその後の19年2月8日、事故現場で事故車と同型の車を用意。防犯カメラなどの映像をもとにシート位置を事故時と同様にセット。石川と身長、体重が同じ警官を、右足をドア枠に置いた状態で運転席に座らせたところ、左足でアクセルペダルを踏むことができた、とする見分結果をまとめた。検察はこの見分資料を石川に示し石川を起訴した。

 石川側は1月24日の実況見分で撮影した写真を判断資料にするよう検察に求めたが、警視庁は提出に応じなかったという。そのため、石川側は、改めて1月24日の見分と同様の再現見分を行い、その写真とビデオを裁判所に提出した。

「なぜ、完全に踏み込んだ写真を撮らなかったのか」
「鑑定書」を作成した警視庁交通捜査課の寛は、1月24日と2月8日の両方の見分に立ち会っていた。第2回公判(2月18日)で、検察側証人の寛を石川側は攻め立てた。

 石川の弁護人の松井巖は19年2月8日の見分で、石川とは別の仮想運転者(警官)を使った再現見分について質問した。警官は161センチ、61キロの石川と同体格だとされる。

松井「足の長さを計測していませんね」

鑑定書作成警官「はい」

松井「足の長い人、短い人というのは、個性があるんじゃないですか、一般的に」

鑑定書作成警官「一般的に、はい。多少」

松井「左足でアクセルペダルを踏むことができるかどうかというのは、やはり、そこで、本件にとってはとても重要なことなので、測って同じ条件でやるべきだったんじゃないでしょうか」

鑑定書作成警官「理想を言えば、そうです。はい」

松井「今回は、理想通りには、いっていないということですね」

鑑定書作成警官「常識の範囲内でやっています」

松井「あなたにとっては、それが常識なんですか」

鑑定書作成警官「はい」

 松井は苛立つ。左足がアクセルペダルに「届いた」とする写真について「とてもアクセルを底まで踏み込んでいるように見えない。あなたにはそう見えるのか」と質問した。

 元福岡高検検事長だが、捜査経験も豊富。大柄で貫録がある。

鑑定書作成警官「写真ではなくて、私は肉眼で、目視で踏まれているのを確認していますので、先生がおっしゃっているのは写真の撮れ具合で。実際には、これはちゃんと踏めています」

松井「私の目には、左足がアクセルペダルに触るか触らないか分からないようにしか見えない」

鑑定書作成警官「踏んでいると見えます」

鑑定書作成警官「あなたの目じゃなくて、はっきりとわかる形の写真、ないしビデオを証拠化してここに付けるべきだったのでは」

 後輩の立ち合い検事が「異議。誤導だ」と指摘したが、松井は引かなかった。

松井「一番重要な写真を撮っていないのか、いたか、それをどうして添付していなかったかということですので、何ら誤導ではない」

 そして重ねて寛に聞いた。

松井「なぜ、完全に踏み込んだ写真を撮らなかったのか」

鑑定書作成警官「その写真がそうなんですとしか申し上げられない」

 仮想運転者がハンドルを握ってアクセルを踏み込む全身写真もなかった。

「その写真が、全然出てこないのはどうしてですか」
 続いて、被告人の石川本人が尋問に立った。現役時代は「カミソリ達紘」と恐れられた元特捜のエースである。

石川「1月24日の再現実験。検事の指揮の下でやったんじゃないですか」

鑑定書作成警官「そうですか」

 少し気が高ぶったか、石川の声はかすれ気味だ。

石川「そうですか、じゃないですよ」

鑑定書作成警官「私は計測員でその日は行ったので」

石川「あなたは、私の目の前で事故車の座席の位置を測定してきて、曲尺(かねじゃく)で私の目の前で示されましたね」

鑑定書作成警官「私が計測しました」

石川「あなたが計測したあと、あなたが私にこの座席に乗ってくださいと指示されましたね」

鑑定書作成警官「はい」

石川「座った後に足はどうなってましたか」

鑑定書作成警官「足は届かないということで」

石川「あなたは、その場で目で見ているでしょう」

 立ち合い検事がここで遠慮がちに異議を唱える。

検事「言い合いの様相。必要であれば、弁護人からお尋ねいただくか」

 裁判長も「冷静に」と諭すが、石川の追及は続く。80歳(当時)とは思えない迫力だ。

石川「それで、あなた、背後にカメラマンがいて、右背後から私の足の写真を撮ったのは見ておられますね」

鑑定書作成警官「はい、計測しながら」

石川「その写真が、全然出てこないのはどうしてですか」

鑑定書作成警官「わかりません」

石川「だって、実況見分を、調書をあのとき作ったでしょう。そのとき撮った写真が、警察に要求しても全然出てこないんですけれども、どうしてですか」

 検事がたまりかねたように異議を申し立てる。

検事「証拠開示のやり取りを警察官に求めるのは意味がない」

石川「計測していたんじゃなくて、むしろあなたが主体的にこの実況見分をやっているように見えた」

「異議」。検事が苛立つ。「意見を押し付ける尋問になっている」


「別に押し付けているわけじゃない。聞いてるだけです」と石川は言うが、裁判所にたしなめられ尋問を撤回。

石川「あなたの鑑定書には、1月24日に実際に私がその現場にいて、足の長さを見て、どういう状況かをあなたが見ていながら、その内容は鑑定書に盛られなくて、その後の2月8日に改めてあなたが仮想運転者を使ってやったのは、それを鑑定書に書いているのはどうしてですか。私が実際にいたのに、どうして私のことを書かなかったんですか。あの実況見分を」

鑑定書作成警官「それは、記憶に基づく再現で出来上がった資料なので、これを鑑定書の疎明資料として使うことはちょっとできないという判断です」

裁判所は再現見分を行うべきではないか
 この日、証人尋問に先立ち、石川側が事故時の運転状況を再現見分したビデオを裁判所が証拠採用し、法廷で再生した。筆者が記者席から見た限りでは、画面が暗く、撮影角度のせいもあるのか石川の左足とアクセルペダルの距離感はよくわからなかった。先に法廷で証拠調べをした2月8日の仮想運転者による再現見分のビデオも同様だった。裁判官の受け止めも似たようなものではなかろうか。

 石川側は、公判前整理手続きの段階から、裁判所による再現見分を求めてきたが、裁判所は検察の反対を受けて判断を留保し、双方の立証が終わった段階で見分を行うかどうか判断するとしている。そのため、双方が、それぞれの見分記録を証拠請求することになった。

 裁判には二つの基本原則がある。裁判官は、公判で直接取り調べた証拠だけに基づいて事実を認定し判決するという「直接主義」と、公判の手続きは書面ではなく口頭で語られた資料によって行われなければならないとする「口頭主義」だ。

 2009年の裁判員裁判導入後、この「直接主義・口頭主義」の原則に沿った刑事裁判が増えたと指摘されている。裁判員裁判も、それ以外の裁判も、原則は同じである。この石川の裁判でも、裁判所は「直接主義・口頭主義」の原則を守るべきである。公判前に裁判官の目の前で事故当時の石川の運転状況の再現実験をしていれば、「見えた」「見えない」「写真の撮れ具合」などという不毛な応酬はしなくてすんだ。

 今からでも遅くはない。裁判所は再現見分を行うべきではないか。そうすれば裁判官の「左足が届いたかどうか」に対する心証は即座に固まるだろう。そのうえで、検察、被告側双方の主張を勘案して判決を下せばいい。それが裁判の王道ではないか。

 次回公判は7月16日午後1時半。石川に対する被告人質問が行われる。
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