修理費・二重価格の弊害
今回記すことは、もしかすると既存の修理工場の中からは、一部反発を受ける内容かもしれないがあえて記す。
私は、元損保の調査員(アジャスターと呼ばれる)であり、現在でも修理費その他事故調査のアドバイスを業としている中で、修理工場に損保在時代から思って来たところを記して見たい。
それは、修理工場が正当な料金請求する場合において、同一の修理内容において、ユーザーに請求する場合と損保に請求する場合で、明らかに意識して大きな違いを生じさせている、いわゆる二重価格があるのはおかしいだろうということなのだ。つまり、価格表示が請求相手によって異なると云うのは、企業モラルとして良識を疑われるだろうと思うところなのだ。
ただし修理工場も商売とて業務を追行している以上、多頻度利用のユーザーとか、いわゆる元請けがあっての外注先の契約を取り交わした立場での業務にあっては、一定のレス(修理費控除)を行うのは、これは契約の理由があるから理解するところだ。また、ユーザーが知古で、日頃から金がないのを承知しており、人情として種々工夫することで修理費を安くしようとする行為を否定するつもりもない。
また、修理工場の中には、頭から対ユーザーと保険請求とを意識して、対ユーザーなら請求しない(できない)とかそこまでの価格付けをしないものを、保険だから定価の請求なのだと身勝手な自己正当化を理由に、高額な請求(もしくは見積)を行うことはモラルを疑われる行為だろうと思っているのだ。
このことは、修理工場向けの見積講習などで、中には保険請求ならここまで要求できるとか述べている場合があると承知するが、こういう研修講師にはある意味モラルが欠けているのじゃないだろうか。こういう二重価格を続けていると、そのことがユーザーとか世間に知られ、業界の信頼を失うことになると思える。
ところで、昨今産業廃棄物の処理費の問題でさまざまな修理工場と話す機会があったことから記す。
修理工場の多くは保険会社が認めてくれないと苦言を云う訳なのだが、私は一般ユーザーに理解を求めて請求する様にまずしなければいけないだろうと云うのだ。ところが、その様な一般ユーザーに対して請求し説明の上理解を得ることを実蹟しており、その上で損保は認めないというマトモな修理工場が存在するのに対し、一般ユーザーに説明するのがめんどくさい(私に云わせりゃ商売人としての説明責任を放棄している)と云う工場も見られ、一般ユーザーには請求し実態として支払いを受けていないのに損保にだけ支払いを求め不満を訴える姿を見ると、こりゃアカンという思いを持つところなのだ。
なお日整連の整備白書統計などで、自整業の現状が現状が平均年齢50で平均給与が370万とかいうものを知りつつ、どうしてこの業界はこういう実態になってしまったのかを思えるところだ。これは、実態として特に車検整備などの定型作業においては、競合他社の値付けを過剰に意識し、採算を度外視した料金だけの競合をしてしまった結果もあるのかもしれない。
しかし、BP作業というのは、まったく同じ作業はない訳で、車検ほどには競争が激しくないものの、自費修理のユーザーなど、複数社で見積を取り、多くの場合もっとも安価な工場へ入庫する場合があるのだろう。このケースで、一般修理工場で一番美味しいのは、まずディーラーでの無闇に新品部品を取替た高額見積を持って来店し何処まで安くできるかと問うユーザーではないだろうか。しかし、こういうケースはレアなもので、すべての業務がこういう状態で工場運営ができる訳ではない。
最後に、修理費の相場料金というのは、損保が引き下げているかの言説がともすると聞かれるが、そうではないと私は思う。あくまでも個々の工場の請求実蹟により修理料金相場は変化するのだと思える。個々で大事なことは、修理費請求とは商売である以上、原価を意識しないことには話しにならないのは当然だ。しかし、その原価だが正式に自社のレバーレートを算出している工場がどの程度あるのか甚だ疑問だ。
#修理工場の二重価格 #原価を意識しない価格設定
今回記すことは、もしかすると既存の修理工場の中からは、一部反発を受ける内容かもしれないがあえて記す。
私は、元損保の調査員(アジャスターと呼ばれる)であり、現在でも修理費その他事故調査のアドバイスを業としている中で、修理工場に損保在時代から思って来たところを記して見たい。
それは、修理工場が正当な料金請求する場合において、同一の修理内容において、ユーザーに請求する場合と損保に請求する場合で、明らかに意識して大きな違いを生じさせている、いわゆる二重価格があるのはおかしいだろうということなのだ。つまり、価格表示が請求相手によって異なると云うのは、企業モラルとして良識を疑われるだろうと思うところなのだ。
ただし修理工場も商売とて業務を追行している以上、多頻度利用のユーザーとか、いわゆる元請けがあっての外注先の契約を取り交わした立場での業務にあっては、一定のレス(修理費控除)を行うのは、これは契約の理由があるから理解するところだ。また、ユーザーが知古で、日頃から金がないのを承知しており、人情として種々工夫することで修理費を安くしようとする行為を否定するつもりもない。
また、修理工場の中には、頭から対ユーザーと保険請求とを意識して、対ユーザーなら請求しない(できない)とかそこまでの価格付けをしないものを、保険だから定価の請求なのだと身勝手な自己正当化を理由に、高額な請求(もしくは見積)を行うことはモラルを疑われる行為だろうと思っているのだ。
このことは、修理工場向けの見積講習などで、中には保険請求ならここまで要求できるとか述べている場合があると承知するが、こういう研修講師にはある意味モラルが欠けているのじゃないだろうか。こういう二重価格を続けていると、そのことがユーザーとか世間に知られ、業界の信頼を失うことになると思える。
ところで、昨今産業廃棄物の処理費の問題でさまざまな修理工場と話す機会があったことから記す。
修理工場の多くは保険会社が認めてくれないと苦言を云う訳なのだが、私は一般ユーザーに理解を求めて請求する様にまずしなければいけないだろうと云うのだ。ところが、その様な一般ユーザーに対して請求し説明の上理解を得ることを実蹟しており、その上で損保は認めないというマトモな修理工場が存在するのに対し、一般ユーザーに説明するのがめんどくさい(私に云わせりゃ商売人としての説明責任を放棄している)と云う工場も見られ、一般ユーザーには請求し実態として支払いを受けていないのに損保にだけ支払いを求め不満を訴える姿を見ると、こりゃアカンという思いを持つところなのだ。
なお日整連の整備白書統計などで、自整業の現状が現状が平均年齢50で平均給与が370万とかいうものを知りつつ、どうしてこの業界はこういう実態になってしまったのかを思えるところだ。これは、実態として特に車検整備などの定型作業においては、競合他社の値付けを過剰に意識し、採算を度外視した料金だけの競合をしてしまった結果もあるのかもしれない。
しかし、BP作業というのは、まったく同じ作業はない訳で、車検ほどには競争が激しくないものの、自費修理のユーザーなど、複数社で見積を取り、多くの場合もっとも安価な工場へ入庫する場合があるのだろう。このケースで、一般修理工場で一番美味しいのは、まずディーラーでの無闇に新品部品を取替た高額見積を持って来店し何処まで安くできるかと問うユーザーではないだろうか。しかし、こういうケースはレアなもので、すべての業務がこういう状態で工場運営ができる訳ではない。
最後に、修理費の相場料金というのは、損保が引き下げているかの言説がともすると聞かれるが、そうではないと私は思う。あくまでも個々の工場の請求実蹟により修理料金相場は変化するのだと思える。個々で大事なことは、修理費請求とは商売である以上、原価を意識しないことには話しにならないのは当然だ。しかし、その原価だが正式に自社のレバーレートを算出している工場がどの程度あるのか甚だ疑問だ。
#修理工場の二重価格 #原価を意識しない価格設定