相当に傲慢な考え方でもあろうかという意見があることも前提として、私が日頃極めて残念に感じていることとして記してみます。それは、近年の後輩達のレポート(調査報告書)を見る機会があるが、その価値観が年々低下している様にも感じられることなのです。何故、その様に感じられるのかといえば、幾つか思い浮かびますが、次の様な事項が上げられます。
①調査者の存在感が希薄に感じられること。
②見積書の内容が精査されていなく極めて見難い。そして、そこに調査者の思想といったものがまったく感じられないこと。
③特記事項や個別写真にコメントが記されているが、専門家のコメントして見識を疑う様な内容が多すぎること。もっと云えば、どう見ても損傷があり得ない部位に、まったく説得力もなく損傷している等と記されていることも多いのである。
この様な現象が何時頃から生じてきたのか明確ではありませんが、年々その傾向は強まっているとも感じられるのです。何故かと考えた時、これらアジャスター達を指導すべきリーダー達の教育の仕方、もっと云えば彼らの能力不足にあるのだろうと思わざるを得ないのです。そして、もう一つは、各損調社においては、何処であれレポート審査という形で、その品質検査が行われているのですが、この検査という計りが狂っているとしか思えないことなのです。
近年の能力評価主義というのは、総て数値として表し評価しようと云うものですが、そもそもアナログチックなアジャスター業務を、簡単にはデジタルな評価には変換はできやしないという前提を無視し過ぎている様にも感じます。つまり、アジャスター業務とは、なかなか数値化に馴染まないものだとも感じます。そんな中、余りにもミクロな視点での検査項目による評価、口悪く云えば重箱の隅を突つく検査では、決してまともな評価たり得ないのです。しかも、これを是と信じる信念なき現場-リーダー達は日々のOJTにより、その様な審査項目への対応を促す指導を繰り返すのですからたまりません。残念な時代となりましたし、このままでは、アジャスターとしての価値観に未来は暗いと感じざるを得ません。