ルポルタージュ・損害調査員 その14【損保の組織構成と現実】
14回目のルポルタージュとして記したい。今回は損保の企業体制とか社風と云うことを中心に記してみたい。
現在、金融監督庁(旧大蔵省で省庁再編で金融庁と金融監督庁に分割された)管下に入る業種は金融業に区分けされ、具体的には銀行業、証券業、保険業(生保or損保)という担当分野に分かれている。金融監督庁の行政権限は極めて強く、なんからの問題で是正指導などが下命されると、最優先でその問題について改善対応を求められるという点では、旧大蔵省時代から変わってはいない。これは、自動車などは国交省の管轄だが、昨年辺りから急激に認知件数が高まり、全国各地で指定整備工場などの行政処分か下されていることがあるが、これは全国各地にある地方運輸局の許認可権と裏腹にある監査権限による捜査権限と行政処分権であり、最悪は許認可を取り消すことができるというのと同じだ。
ところで、旧大蔵省時代は、各銀行とか損保では、社内にMOF担という担当業務があり、その構成員となると、絶えず大蔵省の担当部局の下級職(課長補佐もしくは課長)クラスと触れ合い接待しご機嫌を取りつつ、さまざま大蔵省の行政方針だとか監査情報を入手する、端的に云えば癒着関係部門があったことは知られている。損保でこのMOF担当が所属する部局が総合開発室(もしくは部)で、ここは社長直轄の先の戦争で云えば大本営作戦部局に相当する組織となろう。
ところで、外部から損保という組織を眺めると、営業部門があり、保険金支払を行う査定部門があると云う2つしか見えないのだが、本社内には先に述べた最高意思決定部門もしくは戦略部門としての総合企画室、秘書室、人事部、総務部、経理部、データセンター部などの内務部門があるのは他の大企業と同じだ。この損保で社長になる人物像を眺めて見ると、大きく分けて3種があるのではないかと想像している。➀としては、完全なエリート層で、入社時から本社の人事部とか総合開発室などの部局で昇進しつつ、部課長クラスで、さして問題の生じることのない全国の大規模支店に数年勤務し、再び本社へ帰り役員登用から社長にまで昇り詰めていくエリートコース。②は全国の営業支店で支社長から業績を上げつつ、支店長になり、本部長になり、役員になりという上昇を遂げていくタイプ。ここで、損保と銀行では、支社と支店の関係が、銀行とは逆で、銀行が最末端が支店で、それが集まった母店が支社なのだが、損保は最末端が支社で母店が支店という違いがある)③は全国の査定最末端部署たる損害サービスセンターの職員から、センター長になり、次々と大きな損害サービスセンターとか損害サービス課、および損害サービス部を経て、役員に登用されつつタイプ。
以上の3種に区分できるのだが、実際に社長にまで昇り詰めるのは、この➀から③の順序で少なくなっていると云えるだろう。特に③の損調部門から社長にまで上り詰めるというケースはきわまてレアで、損保大合併が起こる以前にあったD火災社に事例があった程度ではないだろうか。そもそも。損調出身で部長になる人物はそのポストが最高で、そこから役員に登用される事例自体が極少ない様に事例と感じている。
なんで,こんな損保人事の内情を話して来たかというと、社長の直前たる専務にしても、各支店長や部長クラスにしても、必ずしも任期もしくは定年以前に関係会社への出向もしくは多くは転籍を命じられる事例が多いのは大企業に共通するものだと思う。この場合、出向もしくは転籍先企業の格というものを眺めた場合、格上の関係会社には営業出身者が、格下の関係会社とか企業には査定出身者と偏向している気配を感じるところだが、これが実態であろう。このことは、同格でも営業部門の方が優遇されているということが云えるのだろうと感じる。
例えば、損保関連で協同出資して作った企業というのは幾つかあるが、これらはほとんどがT社海上が提案の上で設立されているので、そこの社長はT社海上の出身者となる。また、その配下となる各部局として、自研センターならほとんど取締役兼任の研修部長とかリサーチ部長というのも、各損保の転籍者で占められるが、多くの場合査定部門ではなく、営業部門の人物なのだ。
最後に、私は営業部門や査定部門で、人の力量が異なるとは思っちゃいないが、もちろん例外もあるが多くの場合、純な査定部門一本の人物より、営業部門の人物の方が、思考のスケールが大きい傾向はあったということは感じてきた。ただし、営業部門とはいえ、たかだか支店長のクラスとなると、力量が小さい場合が多く、現在は子会社として損害調査会社が残るのは、2社しかないが、得てしてこういう損害調査会社の役員として転籍して来るのは営業部門もしくはさらに質の悪い損調部門の部長クラスが多く、これでは幾らトンネル会社と云えども、価値あるものにはならない訳であろうと思う。
ついでに、調査員(アジャスター)の中には、部長職とか中には損害調査会社の末席だろうが役員になる人物もいるが、これがまたレベルの低い者が目立ち、目先の小さなこと、保険金を以下に正しく払うかというより、例え騙したとしても圧縮できれば良いという浅知恵丸見えの人物が目立つことは、現代の悲劇ではなかろうか。
#損害調査員ルポルタージュ #損保の組織と現実
14回目のルポルタージュとして記したい。今回は損保の企業体制とか社風と云うことを中心に記してみたい。
現在、金融監督庁(旧大蔵省で省庁再編で金融庁と金融監督庁に分割された)管下に入る業種は金融業に区分けされ、具体的には銀行業、証券業、保険業(生保or損保)という担当分野に分かれている。金融監督庁の行政権限は極めて強く、なんからの問題で是正指導などが下命されると、最優先でその問題について改善対応を求められるという点では、旧大蔵省時代から変わってはいない。これは、自動車などは国交省の管轄だが、昨年辺りから急激に認知件数が高まり、全国各地で指定整備工場などの行政処分か下されていることがあるが、これは全国各地にある地方運輸局の許認可権と裏腹にある監査権限による捜査権限と行政処分権であり、最悪は許認可を取り消すことができるというのと同じだ。
ところで、旧大蔵省時代は、各銀行とか損保では、社内にMOF担という担当業務があり、その構成員となると、絶えず大蔵省の担当部局の下級職(課長補佐もしくは課長)クラスと触れ合い接待しご機嫌を取りつつ、さまざま大蔵省の行政方針だとか監査情報を入手する、端的に云えば癒着関係部門があったことは知られている。損保でこのMOF担当が所属する部局が総合開発室(もしくは部)で、ここは社長直轄の先の戦争で云えば大本営作戦部局に相当する組織となろう。
ところで、外部から損保という組織を眺めると、営業部門があり、保険金支払を行う査定部門があると云う2つしか見えないのだが、本社内には先に述べた最高意思決定部門もしくは戦略部門としての総合企画室、秘書室、人事部、総務部、経理部、データセンター部などの内務部門があるのは他の大企業と同じだ。この損保で社長になる人物像を眺めて見ると、大きく分けて3種があるのではないかと想像している。➀としては、完全なエリート層で、入社時から本社の人事部とか総合開発室などの部局で昇進しつつ、部課長クラスで、さして問題の生じることのない全国の大規模支店に数年勤務し、再び本社へ帰り役員登用から社長にまで昇り詰めていくエリートコース。②は全国の営業支店で支社長から業績を上げつつ、支店長になり、本部長になり、役員になりという上昇を遂げていくタイプ。ここで、損保と銀行では、支社と支店の関係が、銀行とは逆で、銀行が最末端が支店で、それが集まった母店が支社なのだが、損保は最末端が支社で母店が支店という違いがある)③は全国の査定最末端部署たる損害サービスセンターの職員から、センター長になり、次々と大きな損害サービスセンターとか損害サービス課、および損害サービス部を経て、役員に登用されつつタイプ。
以上の3種に区分できるのだが、実際に社長にまで昇り詰めるのは、この➀から③の順序で少なくなっていると云えるだろう。特に③の損調部門から社長にまで上り詰めるというケースはきわまてレアで、損保大合併が起こる以前にあったD火災社に事例があった程度ではないだろうか。そもそも。損調出身で部長になる人物はそのポストが最高で、そこから役員に登用される事例自体が極少ない様に事例と感じている。
なんで,こんな損保人事の内情を話して来たかというと、社長の直前たる専務にしても、各支店長や部長クラスにしても、必ずしも任期もしくは定年以前に関係会社への出向もしくは多くは転籍を命じられる事例が多いのは大企業に共通するものだと思う。この場合、出向もしくは転籍先企業の格というものを眺めた場合、格上の関係会社には営業出身者が、格下の関係会社とか企業には査定出身者と偏向している気配を感じるところだが、これが実態であろう。このことは、同格でも営業部門の方が優遇されているということが云えるのだろうと感じる。
例えば、損保関連で協同出資して作った企業というのは幾つかあるが、これらはほとんどがT社海上が提案の上で設立されているので、そこの社長はT社海上の出身者となる。また、その配下となる各部局として、自研センターならほとんど取締役兼任の研修部長とかリサーチ部長というのも、各損保の転籍者で占められるが、多くの場合査定部門ではなく、営業部門の人物なのだ。
最後に、私は営業部門や査定部門で、人の力量が異なるとは思っちゃいないが、もちろん例外もあるが多くの場合、純な査定部門一本の人物より、営業部門の人物の方が、思考のスケールが大きい傾向はあったということは感じてきた。ただし、営業部門とはいえ、たかだか支店長のクラスとなると、力量が小さい場合が多く、現在は子会社として損害調査会社が残るのは、2社しかないが、得てしてこういう損害調査会社の役員として転籍して来るのは営業部門もしくはさらに質の悪い損調部門の部長クラスが多く、これでは幾らトンネル会社と云えども、価値あるものにはならない訳であろうと思う。
ついでに、調査員(アジャスター)の中には、部長職とか中には損害調査会社の末席だろうが役員になる人物もいるが、これがまたレベルの低い者が目立ち、目先の小さなこと、保険金を以下に正しく払うかというより、例え騙したとしても圧縮できれば良いという浅知恵丸見えの人物が目立つことは、現代の悲劇ではなかろうか。
#損害調査員ルポルタージュ #損保の組織と現実