闘魂外来OB&ブログ読者の皆さん、いかがお過ごしですか?
副医長のTaroです。
さて、今回は“闘魂サクッとジャーナルクラブ”です。
不定期にアップします。
今日は最新のJGIMからの論文、ハーバードのグループによる
「Electronic Risk Alertは胸痛マネージメントに介入効果がない?」というRCTです。
http://www.springerlink.com/content/130797h812203725/
非常に多くの示唆に富んだ論文でした。
2年間、北米・東マサチューセッツエリアのハーバードグループのかかりつけ医(Primary care)外来受診の約7000人の心疾患既往(-)の胸痛主訴の患者を調べたところ
内訳は80%がFramingham risk score (FRS)でLow risk(もとのScoreとほぼ同じ割合)、20%がHigh riskだったFRSのIntermediateとHighを加えたものと考える)。
High riskの患者はLow riskの患者に比べ、より
1)ERで診察され、2)入院になり、3)AMIを診断された。
以上のバックグラウンドの中、
FRS High riskの胸痛患者を診たプライマリケア(かかりつけ医師・コメディカルから成るチーム)に「EKG(心電図)を撮るように」「アスピリンを投与するように」というアラートを電子カルテに出す群と出さない群で、EKGとアスピリン投与の施行度合の差について比較した。
一方、FRS Low riskの胸痛患者については「不必要にストレステストをしないように」というアラートを出す群と出さない群で、ストレステストの施行度合の差について比較した。
結果、High risk患者の心電図施行・アスピリン投与もLow risk患者のストレステスト施行も電子カルテのアラートあり/なしで有意差が無かったとのこと。
心電図:アラート群51% vs コントロール群48% (P=0.33)
アスピリン:アラート群20% vs コントロール群18% (P=0.43)
ストレステスト:アラート群10% vs コントロール群9% (P=0.40)
この結果を踏まえ、筆者らの意見は
→プライマリケアへの挑戦状(プライマリケアは胸痛にちゃんと対処しない)
2)Electronic Risk Alertはrisk appropriate careに貢献しないと結論づけている。
→電子カルテによるelectronic decision supportは効果が低い
といえそうである。
ここからは私見を述べる。
長くなるのでアスピリン、ストレステストは一度置いて、今回はEKGの施行を取り上げる。
ポイント1)について:
まず、アラートの有無によらずHigh risk患者の胸痛の50%しかEKGがとられていないという結果は一見驚きだ。わざわざアラートまで出ていたのにどういうことか。胸痛なら普通EKGくらいは取るだろう。
それでもとらなかった理由は何か。可能性として、EKGを取る必要もない患者が多かったのではないだろうか。
一般に、かかりつけ医(時にER)を受診する胸痛は筋骨格系の原因が多い(Primary careで21%:Fam Pract 2001 Dec;18(6):586; ERで50%: InternEmerg Med. 2010;5(5):427など論文多数)といわれる。つまり、かかりつけ医の段階で多くの症例が「まあこの症状ならEKGは必要ないだろう」という現場判断になったのかもしれない(例えば「明らかにピンポイントの痛み」「呼吸に伴い痛みが増悪」「押したら痛い」「明らかにわき腹」「体動時のみ瞬間で痛い」の胸痛など)。
現場での直感による判断である。
Discussionにも”Clinicians bring significant clinical intuition and experience to these encounters, and this experience may have superseded the informationprovided by the risk scores.”という記載がある通り、そもそも臨床家は経験に基づく直感をスコアリングやアラートよりも重視する傾向があるといえそうである。この記述から、
「胸痛ならEKGを」という論理的思考(System 2)よりも
「胸痛だがこれはEKGは必要なさそうだ」という直感(System 1)
が優先して勝った状況と著者らも認めているようだ。
また、アラートの有無でその後の行動に有意差がなかったことは、臨床家の行動がアラートに影響されず、それよりも強い判断基準、つまり直感で行動したということも示唆される。
(*System1とSystem2については
http://www.igaku-shoin.co.jp/paperDetail.do?id=PA02965_02を参照ください)
論文内ではいくつかのエビデンスをもとにプライマリケア診断の質が低いという懸念を指摘しているものの、今回の介入の結果がこれまでのエビデンスを支持する結果と言うには議論の余地が残る。上に書いたように、少なくとも胸痛のEKG施行については、プライマリケアでは直感と論理的思考のバランスを取りながらoptimalな診断を試みているといえそうだ。つまり、必ずしもsuboptimalではなく、逆に経験則と直感に基づいて迅速で妥当性の高いまともな診療をしているとも言えそうだ。もしプライマリケアの精度を検証するのなら、この論文でも実際にプライマリケアとその後のERにおいて、EKGを行った患者と行わなかった患者でどれくらいの見逃し診断の違いがあったか、またはなかったのかのデータこそ必要と思う。
ポイント2)について:
論文はElectronic alertの形でのSystem2の限界を示唆している。
しかし「ハイリスク患者の胸痛ではEKGを行うこと」という対応をアラートで介入すること自体、もともと有意差を生みにくいのではないか。
ACSを考えたとき最初による迅速な検査はEKGというのは一定のコンセンサスがあると前提する。その上で「胸痛→ACS」を考えることは例え経験の浅い医師やコメディカルでさえ容易な思考回路である。診断推論の骨格をなすDual processing model(System 1と2)理論の観点からは、このような比較的一直線の診断推論では直感によるSystem 1を使用する方が迅速で、その直感による判断にあえて(System 2の一つである)Alert systemで介入することは多くの(スタディに参加した)医療者にとってある意味「余計なお世話」で、付加的な意味しか持たないかもしれない。
そのためもしElectronic Risk Alertの是非を検証するのなら、もう少し判断に迷う、またはアラートにより行動が強化されそうな別のテーマとアラートでの介入研究が改めて必要と感じる。
というわけで、今回の論文の感想としては
そして、
2)胸痛にEKGを用いることはそもそもSystem 1(直感的思考)的発想といえる。直感に基づき迅速に対応したためか、臨床家たちがSystem 2に頼らなかったことが観察された。また、Electronic Risk Alertという形でのSystem 2の有用性を検証するには、より判断に迷う・アラートによる認知強化が作用しそうな疾患とアラートの組み合わせの介入検査をすれば、より目的にそった研究となるだろう。
私からは以上です。
いずれにしても、色々アイディアを得られた論文でした。(志水)
一方、以下医長徳田先生のコメントです。
闘魂編集長の徳田としては、この論文の共著者メンバーがなつかしい。Cook, Orav, LeeはHarvard School of Public HealthのProgram of Clinical Effectivenessのコア・インストラクターであり、8年前に指導を受けた恩師グループである。Cook先生はClinical Prediction Ruleの第一人者であり、Lee Goldman(現コロンビア大学医学部長)とともに初期のClinical Prediction Ruleを開発して世界を驚かせた。
そうそう、Thomas LeeもLee Goldmanの元弟子であり、NEJM編集グループのコアメンバーを長く勤めている。「Lee Goldmanはすごかった」というのが、この2人の口癖だった。たしかに、Cecilの教科書もついにCecil & Goldmanとなっていることでその存在の大きさがわかる。ホスピタリスト制度を提唱したひとたちの1人もGoldmanだ。(徳田)
おまけ:
研修医向けに致死的胸痛の鑑別のゴロ合わせを書いておきました。
興味ある方はこちらへどうぞ。