30歳で政界キャリアーの第一歩である会計検査官就任を果たしたときのカエサルの借金は、1300タレント(11万人以上の兵士を丸1年雇える)にものぼっていた。
それゆえ前出の50タレントという海賊への身代金などさしたるものでもなかったのだろう。
このときは政界キャリアーを始めたばかりで、借金は選挙運動費でもなければ人気取りの剣闘士試合の主催費や街道の修理費でもなく、
以前書いたように、ローマ有数の読書量を支えた本の購入費やおしゃれや友人との交際費さらには愛人たちへのプレゼント代と塩野七生女史が書いている。
スペイン属州に会計検査官として1年派遣されたカエサルは、「ヘラクレスの二本の柱」と呼ばれていたジブラルタル海峡に近いガデスと呼ばれる町で神殿内に安置されていたアレクサンダー大王の像を見て
「アレクサンドロスが世界を制覇した歳になったのに自分は何ひとつやっていないではないか」と自己反省をしたであった。
スペインでの会計検査官を勤め上げると、帰国後すぐに自動的に元老院の議席が与えられ、元老院議員の一員にはなった。
カエサルより6歳年上のポンペイウスはすでに政界キャリアー最高位の執政官を経験し、最高の栄誉である凱旋式を二度も挙行していた。
同じく6歳年上のキケロも三年前、政治の中心であるフォロ・ローマノを見事な勝訴で沸かしローマ一という弁護士の名声を獲得していた。
共和政末期のローマ史の主人公たる3人のうちの2人はすでにひのき舞台に上がっていた。
しかし、カエサルは、スペインからの帰国後も自己反省を忘れたかのように、相変わらず借金続きで、プレイボーイの名声のみが高くなるままで、彼がひのき舞台に登場するにはまだしばらく時を必要とした。