一般的に国語辞書などでは、「地質」とは、地殻を構成する岩石・地層の性質や構造のことを言い、「地質学」("Geology)とは、これらを専門的に研究する学問である・・・と書かれている。
今日の記念日「地質の日」は、その地層、岩石、土壌などで構成される大地の性質である「地質」について、多くの人に理解を深めてもらおうと、地質関係の組織・学会が発起人となり、2007(平成19)年に制定された。
その翌・2008(平成20)年に日本地質学会は、「地質の日」制定記念イベント実行委員会(現:事業推進委員会)を、実施母体として立ち上げ、その後、この日を記念した多くのイベントを、全国各地の博物館・大学で開催してこの記念日を広めていく活動をしているようである。
記念日の日付は、ベンジャミン・スミス・ライマン(B.S.Lyman )らによって、日本で初めて広域的な地質図、200万分の1「日本蝦夷地質要路之図」(地図は※1参照)が、1876(明治9)年のこの日に、つくられたことによるそうであり、又、1878(明治11 )年のこの日は、地質の調査を扱う組織(内務省地理局地質課)が定められた日でもあるそうだ。
幕末から明治にかけて、日本は「殖産興業」などを目的として、欧米の先進技術や学問、制度を輸入するために多くのお雇い外国人を雇用したが、このライマンもその1人、米国の鉱山学者であった。
彼は、1872(明治5)年と1876(明治9)年に北方開拓のために置かれた開拓使の招待や工部省の依頼で日本各地の石炭・石油・地質調査にあたり、1881(明治14)年に帰国するまで自身の日本人助手に教育するなど日本の地質学に貢献したという(※2)。
ところで、わが国の気象観測の歴史は、明治政府が、1871(明治4)年、工部省に測量司を置き、東京府下の三角測量を始めたが、測量師長は、やはりイギリス人のお雇い外国人であるマクビーン (CA McVean。 明治元年に灯台建設のため来日、明治4年に工部省測量司に移る)で、その測量助師のジョイネル(H.B.Joyner: 明治3年に京浜間鉄道布設のために来日、明治4年に工部省測量司に移る)が、明治政府に気象観測の必要性を建議したことにはじまり、以後、1872(明治5)年に日本初の気象観測所が函館に開設され、1875(明治8)年には気象庁の前身の東京気象台が現在の東京赤坂に設立され、地震観測と1日3回の気象観測を開始したのだが、マクビーンが気象観測のために日本への招へいと気象器械の調達を依頼したシャーボー(H.Scharbau)は、来日の際「日本は地震が多いと聞いたが、測点が移動しては困る。日本で測量をするにはまず地震観測が必要だ。」と考え、イタリア製の地震計を気象器械とともに持参したという。
だから、当時から、外国人には、日本に地震が多いことは良く知られていたわけであり、日本は当然、地震対策を、確り、行っておかなければならないはずであるのに、建築物でも、構造設計偽造に始まる違法な建築などが多く見られた(2005年)ことに憤りを感じたことは以前に、このブログ天気図記念日でも書いたことがる。
日本地質学会は、地質学の発展や普及を目指して、今から100年以上も前の1893(明治26)年に東京地質学会として創設されたものが、1934(昭和9)年に日本地質学会に名称を改称。2008(平成20) 年12月1日には、一般社団法人日本地質学会を設立し、昨・2010(平成22)年 5月23日には、それまでの任意団体日本地質学会を解散し、すべての事業及び財産は、一般社団法人に受け継がれており、事務局は、東京都千代田区の井桁ビル6Fに置かれているそうだ(同学会HP※3参照)。
冒頭の画像は「地質の日」事業推進委員会作成の2011年版「地質の日」ポスターである。このポスターは、未曾有の大災害をもたらした東北地方太平洋沖地震 (東日本大震災)が発生したその前日である3月10に出来上ったものだというからなにか因縁めいたものを感じる・・・・・。
日本地質学会HPによれば、地質学の英文字“Geology”は、18世紀末に「Geo(地球)+logy(学問)」の合成語から誕生した言葉 であり、この言葉に込められた思いは「地球を科学する」ことであったが、この言葉が生まれて以降、19世紀~20世紀前半にはもっぱら固体地球(地球の表面から大気圏、水圏を除いた岩石圏)表層の地殻の岩石や地層そして化石などを対象として地球の歴史や現象を包括的にあるいは個別的に研究する ことを主としたことから、そのような分野に対して限定的にGeologyというようになったようだ。
しかし、20世紀後半に、人類史上はじめてプレートテクトニクスという科学的包括的な地球観を得て以来、地球に関する科学を一般にはGeosciences(地球科学)と呼ぶようになった。
つまり、地球諸科学が融合して「地球を知る」作業が必要となった。このことがそもそものGeo-logy成立の精神であったのであり、今後、地質学は切迫する地球環境問題や大規模自然災害の解明などに答えながら益々発展する科学である・・・としている。
しかし、今回のマグニチュード9と言われる東北地方太平洋沖地震(東日本大震災)は日本の観測史上最大で、津波も想定を遥かに越える規模であった事が、被害を甚大なものとしたといわれている。
だが、日本地質学会HPではこのことについて、”数百年毎に一度の頻度で超巨大地震が発生している可能性に、一部の研究者は気付いていた。海岸近くの地層に、過去の大津波の痕跡(津波堆積物)が報告されており、その研究から、日本では観測された事がない超巨大地震が大津波をもたらしていた事が、北海道でも,東北日本太平洋側でも報告されていた。また、そうした堆積層が何層にもわたって存在しており,その年代頻度から次の襲来が迫っている事も警告されていた。
こうした超巨大地震は、最近数十年間においてもスマトラ(ここ参照)やチリ(ここ参照)などで発生し、甚大な被害を与えたことは記憶に新しく、これらの超巨大地震が今回と同じ海溝型地震(ここ参照)であることを考えれば、そして最近の研究結果からみて、超巨大地震は想定しておくべき事であった。“・・と、反省している(東日本大震災に関する地質学からの提言参照)。尚、津波堆積物の調査報告などは以下参考の※3・※4など参照されるとよい。
つまり、これまでの津波堆積物の調査から、869年に起きた「貞観地震」の津波で、当時の海岸線から仙台平野で数キロ、石巻では3キロ以上津波が押し寄せたことが判明しており、しかも、そうした大津波は、貞観津波も含め過去にほぼ1000年に1回の頻度で4度も襲来していたのであり、貞観津波からすでに1000年以上(1141年)経過していることから、阪神・淡路大震災を引き起こした兵庫県南部地震を契機に、地震対策特別措置法により、政府の地震調査研究推進本部のなかに1995(平成7)年に設置されている地震調査委員会(※6)の長期評価部会でも今年2011年2月以降、貞観津波の時と同規模の地震が再来する可能性について「切迫性があるのではないか」という意見があり、議論を続けていたという(※7)。
北アメリカプレート、ユーラシアプレート、太平洋プレート、フィリピン海プレートという4つのプレートがぶつかりあっている上にある日本は、かって大陸の朝鮮・中国と繋がっていたものが、大陸プレートの下への海洋プレートの沈み込みが原因で今のような弧状の島になったといわれており、日本に火山が多いのもこの為だ。
このように、日本列島の成因そのものがプレートの動き、地震と大きくかかわっているのだから、日本は他の国と違って絶えず地震の脅威にさらされており、日本に住んでいる限りは、地震を避けて生きてゆくことはできないのだから、当然に十分な備えをしておかなければいけなかったはずなのに・・・・・。
阪神淡路大震災以降、日本列島の各地で、地震活動が活発化し大きな被害をもたらしていたにもかかわらず、比較的地震活動が静穏期にあったと思われる頃に想定されていた耐震設計や防災基準も、貞観地震・津波の再来の様な「複合型」巨大地震・津波を考慮したものとなっていなかったのだが、実際には起こることは想定されていたにもかかわらず、安全性よりも効率や経済性を優先してその対策を怠っていただけなのに、いざ、災害が発生してしまうと、いつも「想定外のこと・・・」が発生・・・などと言っているのはいかがなものかな~・・・・。
この災害に懲りてかどうか・・・、5月6日、菅直人総理は海江田経済産業大臣を通じて、東海地震の震源域に近いことなどを理由に、防潮堤建設など中長期対策の完成までの間、静岡県御前崎市にある「浜岡原子力発電所」の全原子炉の運転停止を中部 電力に要請、中部 電力は全面停止を受け入れることを決めたらしい。安全面を考えれば、原子力発電など出来るだけ使用しない方がよいのだが、これから夏に向けての電力不足による経済活動の低下が気になるところだ・・・。
しかし、近く発生が予測されている巨大地震は東海地震だけでなく、政府の地震調査委員会は2007(平成19)年1月1日を基準として東京湾北部を震源とするM7級の首都直下型地震が、今後30年以内に70%の確率で発生すると予想していた(※7)が、今年・2011(平成23)年4月、東京大学地震研究所のグループは、東日本大震災で起きた地殻変動の影響で、首都圏の地盤に力が加わり、地震が起きやすい状態になっているとの解析結果を発表しており(※8)、首都直下型地震の発生がより心配される状況となってきたようだ。
2007(平成19)年11月名古屋大学の鷺谷准教授は、過去400年の地震分析から、内陸で地震が起きると、その後数十年にわたりその周辺で大地震が起きやすい傾向があると指摘しているそうだ(※9)。
何もかもが東京に一極集中している日本において、東京を直下型地震が襲ったら・・・日本は一体どうなるのであろうか・・・。
そのようなことを考えれば、単に、地震や津波に対する建物や原発等への対策だけで無く、地方への権限委譲を進めた、首都機能の分散もしておかなければいけないのではないか・・・。
今回の震災で、自然の恐さを厭と言うほど痛感させられた人類・・・特に危険なプレートの上にいる日本人は、今日「地質の日」に地球上に生きる難しさを再認識し、この地球のこと、地殻のこと、そして地震などのことを学ぶ機会にしてもよいだろう。
参考:
※1:[地質トピックス]地質の日企画:札幌軟石を楽しむ!!
http://www.gsh.pref.hokkaido.jp/publication/gshnews/news_pdf/vol26_no2.pdf#search='地質図 日本蝦夷地質要路之図'
※ 2:ライマン雑記11北海道地質測量調査
http://www.gsj.jp/Pub/News/pdf/1995/02/95_02_10.pdf#search='ライマン雑記 日本蝦夷地質要路之図'
※3:日本地質学会 - 『地質の日』
http://www.geosociety.jp/
※4:仙台平野の堆積物に記録された歴史時代の巨大津波
http://unit.aist.go.jp/actfault-eq/Tohoku/06_08_03.pdf#search='藤原 治ほか編, 2004, 地震イベント堆積物.地質学論集, 58号.'
※5:石巻平野における津波堆積物の分布と年代
http://unit.aist.go.jp/actfault-eq/seika/h18seika/pdf/shishikura.pdf#search='津波堆積物'
※6:地震予知と地震調査研究に関係した組織
http://www.eri.u-tokyo.ac.jp/abe/abe-homepage.html
※7:内閣府・防災情報のページ
http://www.bousai.go.jp/jishin/chubou/taisaku_syuto/syuto_top.html
※8:首都圏地盤に力、南関東のM7級誘発も…東大研 – YOMIURI ONLINE
http://www.yomiuri.co.jp/science/news/20110422-OYT1T00974.htm?from=top
※9:今後の地震予測
http://juki.nomaki.jp/jishin-kongo.htm
毎日JP:地震:「連動する地震は想定外」…地震調査委委員長
http://mainichi.jp/select/today/archive/news/2011/03/12/20110312k0000m040178000c.html
浜岡原発、首相の要請を受諾…運転停止へ
http://headlines.yahoo.co.jp/hl?a=20110509-00000803-yom-pol
東京大学地震研究所
http://www.eri.u-tokyo.ac.jp/
プレートテクトニクス - Wikipedia
http://ja.wikipedia.org/wiki/%E3%83%97%E3%83%AC%E3%83%BC%E3%83%88%E3%83%86%E3%82%AF%E3%83%88%E3%83%8B%E3%82%AF%E3%82%B9
固体地球科学 - 日本地球惑星科学連合 Japan Geoscience Union
http://www.jpgu.org/science/sci_descrip_4.html
地質ニュース427号ライマン雑記
http://www.gsj.jp/Pub/News/pdf/1990/03/90_03_06.pdf#search='ライマン雑記'
(独)国立公文書館>ぶん蔵>気象事業の歴史.
http://www.bunzo.jp/archives/entry/001081.html
今日の記念日「地質の日」は、その地層、岩石、土壌などで構成される大地の性質である「地質」について、多くの人に理解を深めてもらおうと、地質関係の組織・学会が発起人となり、2007(平成19)年に制定された。
その翌・2008(平成20)年に日本地質学会は、「地質の日」制定記念イベント実行委員会(現:事業推進委員会)を、実施母体として立ち上げ、その後、この日を記念した多くのイベントを、全国各地の博物館・大学で開催してこの記念日を広めていく活動をしているようである。
記念日の日付は、ベンジャミン・スミス・ライマン(B.S.Lyman )らによって、日本で初めて広域的な地質図、200万分の1「日本蝦夷地質要路之図」(地図は※1参照)が、1876(明治9)年のこの日に、つくられたことによるそうであり、又、1878(明治11 )年のこの日は、地質の調査を扱う組織(内務省地理局地質課)が定められた日でもあるそうだ。
幕末から明治にかけて、日本は「殖産興業」などを目的として、欧米の先進技術や学問、制度を輸入するために多くのお雇い外国人を雇用したが、このライマンもその1人、米国の鉱山学者であった。
彼は、1872(明治5)年と1876(明治9)年に北方開拓のために置かれた開拓使の招待や工部省の依頼で日本各地の石炭・石油・地質調査にあたり、1881(明治14)年に帰国するまで自身の日本人助手に教育するなど日本の地質学に貢献したという(※2)。
ところで、わが国の気象観測の歴史は、明治政府が、1871(明治4)年、工部省に測量司を置き、東京府下の三角測量を始めたが、測量師長は、やはりイギリス人のお雇い外国人であるマクビーン (CA McVean。 明治元年に灯台建設のため来日、明治4年に工部省測量司に移る)で、その測量助師のジョイネル(H.B.Joyner: 明治3年に京浜間鉄道布設のために来日、明治4年に工部省測量司に移る)が、明治政府に気象観測の必要性を建議したことにはじまり、以後、1872(明治5)年に日本初の気象観測所が函館に開設され、1875(明治8)年には気象庁の前身の東京気象台が現在の東京赤坂に設立され、地震観測と1日3回の気象観測を開始したのだが、マクビーンが気象観測のために日本への招へいと気象器械の調達を依頼したシャーボー(H.Scharbau)は、来日の際「日本は地震が多いと聞いたが、測点が移動しては困る。日本で測量をするにはまず地震観測が必要だ。」と考え、イタリア製の地震計を気象器械とともに持参したという。
だから、当時から、外国人には、日本に地震が多いことは良く知られていたわけであり、日本は当然、地震対策を、確り、行っておかなければならないはずであるのに、建築物でも、構造設計偽造に始まる違法な建築などが多く見られた(2005年)ことに憤りを感じたことは以前に、このブログ天気図記念日でも書いたことがる。
日本地質学会は、地質学の発展や普及を目指して、今から100年以上も前の1893(明治26)年に東京地質学会として創設されたものが、1934(昭和9)年に日本地質学会に名称を改称。2008(平成20) 年12月1日には、一般社団法人日本地質学会を設立し、昨・2010(平成22)年 5月23日には、それまでの任意団体日本地質学会を解散し、すべての事業及び財産は、一般社団法人に受け継がれており、事務局は、東京都千代田区の井桁ビル6Fに置かれているそうだ(同学会HP※3参照)。
冒頭の画像は「地質の日」事業推進委員会作成の2011年版「地質の日」ポスターである。このポスターは、未曾有の大災害をもたらした東北地方太平洋沖地震 (東日本大震災)が発生したその前日である3月10に出来上ったものだというからなにか因縁めいたものを感じる・・・・・。
日本地質学会HPによれば、地質学の英文字“Geology”は、18世紀末に「Geo(地球)+logy(学問)」の合成語から誕生した言葉 であり、この言葉に込められた思いは「地球を科学する」ことであったが、この言葉が生まれて以降、19世紀~20世紀前半にはもっぱら固体地球(地球の表面から大気圏、水圏を除いた岩石圏)表層の地殻の岩石や地層そして化石などを対象として地球の歴史や現象を包括的にあるいは個別的に研究する ことを主としたことから、そのような分野に対して限定的にGeologyというようになったようだ。
しかし、20世紀後半に、人類史上はじめてプレートテクトニクスという科学的包括的な地球観を得て以来、地球に関する科学を一般にはGeosciences(地球科学)と呼ぶようになった。
つまり、地球諸科学が融合して「地球を知る」作業が必要となった。このことがそもそものGeo-logy成立の精神であったのであり、今後、地質学は切迫する地球環境問題や大規模自然災害の解明などに答えながら益々発展する科学である・・・としている。
しかし、今回のマグニチュード9と言われる東北地方太平洋沖地震(東日本大震災)は日本の観測史上最大で、津波も想定を遥かに越える規模であった事が、被害を甚大なものとしたといわれている。
だが、日本地質学会HPではこのことについて、”数百年毎に一度の頻度で超巨大地震が発生している可能性に、一部の研究者は気付いていた。海岸近くの地層に、過去の大津波の痕跡(津波堆積物)が報告されており、その研究から、日本では観測された事がない超巨大地震が大津波をもたらしていた事が、北海道でも,東北日本太平洋側でも報告されていた。また、そうした堆積層が何層にもわたって存在しており,その年代頻度から次の襲来が迫っている事も警告されていた。
こうした超巨大地震は、最近数十年間においてもスマトラ(ここ参照)やチリ(ここ参照)などで発生し、甚大な被害を与えたことは記憶に新しく、これらの超巨大地震が今回と同じ海溝型地震(ここ参照)であることを考えれば、そして最近の研究結果からみて、超巨大地震は想定しておくべき事であった。“・・と、反省している(東日本大震災に関する地質学からの提言参照)。尚、津波堆積物の調査報告などは以下参考の※3・※4など参照されるとよい。
つまり、これまでの津波堆積物の調査から、869年に起きた「貞観地震」の津波で、当時の海岸線から仙台平野で数キロ、石巻では3キロ以上津波が押し寄せたことが判明しており、しかも、そうした大津波は、貞観津波も含め過去にほぼ1000年に1回の頻度で4度も襲来していたのであり、貞観津波からすでに1000年以上(1141年)経過していることから、阪神・淡路大震災を引き起こした兵庫県南部地震を契機に、地震対策特別措置法により、政府の地震調査研究推進本部のなかに1995(平成7)年に設置されている地震調査委員会(※6)の長期評価部会でも今年2011年2月以降、貞観津波の時と同規模の地震が再来する可能性について「切迫性があるのではないか」という意見があり、議論を続けていたという(※7)。
北アメリカプレート、ユーラシアプレート、太平洋プレート、フィリピン海プレートという4つのプレートがぶつかりあっている上にある日本は、かって大陸の朝鮮・中国と繋がっていたものが、大陸プレートの下への海洋プレートの沈み込みが原因で今のような弧状の島になったといわれており、日本に火山が多いのもこの為だ。
このように、日本列島の成因そのものがプレートの動き、地震と大きくかかわっているのだから、日本は他の国と違って絶えず地震の脅威にさらされており、日本に住んでいる限りは、地震を避けて生きてゆくことはできないのだから、当然に十分な備えをしておかなければいけなかったはずなのに・・・・・。
阪神淡路大震災以降、日本列島の各地で、地震活動が活発化し大きな被害をもたらしていたにもかかわらず、比較的地震活動が静穏期にあったと思われる頃に想定されていた耐震設計や防災基準も、貞観地震・津波の再来の様な「複合型」巨大地震・津波を考慮したものとなっていなかったのだが、実際には起こることは想定されていたにもかかわらず、安全性よりも効率や経済性を優先してその対策を怠っていただけなのに、いざ、災害が発生してしまうと、いつも「想定外のこと・・・」が発生・・・などと言っているのはいかがなものかな~・・・・。
この災害に懲りてかどうか・・・、5月6日、菅直人総理は海江田経済産業大臣を通じて、東海地震の震源域に近いことなどを理由に、防潮堤建設など中長期対策の完成までの間、静岡県御前崎市にある「浜岡原子力発電所」の全原子炉の運転停止を中部 電力に要請、中部 電力は全面停止を受け入れることを決めたらしい。安全面を考えれば、原子力発電など出来るだけ使用しない方がよいのだが、これから夏に向けての電力不足による経済活動の低下が気になるところだ・・・。
しかし、近く発生が予測されている巨大地震は東海地震だけでなく、政府の地震調査委員会は2007(平成19)年1月1日を基準として東京湾北部を震源とするM7級の首都直下型地震が、今後30年以内に70%の確率で発生すると予想していた(※7)が、今年・2011(平成23)年4月、東京大学地震研究所のグループは、東日本大震災で起きた地殻変動の影響で、首都圏の地盤に力が加わり、地震が起きやすい状態になっているとの解析結果を発表しており(※8)、首都直下型地震の発生がより心配される状況となってきたようだ。
2007(平成19)年11月名古屋大学の鷺谷准教授は、過去400年の地震分析から、内陸で地震が起きると、その後数十年にわたりその周辺で大地震が起きやすい傾向があると指摘しているそうだ(※9)。
何もかもが東京に一極集中している日本において、東京を直下型地震が襲ったら・・・日本は一体どうなるのであろうか・・・。
そのようなことを考えれば、単に、地震や津波に対する建物や原発等への対策だけで無く、地方への権限委譲を進めた、首都機能の分散もしておかなければいけないのではないか・・・。
今回の震災で、自然の恐さを厭と言うほど痛感させられた人類・・・特に危険なプレートの上にいる日本人は、今日「地質の日」に地球上に生きる難しさを再認識し、この地球のこと、地殻のこと、そして地震などのことを学ぶ機会にしてもよいだろう。
参考:
※1:[地質トピックス]地質の日企画:札幌軟石を楽しむ!!
http://www.gsh.pref.hokkaido.jp/publication/gshnews/news_pdf/vol26_no2.pdf#search='地質図 日本蝦夷地質要路之図'
※ 2:ライマン雑記11北海道地質測量調査
http://www.gsj.jp/Pub/News/pdf/1995/02/95_02_10.pdf#search='ライマン雑記 日本蝦夷地質要路之図'
※3:日本地質学会 - 『地質の日』
http://www.geosociety.jp/
※4:仙台平野の堆積物に記録された歴史時代の巨大津波
http://unit.aist.go.jp/actfault-eq/Tohoku/06_08_03.pdf#search='藤原 治ほか編, 2004, 地震イベント堆積物.地質学論集, 58号.'
※5:石巻平野における津波堆積物の分布と年代
http://unit.aist.go.jp/actfault-eq/seika/h18seika/pdf/shishikura.pdf#search='津波堆積物'
※6:地震予知と地震調査研究に関係した組織
http://www.eri.u-tokyo.ac.jp/abe/abe-homepage.html
※7:内閣府・防災情報のページ
http://www.bousai.go.jp/jishin/chubou/taisaku_syuto/syuto_top.html
※8:首都圏地盤に力、南関東のM7級誘発も…東大研 – YOMIURI ONLINE
http://www.yomiuri.co.jp/science/news/20110422-OYT1T00974.htm?from=top
※9:今後の地震予測
http://juki.nomaki.jp/jishin-kongo.htm
毎日JP:地震:「連動する地震は想定外」…地震調査委委員長
http://mainichi.jp/select/today/archive/news/2011/03/12/20110312k0000m040178000c.html
浜岡原発、首相の要請を受諾…運転停止へ
http://headlines.yahoo.co.jp/hl?a=20110509-00000803-yom-pol
東京大学地震研究所
http://www.eri.u-tokyo.ac.jp/
プレートテクトニクス - Wikipedia
http://ja.wikipedia.org/wiki/%E3%83%97%E3%83%AC%E3%83%BC%E3%83%88%E3%83%86%E3%82%AF%E3%83%88%E3%83%8B%E3%82%AF%E3%82%B9
固体地球科学 - 日本地球惑星科学連合 Japan Geoscience Union
http://www.jpgu.org/science/sci_descrip_4.html
地質ニュース427号ライマン雑記
http://www.gsj.jp/Pub/News/pdf/1990/03/90_03_06.pdf#search='ライマン雑記'
(独)国立公文書館>ぶん蔵>気象事業の歴史.
http://www.bunzo.jp/archives/entry/001081.html