中国のみならず、日本でも旧日本軍の毒ガス遺棄弾による被害が出ていることを「化学兵器犯罪」常石敬一(講談社現代新書)は取り上げている。そして、遺棄弾の調査と処理を急ぐべきだという。まったくその通りだと思う。関係者は高齢化しているが、今ならまだ遺棄した場所や投棄した場所が分かるかも知れない。毒ガス兵器の廃棄や投棄、遺棄について文書を残したとは思えないだけに、急がないと分からなくなってしまう。これ以上被害者を出さないようにするために、また、戦後の日本が真に民主的な平和国家に生まれ変わったことを示し、信頼を取り戻すために、毒ガス遺棄弾の調査と処理を急いでもらいたいと思う。
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第1章 化学兵器の今
1 旧日本軍の毒ガスの亡霊がが出てきた
日本での井戸水汚染
2003年に入って、旧日本軍の毒ガスによる人への被害がいくつか表面化した。ひとつは4月になって明らかとなった、茨城県神栖(カミス)町で起きた1歳7ヶ月の男児を含む数十人の井戸水のヒ素汚染による健康被害だ。被害者達が飲んでいた井戸水の汚染は環境基準の450倍だった。原因は、毒ガスであるくしゃみ剤が地中で分解して、その成分が地下水を汚染したものと考えられる。
もうひとつは、 8月になって中国チチハルの工事現場で掘り出されたびらん剤による死傷者の発生だ。こちらは死者1人を含め40人ほどが被害を受けた。
茨城県の被害について日本政府はその原因が旧軍の毒ガス、くしゃみ剤によるものであることをほぼ認め、被害者の救済に乗り出した。 くしゃみ剤による被害であることが確実であると認められた人には、国から医療補助をするため、「医療手帳」を交付している。同年9月初めの段階で61人が手帳の交付を受け、それ以外に150人程が被害を訴え、手帳の交付を求めている。
被害が表面化した時に、脳性マヒを疑われた1歳7ヶ月のの男児は、歩けず言葉を発することがなかった。歩けないというのは、ヒ素中毒によって神経を圧迫され、関節に痛みやしびれを感じていたためではないか、と思われた。5月にその子の母親から直接うかがったところでは、転居2ヶ月頃から嘔吐し、また咳き込むようになった、ということだった。
7月になり新聞に「男児が歩いた」という見出しが躍った。井戸水をやめ、水道水にしてから4ヶ月目のことだった。これは単にヒ素で汚染されていない水に切り替えただけではなく、体内のヒ素を体外に出す特別な治療法(キレート療法)の効果とあいまっての朗報だった。
中国で死者が出る
8月になって中国から、チチハルの工事現場からびらん剤が掘り出され、数十人が被害を受けている、というニュースが飛び込んできた。
この事件について日本の外務省は8月12日に1回目の外務省報道官談話、「黒龍江省チチハル市における毒ガス事故について」を発表し、「8月4日に黒龍江省チチハル市において発生した毒ガス事故は、その後の調査の結果、旧日本軍の遺棄化学兵器によるものであることが判明した」としている。さらに中国政府からの通報として、「チチハル市の建築現場において掘り出されたドラム缶から漏れ出た液体により、建築作業員が頭痛・嘔吐等の症状をきたし、29人が入院し、そのうち3人が重体」という事実を明らかにした。
さらに8月22日には新たな外務報道官談話が出され、「22日午前、中国外交部よりわが方在中国大使館に対し、今回の事故の被害者のうち1名が、21日午後8時55分に死亡した旨の通報があった」ことが明らかにされた。この時点までに被害者総数は、亡くなった人も含めて、43人になっていた。10月になって日本政府はこれら被害者に対して合計3億円程度を支出することを決定した。日中国交正常化時に、中国は賠償請求権を放棄しているため、3億円は見舞金として支払うようだが、それは日本政府の理屈であり、中国側がそうした理解をするかどうかはおぼつかない。その内訳は遺族や中毒患者への見舞金、患者の入院費、現地の医療チームに対する支援金などとなっている。なお今回発見されたびらん剤とそれが入っていたドラム缶の処理は今後日本政府がやることになり、3億円にはその無毒化処理費用は含まれていない。
・・・(以下略)
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第5章 毒ガスの明日
日本がなすべきこと
ハルバレイの67万発の処理を早めることも重要だが、それ以上に早急に行うべきことがある。日本は第3章で見たように、戦争中東南アジアおよび太平洋戦線にあか弾を中心に文書上判明しているだけで27万発の毒ガス砲弾を配備していた。これまでのところ、被害の報告はない。しかし今後もないかどうかは分からない。被害が発生してからでは遅い。また中国でも今後チチハルのような事態を繰り返さないための方策を日本は取る必要がある。
日本はこれらの地域について、敗戦時の毒ガス配備の状況を調査することが求められている。そして得られた情報をそれら各国に提供する必要がある。筆者が調べた限りでは、1944年以降の公文書が公開されていないのか、それとも廃棄されてしまったのか、閲覧できない。自国の戦争中の兵器の配備状況が、その国の公文書で確認できないなどということがありうるのだろうか。しかし日本とはそうした歴史に無頓着な国なのかもしれない。もしそうだとすれば国際的にはみっともないことだ。米国その他の公文書館を調べ、日本軍の敗戦時の状況を詳しく調査すべきだろう。
配備状況をつかんだうえで次になすべきことは、敗戦時に、毒ガス使用は国際条約違反であることを認識して、毒ガス弾を埋めたり池や沼に投棄したりした人の証言を得ることだ。ここに遺棄したなどということは公文書には出てこない。証言を得るためには、お国の為に毒ガスを遺棄したという責任を感じている元兵士が証言しやすい環境を作る、すなわちもうしゃべっても良いのだと思ってもらうことだ。それには政府が毒ガス使用は秘密ではないことを示すことだ。それは日本が各種の毒ガスを使ったことを明確に認めることだ。政府には、戦前の日本が老いた元兵士たちにかけた「秘密保持」という呪縛を解く義務がある。呪縛からの解放だけは早期に実現してもらいたい。
そうした調査および証言に基づいて、日本が毒ガスの所在調査を進めることは、アジア諸国の信頼をかちとる道となるだろう。またそれが悲劇を繰り返さないために必要なことだ。
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第1章 化学兵器の今
1 旧日本軍の毒ガスの亡霊がが出てきた
日本での井戸水汚染
2003年に入って、旧日本軍の毒ガスによる人への被害がいくつか表面化した。ひとつは4月になって明らかとなった、茨城県神栖(カミス)町で起きた1歳7ヶ月の男児を含む数十人の井戸水のヒ素汚染による健康被害だ。被害者達が飲んでいた井戸水の汚染は環境基準の450倍だった。原因は、毒ガスであるくしゃみ剤が地中で分解して、その成分が地下水を汚染したものと考えられる。
もうひとつは、 8月になって中国チチハルの工事現場で掘り出されたびらん剤による死傷者の発生だ。こちらは死者1人を含め40人ほどが被害を受けた。
茨城県の被害について日本政府はその原因が旧軍の毒ガス、くしゃみ剤によるものであることをほぼ認め、被害者の救済に乗り出した。 くしゃみ剤による被害であることが確実であると認められた人には、国から医療補助をするため、「医療手帳」を交付している。同年9月初めの段階で61人が手帳の交付を受け、それ以外に150人程が被害を訴え、手帳の交付を求めている。
被害が表面化した時に、脳性マヒを疑われた1歳7ヶ月のの男児は、歩けず言葉を発することがなかった。歩けないというのは、ヒ素中毒によって神経を圧迫され、関節に痛みやしびれを感じていたためではないか、と思われた。5月にその子の母親から直接うかがったところでは、転居2ヶ月頃から嘔吐し、また咳き込むようになった、ということだった。
7月になり新聞に「男児が歩いた」という見出しが躍った。井戸水をやめ、水道水にしてから4ヶ月目のことだった。これは単にヒ素で汚染されていない水に切り替えただけではなく、体内のヒ素を体外に出す特別な治療法(キレート療法)の効果とあいまっての朗報だった。
中国で死者が出る
8月になって中国から、チチハルの工事現場からびらん剤が掘り出され、数十人が被害を受けている、というニュースが飛び込んできた。
この事件について日本の外務省は8月12日に1回目の外務省報道官談話、「黒龍江省チチハル市における毒ガス事故について」を発表し、「8月4日に黒龍江省チチハル市において発生した毒ガス事故は、その後の調査の結果、旧日本軍の遺棄化学兵器によるものであることが判明した」としている。さらに中国政府からの通報として、「チチハル市の建築現場において掘り出されたドラム缶から漏れ出た液体により、建築作業員が頭痛・嘔吐等の症状をきたし、29人が入院し、そのうち3人が重体」という事実を明らかにした。
さらに8月22日には新たな外務報道官談話が出され、「22日午前、中国外交部よりわが方在中国大使館に対し、今回の事故の被害者のうち1名が、21日午後8時55分に死亡した旨の通報があった」ことが明らかにされた。この時点までに被害者総数は、亡くなった人も含めて、43人になっていた。10月になって日本政府はこれら被害者に対して合計3億円程度を支出することを決定した。日中国交正常化時に、中国は賠償請求権を放棄しているため、3億円は見舞金として支払うようだが、それは日本政府の理屈であり、中国側がそうした理解をするかどうかはおぼつかない。その内訳は遺族や中毒患者への見舞金、患者の入院費、現地の医療チームに対する支援金などとなっている。なお今回発見されたびらん剤とそれが入っていたドラム缶の処理は今後日本政府がやることになり、3億円にはその無毒化処理費用は含まれていない。
・・・(以下略)
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第5章 毒ガスの明日
日本がなすべきこと
ハルバレイの67万発の処理を早めることも重要だが、それ以上に早急に行うべきことがある。日本は第3章で見たように、戦争中東南アジアおよび太平洋戦線にあか弾を中心に文書上判明しているだけで27万発の毒ガス砲弾を配備していた。これまでのところ、被害の報告はない。しかし今後もないかどうかは分からない。被害が発生してからでは遅い。また中国でも今後チチハルのような事態を繰り返さないための方策を日本は取る必要がある。
日本はこれらの地域について、敗戦時の毒ガス配備の状況を調査することが求められている。そして得られた情報をそれら各国に提供する必要がある。筆者が調べた限りでは、1944年以降の公文書が公開されていないのか、それとも廃棄されてしまったのか、閲覧できない。自国の戦争中の兵器の配備状況が、その国の公文書で確認できないなどということがありうるのだろうか。しかし日本とはそうした歴史に無頓着な国なのかもしれない。もしそうだとすれば国際的にはみっともないことだ。米国その他の公文書館を調べ、日本軍の敗戦時の状況を詳しく調査すべきだろう。
配備状況をつかんだうえで次になすべきことは、敗戦時に、毒ガス使用は国際条約違反であることを認識して、毒ガス弾を埋めたり池や沼に投棄したりした人の証言を得ることだ。ここに遺棄したなどということは公文書には出てこない。証言を得るためには、お国の為に毒ガスを遺棄したという責任を感じている元兵士が証言しやすい環境を作る、すなわちもうしゃべっても良いのだと思ってもらうことだ。それには政府が毒ガス使用は秘密ではないことを示すことだ。それは日本が各種の毒ガスを使ったことを明確に認めることだ。政府には、戦前の日本が老いた元兵士たちにかけた「秘密保持」という呪縛を解く義務がある。呪縛からの解放だけは早期に実現してもらいたい。
そうした調査および証言に基づいて、日本が毒ガスの所在調査を進めることは、アジア諸国の信頼をかちとる道となるだろう。またそれが悲劇を繰り返さないために必要なことだ。
http://www15.ocn.ne.jp/~hide20/ に投稿記事一覧表および一覧表とリンクさせた記事全文があります。一部漢数字をアラビア数字に換えたり、読点を省略または追加したりしています。また、ところどころに空行を挿入しています。青字が書名や抜粋部分です。「・・・」は段落全体の省略を「……」は、文の一部省略を示します。