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全般的要求 1945年8月20日
生物戦……情報局〔MIS〕、科学部
化学戦部隊〔CWS〕、特別計画部
日本の生物(細菌)戦のすべての面について情報がほしいが、とくに必要な項目は以下の通りである。
生物兵器用病原体の研究・開発、製造
生物戦における日本の攻撃および防御の手段
生物戦用砲弾
生物兵器の使用方法
日本の生物戦情報でとくに必要なのは以下の通りである。
一、生物戦研究
a、どんな機関【(一)軍(二)民間】が生物戦の活動を進め、そして支配していた
のか。
b、日本が生物兵器用病原体として使用をもくろんで実験していた微生物はなに
か。以下の対象別に記せ。
(一)人 詳細な技術情報を求む。
(二)動物 〃
(三)植物 〃
c、細菌爆弾あるいは砲弾その他に充填していた、あるいはすることになっていた
病原体はなにか。詳細な技術情報を求む。
d、生物戦研究の中心となった大学およびその他の研究機関はどこか。それぞ
れが実験していた病原体はなにか。
e、生物戦研究および開発にたずさわっていたのはどんな人物か(陸海軍人、医
者、科学者、細菌学者、技術者その他)
二、生物戦の指令──日本の陸軍および海軍は生物戦に関してどんな指令をだ
していたか。
三、生物兵器による攻撃のための訓練
a、攻撃的兵器としての生物兵器の使用について各部隊(とくに挺身遊撃隊、謀
略部隊、憲兵隊その他)でどんな訓練が行われていたか。
b、この訓練を受けもった組織はどこか。
c、攻撃的兵器としての生物兵器の使用法を教えられたのは陸軍および海軍(航
空部隊も含む)のどの部隊か。
d、日本軍が生物戦を実際に行ったのはそんな時にそして誰に対してか。
四、生物兵器使用法──生物兵器用病原体の散布方法として考えられていた、
あるいは採用されていたのはどんな手段だったか(爆弾、砲弾、噴霧その他)
五、対生物戦防御(生物戦に対する備え)
a、対生物戦防御に関して採用されていた、あるいは考えられていた特別な方法
は。軍隊の場合、民間人(都市)の場合
(一)生物学的(免疫)
(二)化学的(殺菌、消毒その他)
(三)物理的(特別なガス・マスクおよび衣服)
b、対生物戦防御を受けもっていたのはどんな部隊か(たとえば防疫給水部隊)。
六、生物戦用戦術──日本の生物戦の戦術および戦略について得られる情報は
どんなものか。
七、生物戦情報
a、日本は他国の生物戦についてどんな情報をもっていたか。それは日本の生
物戦にどんな影響を与えたか。
b、日本はドイツからなにか特別な生物戦情報を得ていたか。
八、生物戦の機密保持──日本の生物戦のすべての面についての情報を制限し
制御するためにとられていた措置はどんなものだったか。
九、生物戦政策──生物兵器の使用(謀略的使用でなく大規模使用も含む)につ
いての日本の政策はどんなものだったか。
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上記の項目にしたがって調査が進められ、まとめられたのが「サンダース・レポート」である。そして付録として下記のようなインタヴュー(すでに戦犯免責が決定していたため、戦犯としての証拠集めではないということで、”インタヴュー”という言葉が使われているようである)の内容を記録したものが多数付けられている。この時点では、日本側に真実を秘匿する姿勢が読み取れるのである。
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付録29-Aーa
主題──生物戦
日付──1945年9月20日
対象──出月三郎大佐、軍医学校防疫研究室室長、井上隆朝大佐、軍医学校細
菌学教室室長
聞き手──M・サンダース・中佐、W・ムーア中佐、H・E・スキッパー少佐
一、これら軍医は生物戦との関係を問われて、防疫研究室は防疫面の責任を負
っていたと答えた。
二、防御部隊についての問いには、それは防疫給水部隊(WPU)であるという答
が返ってきた。
三、野戦における生物戦部隊の組織と詳細を図示するよう求めたところ、以下の
ような図が示された。
┌──────┐
│ 師団司令官 │
└───┬──┘
細菌戦部隊(225人)
(中佐あるいは少佐)
四、各師団の防疫給水部の仕事は以下に示されるものだった───
a、流行病の予防
b、浄水
c、疫学調査
五、より大きな恒久的な施設をもった部隊ではワクチンの生産もっしていた。さら
に各部隊とも攻撃の任務はなく、任務としては予防医学上の活動が考えられ
ていただけだった、という事実が強調された。
六、師団の防疫給水部隊の装備は次の通りだった──
濾水機(トラックに積み、モーターで動く濾過装置)4台──部隊によっては濾
水機2台だけで、そのほかに水や物資の運搬にトラック28台をもっている場
合もあった。
七、軍の防疫給水部は師団のそれの二倍で、司令官は大佐だった。
八、恒久的施設である本部の組織は軍や師団の防疫給水部隊のそれとは少し
違っていた。恒久的施設である本部は次の場所に置かれていた──
a、ハルビン(満州)
b、北京(中国)
c、南京(中国)
d、広東(中国)
e、シンガポール(マラヤ)
九、以下のような質疑応答が記録されている──
問 検査を受ける濾水機はどこに置かれていたか。
答 軍医学校である。一部は爆撃を避けるために新潟に移された。
問 生物戦に対して防疫給水部以外の防御策もっていたか。
答 防毒衣とマスクだけだった。
問 防御手段としてガス・マスクについて研究したことはないか。
答 ない。
問 とくに対生物戦防御用の防御衣を作っていたか。
答 ペスト研究者用にのみ作っていた。
問 生物兵器によって攻撃されることを考えていたか。
答 考えていた。(出月大佐は、先の戦争ののち各国が生物戦の攻撃面の研究を
行っていると聞いていた、とのべた。)
問 軍医学校では生物戦の攻撃面についてどんな研究をやっていたか。
答 なにもやっていなかった。生物戦の攻撃的側面についてはなにも研究してい
なかった。
問 攻撃された場合、最も使われそうだと考えていたのはどんな生物兵器用病原
体だったか。
答 腸チフス菌および腸管系細菌である。
問 通常の注意で十分であると考えていたか。
答 我われは、日本兵の最大の弱点は各自の衛生に関してきちんとした知識をも
っていないことだと考えていた。この弱点のために、水を
沸かし食料の調達に注意することが力説された。
問 日本で生産されたワクチンの種類は。
答 a、腸チフス
b、パラチフスA、パラチフスB
c、ペスト
d、髄膜炎
e、発疹チフス
f、ヲイル氏病
g、天然痘
問 生物戦の攻撃面の研究はいっさい行われていなかったと理解すべきなのか。
答 攻撃に関する研究はなにもしていなかった。敵の攻撃を避ける研究だけやっ
ていた。これらの研究は軍医学校で行っていた。
問 どんな防御の研究をしていたのか。
答 各地域の風土病の研究であった。たとえば満州では発疹チフス、中国南部で
はマラリアの研究である。
問 生物戦用爆弾についてなにか知っているか。
答 なにも知らない。
問 我われは、日本が生物戦用爆弾を保有しているというレポートを、それぞれ独
立の情報源から得ている。この爆弾の特徴については、全レポートが一致して
いる。
答 これは戦略的(?)事実である。これは我われの責任範囲外のことであり、当
然のことながらそれについてはなにも知らない。
問 これについて知っているのはだれだ。
答 参謀本部の人間である。
問 参謀本部のだれだ。
答 我われは知らない。
問 攻撃面の知識なしに、どうやって実効の上がる防御の研究ができるのか。
答 一般的な措置はとれると信じていた。
問 防御についての研究の記録類をみせてもらいたい。
答 建物のほとんどが焼失し、それとともに生物兵器について書かれていた医学
研究の資料も失われた。
十、インタヴューはこれで終わり、日本の軍医たちは戦略、そして攻撃の研究に
ついて権限と責任のある参謀本部の人物をつきとめるよう積極的に努力する
と約束した。
評価──これは生物戦についての最初の会談だったが、まったく不満足なもの
だった。日本の軍医の言っていることが本当なら、この側面の防御はまったく
稚拙で粗っぽいものである。出月および井上両大佐が召喚されたのは、特定
の活動にたずさわっていた将校としてインタビューすることを率直に求める現
在のGHQの方針によるものだった。こうして彼らは生物戦に関係していた将
校として求められ、それに応じたものだった。
生物戦の研究についての話の内容が腸管系の病原体に限られ、風土病が
強調されていたことに注意する必要があろう。情報不足は否定しえないが、こ
れらの言明が我われの情報活動によるレポートと一致することが興味深い。
また、防疫給水部と生物戦とは結びついているというレポートとも一致してい
る。
本インタヴューは不満足なものであり、陸軍省の医務局長を召喚することに
決定した。
http://www15.ocn.ne.jp/~hide20/ に投稿記事一覧表があります。
一部漢数字をアラビア数字に換えたり、読点を省略または追加したりしています。