2014年3月19日、朝日新聞朝刊は「中国、戦後補償で転換」との見出しで、中国の裁判所が強制連行の提訴を受理したことを報じた。戦時中に、中国から日本に強制連行されたとする中国人元労働者らの損害賠償を求める訴えの受理は、はじめてのことであり事実上の方針転換であるとのことである。今回訴えを起こしたのは元労働者と遺族の40人であるが、被告の三菱マテリアルと日本コークス工業(旧三井鉱山)で働いた労働者は9400人余りに上る。そして、強制連行の被害者は中国全土で約3万9000人に達し、日本企業35社が関与しているという。
日本政府は、1972年の日中共同声明で、戦時中の日本の行為に対する賠償請求権は個人も含め「放棄された」との立場であり、最高裁も強制連行の事実を認めつつ「中国は個人の請求権も放棄した」との判断を示しているわけであるが、戦後68年が経過している現在、再びこうした問題が浮上してきた背景には、安倍首相の「侵略の定義は定まっていない。国と国との関係で、どちらから見るかで違う」と言うような発言をはじめ、「南京大虐殺はなかった」というような日本国内の議論や報道の過熱、首相や閣僚等の靖国神社参拝、日中で合意がったと言われる尖閣問題「論争棚上げ」方針を無視しての尖閣諸島国有化などがあるのであろうが、何より日本の戦争賠償が、戦争被害者個人に対する「戦後補償」につながるようなものではなかったからではないかと思う。
戦争被害者個人に対する「戦後補償」は、日本国内でも繰り返し争われてきた。そこに日本とドイツの戦後補償の違いがある。日本の最高裁判所は、名古屋空襲訴訟の判決で「戦争犠牲、戦争損害は、国の存亡にかかわる非常事態のもとでは、国民のひとしく受忍しなければならなかったところであって、これに対する補償は憲法の全く予想しないところ」という判断を下し、民間人戦争被害者は戦後補償の対象とはしないことを合法とした。ところが、軍人・軍属は、戦傷病者戦没者遺族等援護法で補償され、その遺族も「受忍」を免れたのである。 また、この援護法による補償は、その国籍条項で、旧植民地出身の軍人・軍属は排除しているが、ドイツでは、軍人も民間人も等しく補償される上に、国籍による排除もない。ドイツの兵役に服した該当者に対しては、国籍の有無にかかわらず、また、国外にいる外国人に対してさえも、居住する政府を通して補償されているという。ドイツの賠償や「戦後補償」にも、まだ、様々な問題が残されているようであるが、学ぶべきではないかと思う。
日本と同じように、戦時中、ユダヤ人や政治的迫害者を強制労働をさせたドイツのダイムラー・ベンツ社やフォルクスワーゲン社は、補償金を出すとともに、強制労働させられた人々を忘れることがないようにと、記念碑や彫刻物を設置し、加害の事実を継承しようとしているという。日本には、戦争の加害責任を継承する記念館や設置物がほとんどないのではないか、と考えさせられる。
第2次世界大戦直後は、国家主権の原則に基づき、賠償は国家間の問題であって、個人は自国の裁判所に外国政府を訴え、裁判で争うことはできないとされていたが、最近は海外でも、人権侵害被害者が訴えを起こすケースが出てきているようである。やはり、国境を超えて、戦争被害者個人が、公平に「戦後補償」を受けられるようにするべきではないかと思う。下記は、ドイツの「戦後補償」の後半であり、「日本の戦後補償」日本弁護士連合会編(明石書房)からの抜粋である。
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第3章 外国の戦後処理
4 外国人被害者に対する補償
ナチスによって被害を受けた外国人は上記のユダヤ人ばかりではない。
ドイツの補償法は、その請求権者について属地主義をとっている。連邦補償法で定めている1952年12月31日にこの法律の有効区域に住所を持っていないためにこの法による補償を受けられない者がある。その補いとしてドイツ政府はそれらの者が現に滞在しているルクセンブルク、ノルウェー、デンマークなど12の国と1959年から1964年の間に各々条約を結び、総額8億7600万マルクの一括戦後補償協定をした。これを受領した各国政府が国内措置としてそれら被害人個人に支給している。フランス関係では、連邦補償法から洩れた者に対する政府との間の包括処理と適用被害者に対する個別支払いとが併用されている。
5 強制労働従事者に対する補償
ナチスは戦時中の労働力不足を補うために、ドイツ軍の占領地域から多数の住民・捕虜を強制連行して、国内企業の事業場で就労させた。その数は1944年の秋には26カ国790万人に及んだといわれる。その中でポーランド、ソ連からのものが過半数を占めていた。これらの連行、強制労働は、ハーグ陸戦法規、ジュネーブ条約に違反するものであった。
占領地等から強制連行され、ドイツの企業で強制労働させられた外国人労働者に対するドイツ政府の補償は、これまでなされてきていなかった。ドイツ統一後、この補償問題をめぐる交渉がはじまり、1992年3月ポーランドとの間にその被害者救済の「和解基金」が設置され、ドイツ政府から5億マルクが拠出された。チェコスロバキアでも強制労働被害者の組織がつくられた。ロシア、ベラルーシ、ウクライナ政府とドイツ政府の間にソ連侵攻により残された残虐行為被害者・遺族に対しての10億マルクの補償協定が最近締結されたことが報道されている。
これら強制労働に従事させられた者から強制労働させた企業に対して裁判が起きたのを契機に、私企業と被害者団体の間の協定が成立し、支払いがなされている。ベンツなど7社から88年までに7000マルクが「ユダヤ人会議」などに支払われている。フォルクスワーゲン社も1200万マルクを関係国の青少年交流基金に支出している。しかし、これら各社は、その拠出は法的責任に基づくものではないとしている。
6 ナチス被害者に対する補償の補完
ナチス時代の1933年7月の立法である「遺伝病的子孫忌避のための法律」によって、身体・精神障害者等に強制的に断種手術をされた。これらの人々は、社会的に不要であり、国家にいたずらに負担をかけるもので生存の価値がないとされた。39年以降人体実験の対象にされ、「安楽死」させられるにいたった。
定住地を持たないロマ(ジプシー)の中で、強制収容所に収容された者がいたが、その収容のための理由とされたものが、反社会的行為、スパイ行為となっていたため、この強制収容に対する補償がなされなかった。このようになってきた客観的事由は、これらの人々の生活態様が、補償実現のための要求運動の結集を困難にしてきたことにあった。しかし、この問題についても見直しが行われている。
7 ドイツの補償支払額
1993年1月1日現在の既支払総額は、次のとおりである。
連邦補償法(BEG) …………… 7,104,900万マルク
連邦返済法(BRuG) …………… 393,300万マルク
イスラエル条約 …………… 345,000万マルク
12ヶ国との包括協定 …………… 140,000万マルク
その他の給付 …………… 780,000万マルク
州法の規定による給付 …………… 221,700万マルク
苛酷緩和最終規定 …………… 64,400万マルク
計 9,049,300万マルク
同日ドイツ連邦政府財務省が今後続けられるであろう支払いによる見積補償支払い総額は次のとおりである。
連邦補償法(BEG) …………… 9,500,000万マルク
連邦返済法(BRuG) …………… 400,000万マルク
イスラエル条約 …………… 345,000万マルク
12ヶ国との包括協定 …………… 250,000万マルク
その他の給付 …………… 1,200,000万マルク
州法の規定による給付 …………… 350,000万マルク
苛酷緩和最終規定 …………… 181,500万マルク
計 12,226,500万マルク
※参考 「過ぎ去らぬ過去との取り組み 日本とドイツ」佐藤健生 ノベルト・フライ編(岩波書店)には、
連邦補償法および連邦返還法による支給の17%は国内に、40%はイスラエル、残り43%は国外に連邦補償法に基づく年金の支給は、15%が国内に、85%が国外に
とある。
ドイツにおいては、本来の戦争被害者補償措置とは別に、重度身体障害法、社会扶養法等の社会保障制度がある。これらは戦争によって困難な状態に陥った者にも適用があるから、重合的に、あるいは補充的に戦争被害の救済に役立っているので、広義の戦争被害対策措置といってよい。
また公務員関係の年金法では公務員、軍人等の戦争中のナチス政権時代の勤務期間も通算して支給がなされている。日本の恩給法が戦没者戦傷病者遺族援護法と連結されて戦争被害補償法の一種と考えられているのに対し、ドイツでは年金法は公務員法として、戦争被害補償法とは法的性格を異にするものとして截然と区別されている。したがって、もしドイツにおいても年金法による支給額を、日本で論じられているように、戦争被害補償額に算入するとすれば、今日議論されている日本・ドイツ両国の間の戦争被害についての支払の格差はさらに拡がることになる。
8 当面の課題
ドイツにおける戦後措置は、西ドイツ政府によって戦後間もなくから開始され、約20年前にその体系的整備が一応終わり、実施されてきている。1990年のドイツ民主共和国(東ドイツ)の解体、ドイツの統合にともない、両地域で異なった体系でなされてきた施策間の調整、未実施部分の施行などの問題が浮かび上がってきている。
また、これまでその処理が延ばされてきている旧東ドイツ地域でおきた被害に対する補償、ドイツ企業で強制労働させられた周辺諸国民から補償要求、東欧諸国との補償問題などが残されている。これらについてはドイツ連邦会議内に補償小委員会が設置され、これに当たっている。なお、ドイツ国と旧連合国間の賠償問題も最終的決着には至っていないのである。
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日本政府は、1972年の日中共同声明で、戦時中の日本の行為に対する賠償請求権は個人も含め「放棄された」との立場であり、最高裁も強制連行の事実を認めつつ「中国は個人の請求権も放棄した」との判断を示しているわけであるが、戦後68年が経過している現在、再びこうした問題が浮上してきた背景には、安倍首相の「侵略の定義は定まっていない。国と国との関係で、どちらから見るかで違う」と言うような発言をはじめ、「南京大虐殺はなかった」というような日本国内の議論や報道の過熱、首相や閣僚等の靖国神社参拝、日中で合意がったと言われる尖閣問題「論争棚上げ」方針を無視しての尖閣諸島国有化などがあるのであろうが、何より日本の戦争賠償が、戦争被害者個人に対する「戦後補償」につながるようなものではなかったからではないかと思う。
戦争被害者個人に対する「戦後補償」は、日本国内でも繰り返し争われてきた。そこに日本とドイツの戦後補償の違いがある。日本の最高裁判所は、名古屋空襲訴訟の判決で「戦争犠牲、戦争損害は、国の存亡にかかわる非常事態のもとでは、国民のひとしく受忍しなければならなかったところであって、これに対する補償は憲法の全く予想しないところ」という判断を下し、民間人戦争被害者は戦後補償の対象とはしないことを合法とした。ところが、軍人・軍属は、戦傷病者戦没者遺族等援護法で補償され、その遺族も「受忍」を免れたのである。 また、この援護法による補償は、その国籍条項で、旧植民地出身の軍人・軍属は排除しているが、ドイツでは、軍人も民間人も等しく補償される上に、国籍による排除もない。ドイツの兵役に服した該当者に対しては、国籍の有無にかかわらず、また、国外にいる外国人に対してさえも、居住する政府を通して補償されているという。ドイツの賠償や「戦後補償」にも、まだ、様々な問題が残されているようであるが、学ぶべきではないかと思う。
日本と同じように、戦時中、ユダヤ人や政治的迫害者を強制労働をさせたドイツのダイムラー・ベンツ社やフォルクスワーゲン社は、補償金を出すとともに、強制労働させられた人々を忘れることがないようにと、記念碑や彫刻物を設置し、加害の事実を継承しようとしているという。日本には、戦争の加害責任を継承する記念館や設置物がほとんどないのではないか、と考えさせられる。
第2次世界大戦直後は、国家主権の原則に基づき、賠償は国家間の問題であって、個人は自国の裁判所に外国政府を訴え、裁判で争うことはできないとされていたが、最近は海外でも、人権侵害被害者が訴えを起こすケースが出てきているようである。やはり、国境を超えて、戦争被害者個人が、公平に「戦後補償」を受けられるようにするべきではないかと思う。下記は、ドイツの「戦後補償」の後半であり、「日本の戦後補償」日本弁護士連合会編(明石書房)からの抜粋である。
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第3章 外国の戦後処理
4 外国人被害者に対する補償
ナチスによって被害を受けた外国人は上記のユダヤ人ばかりではない。
ドイツの補償法は、その請求権者について属地主義をとっている。連邦補償法で定めている1952年12月31日にこの法律の有効区域に住所を持っていないためにこの法による補償を受けられない者がある。その補いとしてドイツ政府はそれらの者が現に滞在しているルクセンブルク、ノルウェー、デンマークなど12の国と1959年から1964年の間に各々条約を結び、総額8億7600万マルクの一括戦後補償協定をした。これを受領した各国政府が国内措置としてそれら被害人個人に支給している。フランス関係では、連邦補償法から洩れた者に対する政府との間の包括処理と適用被害者に対する個別支払いとが併用されている。
5 強制労働従事者に対する補償
ナチスは戦時中の労働力不足を補うために、ドイツ軍の占領地域から多数の住民・捕虜を強制連行して、国内企業の事業場で就労させた。その数は1944年の秋には26カ国790万人に及んだといわれる。その中でポーランド、ソ連からのものが過半数を占めていた。これらの連行、強制労働は、ハーグ陸戦法規、ジュネーブ条約に違反するものであった。
占領地等から強制連行され、ドイツの企業で強制労働させられた外国人労働者に対するドイツ政府の補償は、これまでなされてきていなかった。ドイツ統一後、この補償問題をめぐる交渉がはじまり、1992年3月ポーランドとの間にその被害者救済の「和解基金」が設置され、ドイツ政府から5億マルクが拠出された。チェコスロバキアでも強制労働被害者の組織がつくられた。ロシア、ベラルーシ、ウクライナ政府とドイツ政府の間にソ連侵攻により残された残虐行為被害者・遺族に対しての10億マルクの補償協定が最近締結されたことが報道されている。
これら強制労働に従事させられた者から強制労働させた企業に対して裁判が起きたのを契機に、私企業と被害者団体の間の協定が成立し、支払いがなされている。ベンツなど7社から88年までに7000マルクが「ユダヤ人会議」などに支払われている。フォルクスワーゲン社も1200万マルクを関係国の青少年交流基金に支出している。しかし、これら各社は、その拠出は法的責任に基づくものではないとしている。
6 ナチス被害者に対する補償の補完
ナチス時代の1933年7月の立法である「遺伝病的子孫忌避のための法律」によって、身体・精神障害者等に強制的に断種手術をされた。これらの人々は、社会的に不要であり、国家にいたずらに負担をかけるもので生存の価値がないとされた。39年以降人体実験の対象にされ、「安楽死」させられるにいたった。
定住地を持たないロマ(ジプシー)の中で、強制収容所に収容された者がいたが、その収容のための理由とされたものが、反社会的行為、スパイ行為となっていたため、この強制収容に対する補償がなされなかった。このようになってきた客観的事由は、これらの人々の生活態様が、補償実現のための要求運動の結集を困難にしてきたことにあった。しかし、この問題についても見直しが行われている。
7 ドイツの補償支払額
1993年1月1日現在の既支払総額は、次のとおりである。
連邦補償法(BEG) …………… 7,104,900万マルク
連邦返済法(BRuG) …………… 393,300万マルク
イスラエル条約 …………… 345,000万マルク
12ヶ国との包括協定 …………… 140,000万マルク
その他の給付 …………… 780,000万マルク
州法の規定による給付 …………… 221,700万マルク
苛酷緩和最終規定 …………… 64,400万マルク
計 9,049,300万マルク
同日ドイツ連邦政府財務省が今後続けられるであろう支払いによる見積補償支払い総額は次のとおりである。
連邦補償法(BEG) …………… 9,500,000万マルク
連邦返済法(BRuG) …………… 400,000万マルク
イスラエル条約 …………… 345,000万マルク
12ヶ国との包括協定 …………… 250,000万マルク
その他の給付 …………… 1,200,000万マルク
州法の規定による給付 …………… 350,000万マルク
苛酷緩和最終規定 …………… 181,500万マルク
計 12,226,500万マルク
※参考 「過ぎ去らぬ過去との取り組み 日本とドイツ」佐藤健生 ノベルト・フライ編(岩波書店)には、
連邦補償法および連邦返還法による支給の17%は国内に、40%はイスラエル、残り43%は国外に連邦補償法に基づく年金の支給は、15%が国内に、85%が国外に
とある。
ドイツにおいては、本来の戦争被害者補償措置とは別に、重度身体障害法、社会扶養法等の社会保障制度がある。これらは戦争によって困難な状態に陥った者にも適用があるから、重合的に、あるいは補充的に戦争被害の救済に役立っているので、広義の戦争被害対策措置といってよい。
また公務員関係の年金法では公務員、軍人等の戦争中のナチス政権時代の勤務期間も通算して支給がなされている。日本の恩給法が戦没者戦傷病者遺族援護法と連結されて戦争被害補償法の一種と考えられているのに対し、ドイツでは年金法は公務員法として、戦争被害補償法とは法的性格を異にするものとして截然と区別されている。したがって、もしドイツにおいても年金法による支給額を、日本で論じられているように、戦争被害補償額に算入するとすれば、今日議論されている日本・ドイツ両国の間の戦争被害についての支払の格差はさらに拡がることになる。
8 当面の課題
ドイツにおける戦後措置は、西ドイツ政府によって戦後間もなくから開始され、約20年前にその体系的整備が一応終わり、実施されてきている。1990年のドイツ民主共和国(東ドイツ)の解体、ドイツの統合にともない、両地域で異なった体系でなされてきた施策間の調整、未実施部分の施行などの問題が浮かび上がってきている。
また、これまでその処理が延ばされてきている旧東ドイツ地域でおきた被害に対する補償、ドイツ企業で強制労働させられた周辺諸国民から補償要求、東欧諸国との補償問題などが残されている。これらについてはドイツ連邦会議内に補償小委員会が設置され、これに当たっている。なお、ドイツ国と旧連合国間の賠償問題も最終的決着には至っていないのである。
http://www15.ocn.ne.jp/~hide20/ に投稿記事一覧表および一覧表とリンクさせた記事全文があります。一部漢数字をアラビア数字に換えたり、読点を省略または追加したりしています。また、ところどころに空行を挿入しています。青字が書名や抜粋部分です。