錦糸町そごう、アルカセントラルやホテルの工事が進められた。また、クリスマスには、工事現場にイルミネーションが設けられた。



一生の間に一度でいいから空中を浮遊してみたいと思っていた。世の中には空中浮遊の記録もあるにはあるのだが、その方法についての記述は見当たらない。しかし、夢では屋根の上を浮遊することは良くある事だから、現実に出来ない筈はない。
だいぶ昔のことだが、一度だけ浮遊しかけた事がある。階段のかなり上から躓いて落ちた時、数秒間は確かに浮かんでいたのである。人間にはまだ未開発の能力がある筈だし、この世の中は完全に辻褄の合った世界ではなさそうだから、不可能などという言葉は無い筈なのである。「精神一統何事かならざらん」と言うのも、その辺の事情を物語っているのだろう。ともかく、何らかの方法があるに違いない。
鴎のジョナサンだって餌もとらずに練習したから、種族の能力を超える事が出来たのだ。片手間に練習するぐらいでは、人並み以上の能力を発揮できる訳がない。野生の動物は生死のぎりぎりのところで生きているから、種族の能力を飛躍的に発展させる可能性もないではないが、文明のシェルタの中でぬくぬく生きている人間の動物的能力は衰えていくだけである。そこをカバーしようと機械を使うから機械に支配される羽目になるのだ。人間社会での生存競争は進化の本能を満足させるものではないし、戦争やアドベンチャーも野生動物の環境をシミュレートするだけのものでしかない。進化の最先端からさらに一歩進めるためには、不可能と思えることに命を賭けてチャレンジする必要があるのではないか。
考えてみると、小さいときから、やりたい事は一杯あった。だが、結局何一つ行うこともなく、ここまで来てしまった。己の能力を発展させるために、命はおろか人生さえ賭けることなく、能力の可能性すら試す事もなく、潜在能力の疼きを押さえつけて安全運転してきた罪は、何時か贖わなければならないだろう。この世に生まれてきた事の意味は自己の能力を最大限に押し進めることだし、それが種全体の進化を促す事になる筈なのだ。と、まぁ理由付けはこの位にして、生涯も残り少なくなったところで、空中浮遊というチャレンジすべき対象が見つかったのは幸運と言うべきだろう。
ところで、空中浮遊術には2種類ある。一つはオルゴンエネルギーを最大限に噴射し引力に逆らって浮上する方法で、強い精神集中とそれを支える体力がないと無理である。もう一つは忘我の境地の中に身を置いて、波動の上昇エネルギーをうまく利用して浮上する方法で楽に高みに上る事が出来る。体力がなければ、後者の方法で空中浮遊を試みる訳だが、そんな機会が訪れる事は滅多に無い。
ところが、そのチャンスが訪れたのである。その日、例によって窓際仕事をしていると、いやに煙が目にしみる。そのうち周囲が騒然としてきた。どうやら下の階から出火したようだ。慌てて逃げ出したが、転倒して一時気を失っていたらしい。気が付くと周りに誰も居ない。煙が充満しはじめ炎も見えたので、急いでベランダにとびだしたが、そこで逃げ場を失った。その時である。大地からの上昇エネルギーを感じたのは。これなら飛べそうだ。思いきり精神を集中させ一気にそれを解き放つ。その忘我の瞬間に手すりを越えて空中に飛び出す。飛んだ!!飛んでいる。落ち葉が舞い落ちるように。ゆっくりと。回りながら。街路樹の緑が眩しい。くるり。くるり。音も無く。地上に。舞い下りて。・・・・・。 (夢七「掌編小説ノート」から)
長生きしたいとは思っていなかった。ただ、長生きしないうちに会社に入ってしまった。会社のトップがどんな人物なのかについては、まるで関心がなかった。どうせ何段も積み上げられた段差の低い階段を上り詰めて、結果として雲の上に追いやられてしまっただけなのだろう。少々気の毒にも思えて、少しばかり階段をはずしてやろうかと思った。時期は人事異動が落ち着いた今頃が丁度良さそうだった。まぁ、社長ぐらいは置いておかないと駄目だろう。でも副社長やら専務やら常務やら、ぞろぞろお控えなさっている連中は辞めてもらわにゃならん。大勢居たところで決断するのは社長一人なんだから、他の人間は不要な筈である。部長、課長、係長その他大勢の役職者も本当はいらない。釣り餌ポスト、温情ポスト、年功ポスト、論功報償ポストは全て廃止する。上司が居れば部下をチェックしなければならぬ。これは人間関係を悪くするもとである。社長に判断を仰ぐ必要の無い些細な決済をする人間は必要だが、管理職である必要はなく、適当な職名を与えるだけで十分である。早速、実行。かくて、殆ど平社員と言う理想的な職場が出来上がった。こうなれば、仕事の能率なんぞという馬鹿な事を考えずに済む。そこで、有給休暇を1ヶ月取って海外旅行に出かけた。貯金は殆ど使い果たす事にはなるが、これも承知の上である。
インド亜大陸に拠点のある、某大学院の研究室に潜り込めたのは幸いと言うべきなんだろう。選んだ研究テーマは「非論理系記述言語の研究」というものである。ともかく一心不乱に研究に勤しみ、その結果を論文形式にまとめて主任教授に見て貰ったところ、何故か知らんが大変ほめてもらった。この分なら学位が取れそうだと言う。その主任教授が、前祝いに面白い所に連れていってやろうと言う。本当は行きたくはなかったんだが、無碍に断ることもならず、1時間だけですよと念押ししてついて行く事にした。
裏通りをぐるぐる引き回されて方向も何も分からなくなってから、バーともキャバレーともつかぬ店に連れ込まれた。言葉も満足に通じないホステスとわいわい騒いでいるうちに、日本製カラオケセットを見つけて早速歌ってみた。我ながら渋い声で拍手、拍手。忽ち大モテになった。何となく気分が良くなってチップを連発。そのうち酔いつぶれてしまったらしい。気が付くと、道路際にひっくり返っていた。
翌日、大学院に行くと学位の証明書が出来ていると言う。金も休暇期間も無くなっていたので、証明書を貰って帰国した。翌朝、出社してみると誰も来ていない。時差ボケかなと思い応接室に入り込んで早い昼寝をきめ込んだ。そのうち乱暴に起こす奴がいる。何をするんだと怒鳴ったが、すごい剣幕で借金を返せと言う。まわりを見回すと険しい顔また顔だ。よくよく聞いてみると会社は倒産、社長以下全社員が逃亡。そこへ、のこのこ戻って来たというわけだった。面倒になったので、会社ごと爆破する事にした。ドカーン。
会社も無くなって自由の身になったが、懐の方もさびしくなった。仕方がないので、湯島で富くじを買った。多分、当たるだろう。安心して男坂を下り、古い町を歩いていくと、老若男女の集団がぞろぞろ歩いていくのが見えた。ついて行くと、どこかの演芸場に入った。前の方が空いていたので、最前列に陣取ると、間もなく幕が開いた。すると、司会者らしい男が登場して、今から瞬間移動の実験をやるという。誰か協力してくれる人は居ませんかと言うので、手を挙げた。舞台の上にはベットが一つ。その上に寝ろと言う。仰向けになると、上からシーツが掛けられた。間もなく、声が聞こえてきた。「只今から、実験を行います。それでは、ワン、ツー、スリー」。パチン。
パチン。一瞬スイッチが入ったような気がした。シーツをめくると、天井が変わっていた。舞台も消え、司会者も消え、観衆も消えていた。それから、やおら起きだして、顔を洗い、朝食をとって、何時ものように会社に出かけた。
問「いつまでも、子供のままでいたいのですが」
答「あなたの望みは簡単にかなえられますよ。ずっと子供の気持のままでいれば良いのです。大人がやれる事は誰かがやってくれますよ。まわりに大人が居る間はね」
問「何時までも、子供と一緒に住んでいたいのですが」
答「あなたの望みを叶えてあげましょう。卵を孵さずに冷蔵庫にしまっておきなさい。」
問「よその土地へ、移住したくないのですが」
答「大丈夫。移りたくても移れないようになりますよ。何れ、こんな土地に住んでいたいと思うのはあなたしか居なくなるでしょうから。」
問「できれば、煩わしい事をしないで済ましたいのですが。」
答「頭を下げて小さくなって、煩わしい事がすべて通り過ぎるのを待ちなさい。そうすれば、煩わしさに直面するのは一度だけで済みます。もっとも、今まで避けていた煩わしさが、ひとまとめになってやってくるだけですが。」
問「一生懸命がんばっているのに、どうしてうまくいかないのでしょう。」
答「えっ?うまくいってるじゃありませんか。きっと思い通りになってますよ。誰もが別々の人生を生きているのですから、その限りではうまくいってる筈ですよ。」
問「何時までこんな仕事をやっていなくちゃいけないんですか。」
答「心配ご無用。その時が来れば、嫌でも止めさせてあげます。」
問「先の事を考えると不安になるのですが」
答「大丈夫。赤ん坊の時は前途に不確定要素が多いのですが、年を取るにつれて選択の範囲が狭まってきます。選択肢が少なければ、先の事が予測しやすくなるし、判断も容易になるでしょう。どうです。うまく出来ているでしょう?この仕組み。」
問「このまま生き続けても、何の意味もないように思います。ただ空しい限りです。」
答「ゲームは勝負が明確でない時の方が面白いのですが、寄せを軽視してはなりません。最後の最後に一発逆転という可能性もありますから、気を抜かないで頑張って下さい。結果も大事ですが途中経過も大事ですね。勝っても負けても経験として蓄積されていく訳ですから。途中で投げては駄目ですよ。プロになるのは大変な事なのですから。」
問「何故、力不足の人間に生まれついたのでしょうか。運命も味方してくれません。」
答「前回あれだけ良い成績を上げたのですから、ハンデキャップがつくのは当然です。展開は基本手がフィックスされていますが、布石の影響も大きいのです。何ならアドバイザに相談してみて下さい。それから、他人からの報復に対する防御も学ぶことですね。」
問「もう一度やり直したい事があるのですが、どうしたら良いのでしょう」
答「ご存じの通り、あなたの存在空間は統計的に時間非対称となるようプログラムされています。プログラムを一部変更するとしても、核の部分の変更になりますから、システム全体に及ぼす影響が無視できません。従って答は不可です。あなたが行っている因果性ベースのゲーム中で、あなたの力を磨く方法を学んで下さい。」
脱サラというより落サラで、屋台を引っ張ることになったが、何とか生き延びていけそうなのは、この商売が性に合っていたからかも知れない。屋号も「あたり屋」と付け、少々凝った麺を出したら結構人気が出て、まぁ、食べていくだけなら十分な金を稼げるようになった。昔から籤運の良い方ではなかったから、こんな具合に調子良くいく処をみるとツキが変わったのかも知れない。そんな事を考えながら路地から表通りに出た途端、乗用車に引っかけられた。お陰で屋台はメチャメチャ。こっちも軽傷を負った。その代わり、相当な示談金が入った。してみると、やっぱり今回もついているらしい。この程度の怪我で済むのなら、当たり屋商売も悪くはないなと思った。
怪我か直ったので競艇に行ってみた。ひょっとしてツキがあるかと思い、派手に賭けてみたが見事に外れ。こんな筈ではないと思い、翌日も競艇に出かけた。ところが本日は都合によりレースは休みだと言う。面白くないので、競艇場の水に飛び込んでボチャボチャやっていたら、こんな日に練習している選手がいる。慌てて逃げたが間に合わずに衝突。前回よりは少々重い怪我で入院と相成った。どちらかと言えばこっちが悪いのだが、それでも示談金がたんまり入ったので、暫くは遊んで暮らすことになった。
自転車レースでは大負けに負けた。頭に来てしこたま酔っぱらい、プラットホームをふらふら歩いていたら、突然足をすくわれた。気が付いたら病院のベットの中。聞いたところでは、電車から棒のようなものが突き出ていたらしい。1ヶ月の入院だったが見舞金も少なからず手に入ったので、暫くは遊んで暮らすことにした。
退院を待ちかね、競馬に行ってみた。むろん大穴狙いである。ところが、全て外れで、すっからかん。屋台で一杯やりたい気分だったが、その金も無い。おまけに電車賃も無い。まぁ何とかなるさと歩き出した。いつのまにか雨になっていた。見上げると空がやけに明るい。赤い火の玉が落ちてきたのだ。ひょっとして、人工衛星の落下?ぶつかれば、しこたま補償金が貰えるな。そのうち、火の玉はどんどん大きくなってきた。あっ!どどぅん!